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エイプリルフール ②

二人は絶叫する。特にアポロはCMのゼリー飲料のパックのように、しなしなになるまで吸われる自分の姿をイメージしてしまい、恐怖の余り固まってしまっている。


「オイ!アポロ!何ぼーっと突っ立ってるんだ。一時退却するぞ。何でサオリンがゾンビになったか分からねえが、サオリンを攻撃するわけにはいかねえ。逃げるぞ」


アポロの手を引き玄関まで走るアダム。短い廊下を駆け抜け、精霊の物質を透過する能力を使ってドアを開けずにそのまますり抜けようとする。


「グヘッ」


アダムは、思いっきりドアにぶつかる。アダムは訳が分からず、ドアを見ると、朝には無かった御札が一枚貼ってあった。本来、アダム程の精霊ならば一枚の御札程度難なく突破する事が可能だ。しかしこの御札には神様の御利益が込められすぎている。


インドの時の御守といい、こんな物どこで手に入れるんだと疑問に思ったが、直ぐに余計な事を考えるのを止めて、今度はドアを開けて外に出ようとする。しかしドアは少し開いた所で止まる。


よくドアノブを見ると、手錠で固定されていた。いや手錠のような物で固定されていた。手錠の真ん中の鎖だけが1メートル程ある見た事のない拘束具によって、ドアノブと玄関の横にある靴箱の脚が結ばれているため、ドアが開かないのだ。


「何なんだよさっきからチクショウ!御札もそうだけど、こんな道具見た事ねえよ。サオリンは何者なんだよ!」


愚痴りながらも、その道具を観察すると、手錠と同じような鍵穴があることを発見したアダムは、直ぐにスキルでの解錠を試みる。


そうしている間にも、ゆっくりだが確実に迫ってくる沙織。もう廊下の入り口まで来ている。


「喰わせろ~。うどんみたいに脳味噌をズズズッと喰わせろ~!」と叫びながら、


生クリームで汚れた両手を、あらん限り伸ばしながら、ヒタッ・・・ヒタッ・・・と一歩一歩近づいてくる。アポロはもうすでに白目を剥き、泡を吹いて倒れている。沙織が目前まで迫って来たその時、ついに拘束具の解錠が出来た。


アダムは急いで拘束具を外し、アポロを引っ張って外に出ようとする。しかし濡れた床に脚を取られ転んでしまう。解錠に必死で気づかなかったが、アダムは失禁していたのだ。


沙織がアダムを捕まえようと手を伸ばす。もう逃げられない。『アポロすまねぇ』、アダムは諦め、目を閉じた。


・・・・・・・グニュッ。アダムの口に無理矢理何かが放り込まれる。


「なんだ?甘い?生クリーム?」


目を開けると笑顔の沙織がいた。


「ヘヘッビックリした?エイプリルフールだよ~♪こんなにビックリしてくれるなんて一生懸命準備したかいがあるよ~」


沙織はアダムにドッキリ大成功という感じで話しかけるが、アダムはさっきまで上げていた顔を伏せ、全く反応をしなくなった。沙織は何か空気が違うのを肌で感じる。


「ちょっとどうしたのアダム?・・・・・アダム、そんなに恐かった?キャッなんか濡れてる。えっ!?アダムのおしっ・・・ごっごめんなさい!今日、今日エイプリルフールだから!ちょっと張り切って仮装しすぎちゃった。このゾンビの格好恐かったね。ごめんね。ハハッ・・ハハハッ・・」


「・・・サオリン。それ・・・ハロウィィィィィィィィィィィーーーーーンンンンンン・・・」


アダムの心からの叫びがアパートに木霊する。


「えっ?エイプリルフールってお化けの格好するんじゃないの?」


「エイプリルフールは四月一日の午前中だけ嘘ついて良いっていうイベントだよ!しかもハロウィンも脅かすイベントじゃねえし。サオリンはどんだけドジっ娘だよ」


「ええーー。ごめーーん!私こんなイベントするの初めてだから。間違えちゃった。でもでも私だってメモが嘘なんてわからなかったから本気で泣いたんだからね!」


「それを言われるとツレェんだけどな・・」


「ねぇちょっと大変アダム!アポロが白目むいて泡吹いてる。アダム早くなんとかして!」


「・・・いやお前が原因だけどな。ホントに密林の王者さんをこんなだらしねぇ姿にさすなんてお前ぐらいのもんだぜ」



「もう!サオリンの馬鹿!キャンタマがヒュン。キャンタマがヒュンってなったんでしゅ。もうキャンタマが喉まで上がってきたでしゅよ!それで息苦しくなって倒れちゃったんでしゅからね。このケーキ一つで許さないでしゅ」


アポロは、ゾンビの格好にビックリして怒るだろう二人を慰めるために、あらかじめ沙織が買っておいたホールケーキ(沙織が両手で食べていた)を食べながら激オコ中である。


沙織はキャンタマが喉に詰まるなんてそんな事あるんだろうか?と思いながらもアポロに謝りっぱなしだ。


「そうだよな~アポロ。玉ヒュン窒息がこれくらいで許されないよな!前に公園で、『アポロをあんまり怖がらせちゃ駄目よ』って説教してたサオリンが、アポロを泡吹いて倒れるまで怖がらせるんだもんなあ~。まあ俺は紳士だから、サオリンにスコップを投げて穴を掘れなんて言わないよ。何故って?もうサオリンはでっけぇ墓穴を掘ってるからさ!ヒャヒャヒャヒャ。いやマジでこんな立派な墓穴見た事ねえわ。ヨッ東京オリンピック墓穴日本代表!今からでも金メダル目指したほうがいいぜ!」


普段ならアダムに拳骨を喰らわすところだが、アポロとアダムに恐怖と失禁の恥辱を与えた手前、黙って耐える沙織。


「ねっねえ、もう許してよアダム~。最初はそんなに怖がらせるつもりは無かったんだよ。でもホールケーキを両手で鷲づかみして食べる女子力の欠片もない姿を見られたからテンパっちゃって・・・」


沙織は両手を合わせ、頭を下げて謝る。そんな沙織を見て、いつも拳骨を喰らわされているアダムは、沙織がケーキと一緒に買ってきたシャンパンを飲みながら優越感に浸る。今日、初めて俺はサオリンに勝ったのだ。ただ酒は飲んでも飲まれるな。それは勝利の美酒にもいえる事だ。アダムは調子に乗って余計な事を言ってしまい、今度はアダムが墓穴を掘る。


「しょうがねえなサオリンは。まあさっき、掲示板サイトに『エイプリルフールとハロウィンを間違えるフール女子の件』ってスレッド立てて吐き出したら、ちょっとは落ち着いたから許してやるよ」


それを聞いて沙織の声色が変る。


「ねえ、私はパソコンに全然詳しくないけど、それって永遠に残るとかじゃないの?」


アダムは沙織から不穏な空気を感じ取り口ごもりながら応える。


「まっまあ、そうだな。でっでも気にすんなよサオリン!実名なんて出してないし、こんなスレッドなんて、日本で毎日何万と立って、ほぼ閲覧されないまますぐに忘れ去ら―」


ヒュンッと風切り音とともにケーキをカットしたナイフが、アダムの長い両耳の狭い隙間を通り柱に突き刺さる。まだ勢いを殺しきれてないようで、柱に刺さった後もナイフは、釣ったばかりの魚のようにビチビチと震えている。


アダムは本日二度目の股間に湿りを感じる。


「アダムー。消すよねー。今すぐ消してくれるよねー。アンタが消えるのとどっちが先かなー。そうだ!せっかく私が日本代表クラスの墓穴掘ったんだから一回アンタ入ってみる?」


ゾンビの仮装をしている時よりも恐い沙織の笑顔を見たアダムは、とりあえずスレッドを落とそうとダッシュでパソコンに向かう。


「全くアダムはしょうがないんだから」


沙織はアダムを見届けた後、アポロの後ろに回り、抱き上げて膝の上に乗せた。


「ごめんね~アポロ~」そういいながらアポロの頭をナデナデする。


アポロは、ついに我慢できず、ゴロゴロゴロゴロと喉を鳴らし始める。


「もう!サオリンはしょうがないでしゅねえ。許してあげるでしゅ!じゃあケーキ一緒に食べるでしゅ。サオリンもアダムも一緒に食べるでしゅよ」


「許してくれてありがとう~アポロ。そうだね、みんなで一緒に食べよっか!アダム~まだ終わんないの~?早くしないとケーキ全部食べちゃうぞ~!」


「ちょっ待てよ!すぐ終わっからよ。」


「待てませ~ん。すんごく美味しいから早く来ないと無くなっちゃうぞ~」


アダムが行きと同じようにダッシュで戻ってくる。


「さぁ皆揃ったね。パーティーしよう!」


時刻は正午を過ぎた。三人は笑顔でケーキを頬張りながら、沙織はアダム達のクローゼットに隠れるベタな手を笑ったり、アダムは沙織のゾンビのクオリティの高さから、「父方の祖父がゾンビだったりしねえか?」とか言ってギャーギャー言い合ったりしたが、三人で囲む食卓には家族団欒の暖かい空気が流れ、そこには嘘ではない、本当の家族の絆があった。


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