エイプリルフール ①
「ふふ~ん!今日はアポロとアダムをビックリさせてあげるんだから」
沙織は、アダムとアポロの二人を驚かせてやろうと何日も前からある計画をしていた。今日はその決行日。沙織は朝ご飯を食べた後、アダムとアポロの二人に出掛けると伝え、一人で車を走らせる。
予定通り繁華街のデパートで買い物を済ませ、車内で準備に取りかかる。
「よし!これでオーケーだ!二人共驚くだろうな~フフフッ」
鼻歌交じりで軽快に車を飛ばし、二人のいるアパートを目指す。車をアパート付近の有料駐車場に止め、沙織はフードを被り、サングラスとマスクをして足早にアパートへ向かう。
部屋の前のドアを前にし、フフフッと漏れ出る笑い声を嚙み殺し、ゆっくりと息を整えながら、部屋の鍵を回す。そしてゆっくりとドアを開く。
いつも、沙織が帰宅する夕方なら、アポロが胸に飛び込んでくるのだがその気配はない。アダムに私がいない午前中は何してるの?と、この計画を遂行するために聞いたところ、「俺もアポロも昼近くまで寝てるぜ」と言ったアダムの言葉に嘘はなかったようだ。また笑いがこみ上げてくるが、両手で口を押さえて耐える。
沙織は、二人を驚かす為の最終準備に取り掛かる。無事に準備が終わり、靴を脱いでリビングの方に忍び足でゆっくりと進む。
リビングのカーテンは閉められており、室内は暗いが、カーテンの僅かな隙間越しに入ってくる一筋の太陽の光が、沙織の室内での行動を可能にする。沙織は、その幸運にまた笑いそうになり、口を押さえて耐える。
それから寝ている二人を探してキョロキョロしていると、部屋に置かれたコタツ机を照らす光の中に、出掛ける前には無かった紙が置かれていることに気付く。沙織はそれを手に取る。
「今までお世話になりました。アダム、アポロ」
メモにはその一文だけが書かれていた。
沙織は目の前が真っ暗になった。目からは自然と涙が溢れて止まらない。沙織は隣の住人に配慮などせず号泣する。
「なんで~?なんでいなくなっちゃうのよ~!せっかく グスンッ アダム、アポロと家族になれると思ってたのに~。理由もさよならも言わずに言っちゃうなんてひどいよ~アーーーン」
沙織が大号泣する中、すぐ後ろのクローゼットの中に隠れている二人は気まずくて失神しそうになる。
「アッアダムしゃん。どっどうするんでしゅか?サオリン泣いちゃってましゅよ!アダムが、サオリンをちょっとビックリさせるだけだって言ったから協力しましゅたのに。これ『嘘でしゅよ~』って笑って出られる雰囲気じゃないでしゅよ」
「いや、だってよ。テレビで今日はエイプリルフールだから嘘ついて良い日って言ってたからよ。こんな大事になるなんて思わなかったんだよ。だって隠れただけだぜ。それにサオリンも少し前に午前中何してるの?って聞いてきて今日いないとくれば俺達を騙そうとして何らかの準備をしに出掛けたと思うだろ?」
「じゃあ早く出て行ってごめんなさいするでしゅ」
「そうだな」
「「サオリンごめんよ~」」
二人は勢いよくクローゼットの扉を開け、サオリンの胸に飛び込もうとする。しかし二人は急ブレーキをかける。目の前に、ホールケーキを両手で貪り食べるゾンビ姿のサオリンがいたからだ。
沙織の顔や腕は青白く、至る所に傷があり、その傷からは血が垂れている。着ている服もボロボロで土と血で汚れており、その姿は先週三人で見たゾンビ映画のゾンビそっくりだった。部屋の空気が凍る。三人とも今の状況を全く理解出来ない。
サオリンにしてみれば、出て行ったはずの二人が何故ここにいるのか?
アダムにしてみれば、なんでサオリンはゾンビになっているのか?
アポロにしてみれば、サオリンだけケーキ食べてずるいでしゅ!
と三者三様の考えが部屋を埋め尽くす。結果、沈黙。
「「「・・・・・・・・・・・・・・・・」」」
そんな中、沙織が動く。
「みっ見~た~な~。おっ乙女の秘密を見た者は生かしてはおけん。嫌、もうお前達は死んでいるか。ならば頭から食べてやる~」
沙織は、一度緊張が途切れたので、どんなテンションでゾンビを演じればいいかわからなくなっていた。だからとにかく全力で演じた。今まで二人に見せた事なんてない変顔になろうが、精一杯二人を怖がらそうとした。その事が、普段ならそんな事で絶対騙されないアダムをして、騙されることになった。
日々可愛く見える角度やポーズを、恥ずかしげも無く研究しているサオリンが、こんな変顔を俺に見せる訳がないと思ったのだ。
以前、アポロに「カワイイでしゅ、カワイイでしゅ」と連呼されて調子に乗った沙織がアダムに「ねえ私カワイイ?」と聞いた時、「おう!やっと中の下になったな!」って冗談で言ったら、普通に夕飯をカットされた過去がある。だから絶対に俺の前なんかで変顔なんかしないはずだと思ってしまったのだ。
これはサオリンであってサオリンじゃない。何かに憑依され、体にまでその影響が出ているのだと確信した。では目の前の事態をどう対処する。アダムは除霊なんてやったことがないし、アポロも当然そうだろう。しかもゾンビ化。元に戻す方法なんてあるのだろうか。
二人は絶望から脚が震え始めた時、沙織が叫ぶ。
「ガオー脳味噌を10秒チャージさせろーー!」
「「ぎゃーーーーーーー!!」」