ナイトのピッピ 42
橋本はすぐに思考を止め、歯を食いしばる。次は金属バットが来る。橋本は自分の存在意義を頭の中で繰り返す。ここで消滅するわけにはいかない。絶対耐えてみせる。
バキッ
「ぎゃああああぁぁぁぁぁぁぁぁーーー」
足の爪先から頭の先まで衝撃が駆け巡る。もう奥歯を噛んで痛みを通り過ぎるのを待つなんて出来なかった。少しでもこの痛みによるストレスを発散させないと消滅してしまうと本能が声帯を震わす。意識が飛びそうになるが、「あと一回だ、あと一回なんだ!」と己を奮い立たせ、血走った目で正面を見据えていると、橋本は気を失いそうになった。
目の端に、折れた木製バットが飛んで行くのが見えた。
「いっ今のは金属バットではない。木製バットだ!」
「チクショーーーーーーーーーーーーー!!フーーーッフーーーッフーーーッオラ来いや!さっさと来やがれクソ魔王!」
橋本は限界だ。しかし時間が経過することにより、このテンションが落ちるのが何より恐かった。今なら全身が強烈な痛みによって一時的に麻痺している。今なら耐えられるかもしれない。橋本は喪ヤカを挑発する。
「ハハハッいいねえその顔。俺の好きな顔だあ~」
喪ヤカはニヤニヤと苦痛に歪む顔を見て笑う。しかし、その顔がいきなり真っ赤になる。
「おっお前調子に乗るのもいい加減にしろよ!女子中学生が言って良いことと悪い事が・・・魔王の俺が何でそんな事を言わなきゃ・・・分かったよ!分かりましたよーー!!やればいいんだろうがーーーッ!!!」
喪ヤカは地団駄踏む。そして橋本に向き直り言う。
「・・・・・橋本。お前、フライボール革命ってのを知ってるか?」
「フーーーッフーーーッ・・・メジャーで極端な守備シフトをとる対策として、角度をつけてボールを打って、それで野手の頭を越えてヒットを打つとかそんな話だろが!それがどうしたーーッ!」
「俺もそれを真似しようと思ってね」
橋本が必死に保っていたテンションが一気に下がる。
「おっおまえまさか・・・」
「おっ俺もお前のボッボールに革命を起こそうと思って・・・」
喪ヤカは耳の先まで真っ赤になりながら言う。
「まっ待て待て、フライボール革命のデメリットは多いんだ。ボールに角度をつけて打つのは凄く難しいんだよ。そもそもそれが出来るなら極端なシフト守備をとっていない日本の野球界なら普通に打ったほうが良い!まだ若いんだからそんな癖のある打ち方なんてしちゃ駄目だよ!さあオジサンの尻に、地面と平行な軌道でしっかり打ち込んでくるんだ!」
「ハハハハハッご注告ありがとよ。でもよ、監督の言う事は絶対なのよ。これが選手のツレえところだな」
「やっやめろ!いや、止めて下さい!」
「フンッお前、味方が犠牲フライを打ったとき、敵に走るなと言われたら走らねえのか?魔王にそんな泣き落としは効かないね。さあ歯を食いしばれ」
そんな事を言われても無理だ。橋本の歯はガチガチと音を立てて震え、顔からは脂汗が染み出している。さっきの木製バット以上の衝撃が尻ではなくボールに来ると思うと、橋本は無意識に悲鳴を上げていた。
「ヒッヒィィィィィィィィーーーー」
「ウ〜ンいい声でなくじゃねえか」
喪ヤカは橋本の悲鳴を聴いて俄然やる気になり、グリップを握る手に力が入る。
「じゃあ行くぜ!アーサー探偵団四十八の殺人奥義の一つ【飛んでけ!野手を超え、スタンドまで!お前のボールにフライボール革命】
喪ヤカは全力で金属バットを振る。
角度をつけたバットが風を切り裂きながらボールに迫る。
ブンッ
喪ヤカは盛大に空振りする。
橋本は消滅したのだ。
自身の存在意義より恐怖が上回り、橋本は消滅を選んだのだ。
「神に魔王、俺は何て奴等を敵に回してしまったんだ・・・」
白い広大な空間に橋本が溶けていく。それを見て喪ヤカは笑う。
「浄化を選んだサヤカに感謝しろよ。俺はお前の呪いを跳ね返して、自分の呪いでお前が死ぬのを見たかったんだぜ。それなのにサヤカがうるせえうるせえ。まあ返したところで、あの女と犬があっさり浄化しちまうだろうけどよ。あ~~恥かいた。寝よ寝よ」
喪ヤカは頭を掻きながら、振り返りしばらく歩くと、フッと消えた。