ナイトのピッピ 40
~サヤカの精神世界~
道路に倒された人型の呪いは、追撃を恐れて素早く立ち上がる。
するとそこは、端が見通せないほど広大な真っ白な空間だった。
呪いが戸惑っていると、後ろから声を掛けられる。
「いらっしゃい。ようこそ魔王の部屋へ」
「魔王?何を言っている?」
「おっ!お前、単なる呪いの集合体なのにそこそこ知能あるんだな嬉しいぜ。うん?」
喪ヤカは呪いを爪の先から頭の先まで舐めるように見る。
「ちょっと待て、お前は橋本か?」
「・・・そうだ」
「カーーーーッ何だよチクショウ!アイツは未来でも見えてんのかよ!」
『・・・・』
「分かってるよ!賭けはお前の勝ちだ!」
『・・・・』
「うるせえな!やるよ!やればいいんだろ!!ハーーーーーッやれやれ。まあ、お前がこの山に貯まっていた怨念とかじゃなくて、この騒動の原因となった橋本の呪いってんなら、謎がとけたぜ。山の怨念をコントロールしていた呪いの本体が消滅したのに、まだ命令聞くヤツがいるんだなと不思議に思ってたんだよ。お前、本当はサヤカじゃなく、まだマナナを狙ってんな。マナナにスキが出来るのを待ってたのかよクククッ。それならもう一度言わせて貰うぜ。ようこそ魔王の部屋へ橋本。VIP待遇で歓迎してやるよ」
喪ヤカはニヤニヤ笑いながら、メイドがするように歓迎のお辞儀をする。
橋本は、形だけで、自分を気持ち良くもてなす気なんてサラサラないだろうお辞儀をしている喪ヤカに向けて、頭蓋骨を砕いてやろうとパンチを繰り出す。
それを喪ヤカはバックステップでサッと躱す。
「いいねえ。腐っている呪いらしくて良い!こっちも気兼ねなくやれるってもんだ。ただ頭蓋骨はちょっと前に割られているから勘弁してくれよハハハハハハッ」
喪ヤカは、この広大な空間で、誰にも気兼ねすること無く大声で笑う。
次の瞬間、喪ヤカはいきなり橋本との間合いをジャンプで詰めながら、大上段からバットを橋本の頭に振り下ろす。
橋本は慌てて左手でガードする。喪ヤカの身体は自分の身長の半分、体重なら三分の一程だ。まして女の攻撃など、たとえバットをフルスイングしたものでも問題にならないと笑う。逆にバットを奪い取って、やめてくれと言っていた頭蓋骨を今度こそ粉砕してやると橋本は考えていた。
ボキボキッ
「~~~~~~ッ」
橋本の左手はグシャグシャに折れ、その痛みに声もあげることも出来ず、苦痛に顔を歪める。
「橋本~。お前、IT会社の社長だろ?ゲームはやらないのか?俺は魔王って言ったじゃねえか。お前、魔王の一撃を素手で受けるってハーーーーーッ会社が潰れたのはマナナのせいじゃねえよ。お前が間抜けなだけだ」
その言葉に驚き、橋本は喪ヤカを見る。そして激昂する。
「お前に何が分かる!」
「少なくとも、その頭蓋骨を割ろうとした拳をぶつける相手が間違っているのはわかるぜ。マナナじゃねえだろ!あの野郎にその拳をぶつける根性がありゃ、お前はこんなとこに落ちてねえんだよ!」
「ウガァァァーーーー!」
橋本は叫びながら、なりふり構わず殴りかかってくる。
「縛縄!」
橋本の周りから四本の縄が現れ、両手足を拘束する。引き千切ろうとするが、繊維の一本すら切ることができない。
「ちくしょう!何だこれは」
「始めに言っただろ?ここは魔王の部屋だ。それだけでヤベエって分かるだろ。魔王という最強の存在と、その支配領域で戦わなきゃならないんだぜ?ここじゃあ、お前程度の呪いの考えていることも分かる。サヤカも言ってただろ?【えっ!?ちょっ魔王!?そんな!セーブしてないのにタックル】って。普通の感覚ならこれくらい焦って当然なんだぜ。それなのにお前ときたら「魔王?何を言っている?」って、サヤカが俺を抑えなきゃ瞬殺してた所だぜ」