ナイトのピッピ ⑩
その夜、午後九時過ぎに香山はベッドに入った。
最近は、また恐い夢を見るに違いない、寝てる間にまた痣が出来るかもしれないと、疲れていても精神が高ぶって、こんなに早い時間に眠気に襲われる事なんて無かった。
今夜、誰かに襲われる。
それが確実だったとしても、昼間のアポロとアダムを思い出すと、幸福感と安心感が心の中に満ちて、香山の不安を打ち消し、眠りに誘った。
「寝てた方が良い、窓には近づくなって変な事言ってたよね。でもナイトの言う事を聞くのがお姫様の務めだもんねフフフッ。まあベッドは幸い窓から遠いから大丈夫だよね。それじゃおやすみ~ナイト様☆」
「よし、対象は寝たようだ」
アダムはどこで買ったのか、サーモグラフィー付きの双眼鏡で隣のビルの屋上から、香山の住んでいるマンションの部屋を覗き見て言う。
「もう、こんなの犯罪じゃない!この現場押さえられたら逮捕されるの私なんだからね!」
沙織はアダムと同じように、うつ伏せになり、この姿を人に見られまいと、黒い布を被って地面と一体化して、目立たないようにしている。
「だから今回はサオリンだけにしたじゃねえか。ちょっとはこっちが疲れるぐらいやる気のあるサヤカーンを見習って欲しいもんだぜ」
「サヤカちゃんはまだ子供なの!これがどんなにヤバイ事か全く分かってないだけだから。『困っている人を助けるためだからしょうがないッス』って言って普通にやりそうだけど、そんなの警察はとりあってくれないよ。『だったら何故それを警察に通報しなかったんですか?』って瞬殺論破されて終わりよ」
「ハハハッ真っ正面から自分の正義を貫く。若いっていいね~」
「もう!アダムったら!それで聞きたいんだけど、この寒い冬の夜に何で私は大家さんに貰ったホットパンツを履かなきゃいけないの?」
「当たり前だろ?それがサオリンの持っている服の中で一番霊的防御力が高いんだからな。オッちゃんも言ってたじゃねえか、
『本当はスキニージーンズにして、サオリンにプレゼントしたかったヨ。でもそれ特別な糸で特別な製法で作られたもので、それだけで400万するヨ。スキニーだと2000万するからそれで許して欲しいヨ。でもそのホットパンツ見た目によらず凄まじい霊的防御力ヨ。ここぞと言う時に履いて欲しいネ』
ってよ。じゃあ履くのは今しかねえじゃねえか」
「まっまあそうかもしれないけど・・・じゃあ一体何をさせる気なの?不安になるんだけど・・・」
「聞きてえか?」
「当たり前でしょ」
「サオリン、ジップラインって知ってるか?」
「あ~空中にワイヤーを張って、滑車を使って滑り降りるヤツよね。リゾート地を紹介する番組でよく出てくるアレでしょ。それがどうしたの?」
「俺がここからマナナの部屋までジップラインを張るから、サオリンは俺をおんぶして、マナナの部屋に窓をブチ割って突入してくれ」
「ふ~ん・・・えっ!?今、私が香山さんの部屋の窓をブチ割って突入するって聞こえたんだけど・・・聞き間違いだよね?」
「おいおいサオリン、良く聞いとけよ~。サオリンは“俺をおんぶして”マナナの部屋の窓をブチ割って突入するんだ。俺をここに置いていってどうすんだよハハハハハッ」
「そっかアダムをおんぶするの忘れちゃ駄目だよね・・・って駄目でしょうが!おんぶ関係なしに駄目でしょうが!香山さんに怒られるでしょうが!!勝手に依頼人の自宅をジップラインのゴールにして、窓をブチ割りながらホットパンツ姿でこんばんはって何考えてんのよ!人の部屋をリゾート地か何かと勘違いしてんじゃないのこのバカコギ!ユーチューバーでもそんな事考えないわよ!それに今日、私ほとんど何もやってないんだよ!みんなは活躍したから良いけど、本当は私、肩身が狭かったんだからね。それなのにこんな事したら、『あっ電波なのは所長か』って思われるじゃない!」
「いいじゃねえか。インドで俺もサオリンに思いっきり投げられたしオアイコじゃねえか」
アダムは笑いながら言う。
「あっあんたアレ根に持ってんの!?あれはアポロを救うためだったんだからしょうがないじゃない!」
「これもだよサオリン。しょうがねえんだよ。俺もこれが良いとは思ってねえ。でも、これが一番上手くいく確率が高えんだ。アイツのためにもな」
アダムは真剣な目で沙織を見つめる。沙織はそんなアダムの目に陥落する。
「ハァ~~~~~~~~ッでもアダムも一緒に謝ってよね。私一人にしないでよね」
「ハハハハハッ当たり前だろ。一緒に謝ってやるし、刑務所にはサヤカーンと一緒に週一で差し入れ持って行ってやるからよ。こんな風によ」
アダムは張り込みの定番、アンパンと牛乳を見せながら言う。
「もう、ふざけないで!」
「わかってるよサオリン。必ず一緒に謝るさ。それと覚えてるか?俺はサオリンに一杯友達を作ってやるって言った事。その約束、必ず果たしてみせるからよ」
アダムはそう言って沙織にニコッと笑いかける。沙織は顔を赤らめる。
「もう、卑怯だよアダム!」
「そうか?」
「そうだよ!」
沙織は頬を一瞬プク~ッと膨らませたが、すぐにアダムの隣でニコニコ笑って一緒に双眼鏡を覗いて香山を監視する。