アポロバター ①
ゴロゴロゴロゴロゴロ・・・アポロは満面の笑顔で喉を鳴らす。
「じゃあこっちだ!」
「何ででしゅかーー!何でババを引いてくれないでしゅかーーー!」
「はい今日も風呂掃除はアポロな」
沙織とアダムとアポロは、毎日三人で風呂掃除の罰付きババ抜きをしていたが、アポロが分かり易すぎて、最下位になるのはいつもアポロだった。だが、それもそのはず、ババを掴むと、笑顔で部屋に響き渡る程の大きさで喉を鳴らしていては、それがババだと教えているようなものだ。
そんな毎日が続き、沙織が罪悪感からワザと負けようとするとアダムが止めた。これはアポロへの教育だと。俺達がアポロに悔しい思いをさせつつ少しずつヒントを与えていけば、どうすれば勝てるのか自分で考えるようになると言うので、沙織は非情に徹していたが、単にアダムが風呂掃除をしたくないだけという疑念が沙織に生じ始めた。
「ねえちょっとアダム。アポロが勝てない理由のヒントを教えてあげたの?初日から全く成長してないじゃない。アポロはまだまだ子供なんだからもうちょっと優しくしてあげた方がいいんじゃない?」
仰向けになり、手足をバタバタさせながら
「勝てないでしゅ、勝てないでしゅよ~」
と泣いているアポロを見ていられなくなり、沙織はアダムに耳打ちする。
「そうだな。自分で考えて気付いて欲しかったが、ここまで気付かないとは予想外だぜ・・・。じゃあサオリンもう一回やろう。おいアポロ!何でババ抜きに勝てないか大ヒントを教えてやる」
「本当でしゅか!教えて欲しいでしゅ」
今まで泣いて暴れていたアポロはすぐに泣き止み、アダムに詰め寄る。
「おっおう。アポロ、お前は少し感情を抑える訓練をしなくちゃ駄目だ。そうだな、最近仲良くなった柴犬の“よしお”がお前に会ったら凄い喜ぶよな。その時よしおはどんな事をしてる?」
アダムのヒントに首を傾げるアポロ。何も思い当たる事がないようだ。
「気付かないかアポロ。一生懸命考えるんだ。じゃあ今日は特別にもう一回だ」
ヒントを提示されたためか、今回のババ抜きはいつもと違いテンポ良く進まなかった。アポロはよしおの事を考えているのか、「おい、アポロの番だぞ」と促されることが何度もあった。
そしてババ抜き終盤、沙織が一抜けを果たし、アダムとアポロの対決となった。ゲームは進み後一枚、幸運なことにババはアダムの手札の中にある。ババ以外を引けばアポロの勝利が決定するその一枚を引こうと手を伸ばした時、頭によしおの行為が雷に打たれたように走る。
『そうでしゅ!よしお君は僕と会うと凄く尻尾を振るでしゅ。嬉しいと無意識に振ってしまうって言ってたでしゅ!と言うことはアポロがババを引こうとすると、アダムは尻尾をブンブンと振るはずでしゅ!』
頭の中でアダムのヒントの答えを導きだしたアポロは、勝利を確信してクククッと笑う。
「アダム、今回のゲームはアポロが頂くでしゅ。お風呂をピカピカにする準備は出来てましゅか?」
「おっ何だアポロ。確かに俺はピンチだが、勝負は終わるまで分からねえぜ」
アポロはアダムの言葉に同情すら感じていた。しかし勝負は勝負だ。勝たせて貰うと心に決め、勝利をもぎ取る一枚を引こうとすると共に、アダムの尻尾の動きをのぞき見る。
「!」
今度はクククッとアダムが笑う。
「どうしたアポロ?早く引けよ」
アポロの顔から汗が噴き出てくる。アダムの左右どちらから覗こうがアダムの尻尾が見えないのだ。勝利が遠のいて行く感覚を覚えたアポロだが、まだ確率は二分の一。嫌な汗をかきながら、震える手でカードを、勢いよく引く。
「ギャアアアアアーーーババでしゅーーー!」
「フーッ、助かったぜ。それじゃ引かせて貰うぜ。こっちかな?それともこっちかな?」
アポロは余りのショックに、アダムがババ札を持つといつも以上に喉をならし、笑顔をみせた。その行動に二人は駄目だこりゃという顔をする。
「何ででしゅかーー!アダム、尻尾を隠すなんて反則でしゅよ!」
「フフフッこんな事もあろうかとさっきハサミで尻尾を切ったのよ!感情を読み取られるなんてスパイ失格だからな」
「コ~ラ、アポロが真似したらどうすんの!アポロ、アダムには長い尻尾はないんだよ。気付いてなかった?まあ私も普段見てるのに思い出そうとすると「あれ?どうだったっけ?」というのはよくあるけどね。それでアダムの尻尾だけど、断尾って言って生まれた時に短く切っちゃてるのよ。でも凄いじゃない。アダムのヒントから犬は喜ぶと尻尾を振るって気付いたんでしょ」
「俺もそう思うぜ。中々良い解釈したじゃねえか。でも俺が与えたヒントにはまだ重要な事が隠されてるからまだまだ考えるんだぜ」
二人に褒められてまた喉をゴロゴロと鳴らすアポロ。これでは当分風呂掃除はアポロの仕事だなと二人は顔を合わせて溜息をつく。
「それじゃあ私はちょっと出掛けてくるから、仲良くお留守番しててね。外出してもいいけど夕飯には帰ってきてね」
沙織はお昼ご飯のあと、出掛けると告げると、玄関まで見送りに来た二人に手を振り、ドアの鍵を閉める。
「ねえアダム~、サオリンいつもどこに行ってるんでしゅかねえ」
「分かんねえよ。でもアポロ、サオリンが自分から言わねえんだからほっとけよ。言いにくい事かもしれねえからな。でもサオリンがツライ顔を見せたら俺達が力になってやろうぜ」
アダムの言葉にアポロは力強く頷く。それから二人は習慣になっているお昼寝をした。アポロが昼に眠たそうにするのでアダムも一緒にお昼寝する習慣がついたのだ。心地よい春の日差しが二人を包みこみ眠りへと誘った。
しばらくしてアポロが目を覚ますと、すでにアダムは起きてテレビを見ていた。
ストローみたいな物から玉を発射する車とか、飛行機で凄い速いやつとかの説明をされたが、アポロにはさっぱり分からなかった。そこで少し前にサオリンが、本屋で買ってくれた絵本を読んで欲しいとアダムにお願いした。
「いいぜ。アポロにはまだニュースとか難しいだろうからな。それじゃあ何がいい?」
アポロは絵本が並べられている本棚に走り、どれを読んで貰おうか悩む。お気に入りか、それともまだ読んで貰っていないものが良いか悩んだ末、まだ読んでもらっていない『人魚姫』を選んだ。
「この絵本を読んで欲しいでしゅ。これを読めばアポロもお魚さんになれるでしゅ~!」
表紙に書かれている人魚の絵から、魚に変身出来るスキルが描いてある絵本とでも思ったようだ。
「ハハハッ残念だがアポロ、これはそんな話じゃねえよ。むしろ逆だ。それにちょっとアポロには難しいかもしれないが恋愛の話だ」
「恋愛でしゅか?アダムはわかるでしゅか?」
「当たり前よ。スパイにとって恋愛は切っても切れない関係だぜ。恋愛のプロと言っても過言じゃないぜ」
「スゴイでしゅアダム!じゃあアポロはこの絵本で勉強するでしゅ」
「偉いぞアポロ。それじゃ読むぜ。昔々、あるところに―」
アポロは絵本を読んでくれるアダムにピッタリと寄り添いながら話を聞く。
「-----人魚姫は泡となって消えてしまったとさ」
本を読み終えたアダムは横で眠そうにしてるアポロを優しく撫でてやる。
「あっごめんでしゅアダム!ポカポカ暖かくて、せっかく読んで貰ってたのに寝てしまいそうだったでしゅ」
アダムは、アポロが眠そうに目をこすりながら言う可愛い謝罪に幸せな気持ちになる。人魚姫に描かれる愛は恋愛だが、寄り添うアポロから家族愛を感じさせてくれたこの絵本に感謝する。
そもそもアポロはこの絵本の重要なキーワードである結婚を理解出来ていないので、内容が分からなくて眠くなるのも無理もない。またアポロが成長したら読んであげようとアダムは心に決めた。
「いいぜ別に気にすんなよ。でもアポロ、これ以上寝ると夜に寝れなくなっちまうから眠気覚ましにトラにまつわる絵本の話をしてやろう!今からする話はサオリンと絵本を買う時に探したんだけど売ってなくてな。あとで調べたら大人の事情で廃刊になった絵本だから、良く聞いといた方がいいぜ。昔々―」
話が進むに連れ、眠気などどこに行ってしまったのか、アポロは全身の毛を逆立て、尻尾を隠し、さらに耳を寝かせた怯えきった姿で話を聞く。
「そっそれで、その・・・木の回りをぐるぐる回ってたトラしゃん達・・・どっどうなったでしゅ・・・か?」
アダムはクックックッと不気味に笑った後、沈黙する。それはアポロをより一層深い恐怖に引きずり込んだ。
「・・・・・三匹とも・・・バターになっちまったんだよーーー!」
「ぎゃああああああぁぁぁぁぁーーー」