おいでやす京都 ⑥
アポロが地面の芝生に触れる。するとアポロから溢れ出したオーラが、周囲の芝生と同様の色、形になり、アポロを完全に隠した。
「クークックックックックック。二人共驚いて声が出ないでしゅか?これがアポロのスキル、『隠れんぼ』でしゅ。今頃、少年は急にアポロがいなくなって驚いているはずでしゅクックック。どれどれちょっと慌ててる顔を拝んでやりましゅかね」
そう言ってアポロは目の前のオーラで作った長い芝生を少しかき分ける。するとそこにはこちらをじっと見つめる子供の目があった。
「見~付~けた~」
「ぎゃああああぁぁぁぁーーー!」
少年はニヤ~と笑いながら、芝生をかき分け、両手でアポロを捕まえ持ち上げる。アポロは余りの恐怖のために毛を逆立てて叫ぶ。
「たっ助けてくだしゃい二人共!たっ食べられてしまうでしゅ!」
アポロはジタバタしながら、必死に首を捻り後ろの二人に助けを求めたが、二人は腹を抱えて笑っていた。
「ヒ~ヒッヒッヒッ周りの芝生と長さが全然ちがっヒーヒッヒッヒッアポロこの世は弱肉強食だ。成仏しろよヒ~ヒッヒ―」
「ハハハハハッちょっごめんねアポロ・・・それ、お弁当の仕切りに使うバランそっくりでブホッ我慢できないハハハハハッアポロ、その子は遊びたいだけなんだから噛んだり爪で引っ掻いたりしちゃ駄目だよハハハ―」
二人の薄情な対応にアポロは涙目になる。アポロは少年の手から逃れようと必死に暴れる。すると子供はアポロをゆっくりと地面に降ろし、申し訳なさそうに頭をナデナデした。
「ごめんねネコちゃん。恐かったね。僕、君をモフモフしたかっただけなの。怖がらせてごめんね」
それだけ言うと子供は、こちらに向かってきた時のような、ワクワクして目を輝かせていた顔ではなく、残念そうな顔をしながら、もと来た道を足取り重く帰っていく。アポロはそれを見て、少し前までの自分を見た気がして呼び止めずにはいられなかった。
「待つでしゅ少年!このアポロをモフモフしたいとは見込みがあるでしゅ!特別にこの密林の王者アポロの体をモフモフさせてあげるでしゅ!」
アポロの言葉に少年は振り返り、満開の笑顔を咲かせる。
「いいの!」
「いいでしゅよ。でも優しくでしゅよ」
それから少年は飽きる事なく、アポロをモフり続けた。それは少年の母親が呼ぶまで続いた。
「たっくん、さっきから何してるの?お姉ちゃん困ってるでしょ。すいません息子がお邪魔しました」
「いえいえ、私は別に構いませんよ。動物好きの優しいお子さんですね」
沙織の言葉に動物の話でもしてたのかなと思い、母親はとりあえず頷き、息子を連れて帰っていく。
「あのねお母さん。タマちゃん死んじゃって、天国で一人寂しい思いしてると思って悲しかったけど大丈夫みたい。タマちゃんなら天国で友達一杯作ってると思うんだ!」
「どうしたの急に?でもお母さん嬉しいわ。タマが死んでずっと元気がなかったタッくんが元気になって」
少年はこちらを振り返り、満面の笑顔で大きく手を振る。三人も少年に応えて大きく手を振った。
「また撫でさせてあげましゅからね~」
少年にいつまでも手を振るアポロを沙織は抱きしめ撫でる。
「アポロは良い子だね。あの子が心配で成仏せずにお空でウロウロして見てたネコの霊も喜んでたよ。アポロのおかげで安心したみたいね、お空に登って成仏したよ。でも最期の方はちょっと嫉妬してたみたいだけどフフフッ」
「良かったでしゅ、猫しゃん成仏するでしゅよ~。でも二人共ヒドいでしゅよ。アポロが真剣に助けを求めたのに大笑いしてたでしゅ」
プンスカと怒るアポロをどうやって宥めようかと悩んでいると、アダムが動いた。
「アポロ笑ってすまなかったな。さあコレを飲んで機嫌を直してくれよ」
アダムはアポロが口を開けた瞬間を狙ってストローをスッと差し込む。
「ムムッこれはメロンソーダでしゅ~。美味しいでしゅ」
「凄えなアポロ。あの少年の抱えてた悲しみを、こんな短時間で癒すなんて普通じゃ出来ねえ。いやっさすが密林の王者様だぜ」
アポロが大好きなメロンソーダで気が緩んだ隙をつき、アダムはアポロを煽てて機嫌を直そうとたたみかける。それに沙織も乗る。
「そうよ流石アポロ!それにネコの霊も一緒に救っちゃうなんて密林の王者しか出来ないわ。すごいアポロ」
沙織はアポロの機嫌が直るように煽てるのと同時に、アポロを一生懸命モフり続ける。まだ表面的には怒ってるようだが、沙織はこの闘いの終わりは近いと感じていた。アポロが喉をゴロゴロと鳴らし始めたからだ。しばらくすると・・・
「もう!しょうがないでしゅね~。許しましゅよ」
二人は顔を合わせホッと息をつく。
「ありがとねアポロ。じゃあそろそろ我が家に行こっか」
「賛成でしゅ」
「こんなに移動したのは初めてだから疲れたぜ。サオリンの家で早くゆっくりしたいぜ」
三人は片付けをして、車での移動を再開する。沙織は車を少し走らせた後、大きな道路から離れて生活道路に入っていく。
「そろそろサオリンの家に近づいたか?」
「そうよ、もう少しよ」
「ここら辺は建物が古いな。京都は歴史ある街だって聞いたが、歴史があるって言うかボロいって言うか・・・あの目の前のアパートなんか、女の子が住むにはちょっと危険じゃねえか?泥棒対策とか出来てんのか?」
「大丈夫だよアダム。日本は治安が良いからそんなに心配しなくて大丈夫だよ。それに二人が守ってくれるんでしょ?」
「安心するでしゅ。このアポロがサオリンを守りましゅから。泥棒なんてさっきの猫しゃんみたいに成仏させてあげるでしゅ」
膝の上で座っているアポロは沙織に振り返り、力強い視線を送りながら自信満々に言う。
「ありがとうアポロ。期待してるよ」
なんて物騒な事を言うんだと沙織は内心思ったが、多分アポロは意味が分かってないのだなと思い直した。さっき学んだ成仏の意味を、お空に登って行く=遠くに行く=追っ払うとでも解釈して使っているのだろう。でもアポロのスキルじゃ泥棒から隠れるのが精一杯なんじゃないかと思ったが、沙織は自分を守ってくれると言うアポロが無性に可愛くて微笑んだ。
「まあアポロの言う通り俺達がいればサオリンの安全は間違いないぜ。でもアポロ、泥棒にも良い泥棒と悪い泥棒がいるんだ。悪い泥棒なら成仏させてもいいが、もしサオリンの下着が目的の良い泥棒なら交渉して最低でも五千円から販売―」
サオリンの左ストレートが助手席に座るアダムの顔に突き刺さる。
「痛えなサオリン五千円だぜ高いだろ!サオリンはもう女子高生じゃないんだからしょうがないだろ!」
「ちょっアンタ何言ってんのよ!もう旬が過ぎたような言い方してヒドいよ!この変態!変コギ!泥棒に良いも悪いもないわよ。成仏させなさいよ!」
沙織は、自分で日本は治安が良いとさっき言ったばかりなのに、我が家の治安が一番悪くなりそうな気がした。その後すぐ、沙織は車をそのアパートの敷地内に停車させた。
「ん?何だサオリン?俺は別にこのボロアパートを見たいなんて言ってねえよ。それともガス欠か?」
「到着したの」
なんと今まで話題に上がっていたアパートが沙織の住むアパートだった。二階建て木造の六部屋からなるアパートだが、近くで見るとより古さと傷みが目に付くボロいアパートだった。
「ここなのか!」
「そうよ!ボロくて悪かったわね。なんなら外で生活する?」
「意地悪いうなよサオリン。最高だぜ!これから俺達三人の生活が、ここから始まると思うとワクワクして仕方がねえよ。ボロい?正直どうでもいいんだよ」
「アポロも二人と一緒ならどこでも良いでしゅ」
二人の言葉に沙織の顔に笑顔がこぼれる。
「二人共ありがとう!そしてようこそ我が家へ。今日からここが私達三人の家だよ」
三人はこれからの生活に胸をときめかせた。