ナイトのピッピ ⑯
「じゃあ、今回の事件の話をするッスかね」
後部座席に座る香山を守るために、隣に座るサヤカが切り出す。
「うん。聞かせて。何がどうなってるの?」
「まず、一番知りたい事だと思うッスけど、今回の事件の犯人は分からないッス。それは情運山に行ってのお楽しみッス。あっすいません。不謹慎だったッスね」
「ううん、いいのよサヤカちゃん。でも私の身の回りで起こった事って何だったの?」
「香山さんは呪いをかけられてるんスよ」
「そう、それ聞きたかったのよ!アダムも言ってたけど呪いって本当なの?呪いってあるの?」
「呪いはあるッス。でも安心してください。素人が呪いをかけようとしたらほぼ100%失敗するッス。じゃあプロは?って言うと神罰を恐れて、やる人なんてレア中のレア。だから香山さんの今後の人生、呪いに怯えて生きていく必要なんてないし、それは無駄になるとサヤカが保証するッスよ。万が一、何かあったらまたアーサー探偵事務所に依頼に来て下さいッス。サヤカが祓ってみせるッスから。
ただ、今回はどうやら呪いをかけた相手は、どこからか素人でも呪いをかけられる呪具を手に入れたみたいなんスよ。でも呪いをかける呪具があったとしても、簡単には呪いをかけることなんて出来ないんスよ。テレビでよく見るような念じるだけでいいなら、人はバタバタ死んでいくッスからね。その呪具を使う場所、日付、時間など色々あるんスよ。これ以上は教えられないッスけど」
「じゃあ、私に呪いをかけることに成功したのね?」
「ところがそうじゃないんッスよ」
「どういう事?」
「呪いをかけた奴は、呪いに取り込まれたみたいッス。呪いというのは本当にデリケートなんス。呪具を使用した場合、ちょっとしたことで逆に呪いに襲われるんスよ。陰陽師なら、そうなったとしても祓うことが出来るんスけどね。念のために言っておくッスけど、香山さんがもし人を呪う呪具を目にしても絶対に手は出さないで下さいね」
「もちろん!こんな思いを人にさせると思うとゾッとするわ。それに失敗したら呪いに取り込まれるなんて・・・考えたくもないわ」
「それが正しい選択ッス。」
サヤカは香山に微笑む。
「それで今向かっている情運山なんすけど、昔から呪いをかける有名なスポットなんスよ。そいつ手順を間違ったんでしょうね。素人の丑の刻参りとかなら、そんな大事にならないんスが、本物の呪具を使ってたんで、山に貯まっていた大量の念に襲われたんでしょうね」
「じゃあ、その人は呪いに取り込まれたの?」
「おそらく。そしてそうなった者は、その人の意思を引き継ぐように、呪いをかけ続けようとするッス」
香山は顔から血の気が引く。
「そんな・・・嘘だと言って・・・」
「大丈夫ッス。落ち着いて下さい香山さん。システムエンジニアの香山さんならよく知ってるはずッス。原因が分かれば対処のしようがあるって事を!」
サヤカは怯えてふさぎ込む香山の手を取り、力強い口調で言う。
「そっそうね。まず原因が分からないと対処のしようがないものね。一番困るのは原因が分からない事。サヤカちゃん、取り乱してごめんなさい」
「いえいえ、恐いのは当然ッスから。でも安心して下さい。私達が香山さんを何があっても守るッスから」
香山は目の前にいる自分より10歳も年下の中学生であるサヤカの、真っ直ぐ真剣な目を見ていると安心感を覚えた。
「それで、私達が今回の事件は呪いに取り込まれた者の仕業と推理した理由っすけど、香山さんはこの半年で色んな事を経験したッスよね。ポルターガイスト、悪夢を何度も見て精神をすり減らされる、朝起きたら痣が出来ている、意識が薄らぎ死に導かれる、明らかに人を傷付けようとする悪意ある攻撃等々。そして一年で呪いが強まる日が何日かあるんスけど、その日に向けてドンドン呪いが強化されていってる。それらを東九条家が積み上げてきたデータに当てはめると、呪いに乗っ取られた者の仕業ってことが導きだされるッス。
アダムは経験から分かったみたいッスけどね。あと、プロなら防御される暇を与えずにサクッと呪い殺すッスからね。こんなに沢山の呪いを放つ時はプロがプロを殺す時だけッスけど、一つ一つの呪いが弱すぎる。その点からも私達の推理が補強されるッス」
「じゃあ、サヤカちゃんが喫茶店で100%今日犯人は現れるって言ってたけど、呪いが強まる日って今日なのね・・・」
「さすがッスね。そうです、今日が一年で最も呪いが強くなる日の一つッス。そして呪いに人格を乗っ取られた者の最期の日ッス」