ナイトのピッピ 36
『この剣は斬ろうとするものだけを斬ることが出来る。覚えておくのじゃ』
道真から教わったこの剣の能力を引き出すべく、沙織は極限まで集中力を高め、剣に願った。
「橋本さんの身体に、魂に巣くって蝕んでいる呪いを断ち切って下さい」と。
香山との間に何があったか沙織は知らない。でも、自分と同じように苦しみから解放され、また人生を歩んでいけますようにと願いながら祓魔の剣を固く握りしめる。
沙織は橋本の左肩口から刃を入れ、一気に腰骨を通り抜けるようにして断ち切った。
剣は人の身体を肩口から斜めに横断したにも関わらず、肉を切る、骨を砕くという感触はなかった。ただ京都の有名な料理、湯葉を箸で絡め取るような感覚があった。祓魔の剣が沙織の願いを応え、橋本の身体から呪いを押し出したのだ。そして祓魔の剣は沙織の想いを成就させるべく、その呪いを焼き尽くす。
それから沙織は比喩では無く、憑きものが落ちて安らかな顔となった橋本を優しく受け止めた。呪いはその姿を見てまた呟く。
「・・・おっおまえは・・・神か・・・」
一瞬、ほんの一瞬、神に対する敬意を抱いたが、それはすぐに呪詛に変わる。それが救えない存在、呪いの呪いたる由縁だ。
「そいつだけ救いやがって!絶対絶対誰かを殺してやる」
呪いは最後の刻が近づくのにもかかわらず、辺りを見渡し命の灯を探す。
「見つけた!アイツを殺す!!」
宿主を失った呪いは、もう香山などどうでも良く、手頃な殺しやすそうな相手にサヤカを選んだ。
最期の悪足掻きにサヤカの近くにいた呪いに指示を飛ばす。
最後の最後にする事が、人を殺すことの命令。呪いは醜悪な笑みを浮かべながら焼き尽くされ、呪いの本体は消滅した。