おいでやす京都 ⑤
「サオリン、あれ何でしゅか?美味しそうでしゅ!」
アポロが飲食店の店先に貼ってあるポスターの事を尋ねる。
「あれはワクドナルドのテリテリバーガーね。とっても美味しいのよ。そうね、時間もお昼を回ったし、ドライブスルーでご飯を買って、公園でピクニックでもしようか」
「賛成でしゅ!アポロはテリテリバーガーを食べたいでしゅ」
「俺には隣のポスターの二段になってるやつを頼むぜ」
沙織がドライブスルーで店員に注文している最中、二人が窓から身を乗り出し、アレも欲しい、コレも欲しい、さらにはデザートも欲しいと催促され、結局三人では食べきれないのではという量を買うはめになった。それから三人は公園に移動し、沙織が車にいつも乗せているピクニックシートを広げ、遅めの昼食をとる。
「うめぇー!」
「美味しいでしゅ!」
二人は口にこれ以上入らないという位にハンバーガーを放り込み、ムシャムシャと美味しそうに食べる。
「コラコラ、ゆっくり食べないと喉に詰まるわよ」
沙織は二人の行動に微笑みながら、背中を優しくさする。
「そういえば二人は普通に食事してるけどそれが普通なの?精霊ってそうなの?」
沙織の疑問にメロンソーダでハンバーガーを流し込んでいるアダムが答える。
「ゲプッおっとすまねえ。しかしこの緑色の飲み物も甘くてシュワシュワしてて美味ぇな。え~っと、そうそう精霊が食事するのは普通かって質問だったな。答えはノーだ。普通精霊は食べ物を食べたりしない。理由は、精霊は自然界にあるオーラを吸収することで足りるからだ。俺達のように物を食べたりすると、人間と同じように排泄するようになるんだ。その事を殆どの精霊が嫌がるんだよ。必要がないのに穢れを体に宿す行為をするなど意味がわからないってな。それに美味いものを食べたらより美味い物を、三食食べる習慣があるなら三食食べないとイライラするとか、そんな生物が抱える煩わしい欲望から解放されているのにわざわざ食べることをしない」
今まで知らなかった精霊の考え方に触れ、沙織は驚く。
「そうなんだ。じゃあ普通の、生きている犬は食べたら駄目な物、例えばタマネギとかがあるけどアダムは大丈夫なの・・・今更だけどタマネギ入ってるよねソレ・・・」
精霊だから大丈夫だろうと思って、何の配慮もせずにいたことに罪悪感を覚えながら恐る恐る尋ねる。
「グフッなっ何だとサオリン!タッタマネギが入っているだとぉぉぉー。ゲホッガハッ」
急に大きな咳を繰り返すアダムにビックリし、やっぱり精霊でも食べてはいけなかったんだとわかり、自分の思い込みによる軽率な行動を後悔する。少しでもアダムの痛みが軽くなるように抱きかかえてお腹をさする。しかし、その行動が手遅れだと言わんばかりに口を押さえていたアダムの手は、大量の吐血により真っ赤に染められていた。
「アダム!!」
沙織は血の気が引く。どうすれば良いか分からず、自分はまた命を奪ってしまうとパニックになった。
「もうアダム!それアポロのケチャップでしゅよ!勝手に使わないで欲しいでしゅ!」
沙織の隣でムシャムシャとポテトを食べていたアポロがアダムに不満をぶつける。
「・・・えっケチャップ?」
沙織はもう一度よくアダムの手に付いている血を確認する。すると明らかに血よりもネットリとしているようだった。
「アダム!」
サオリンの今までにない迫力に、今度はアダムの血の気が引く。
「すっすまねぇサオリン。悪気はなかったんだよ。俺のスパイとしての一つの技を披露するだけのつもりだったんだよ。迫真の演技だっただろ?こんなに上手くいっちまうと気持ち良くなっちまって―」
沙織はアダムが言い訳を言い終える前にアダムを強く抱きしめる。
「良かった・・・良かったよ~。アダムが無事で良かったよ~・・・」
車に乗っていた時と同じように、拳骨されると思っていたアダムは、予想と違って沙織に泣きながら抱きしめられた事で心が罪悪感で一杯になる。
「すまねえサオリン」
「いいよアダム気にしないで。私、両親を亡くしてるから、死ぬとかそんな事にちょっと過剰に反応してしまうみたいなの」
初めて告げられたサオリンの過去に、知らなかったとは言え、悪ふざけが過ぎたとアポロは猛省する。
「ごめんな。両親の事を知ってたらこんな事しなかったよ。傷付けて悪かった。あと俺達は何食べても大丈夫だから心配すんなよ。それより俺は今、このケチャップの付いた手がサオリンの服を汚してる事の方が心配だぜ」
アダムの言葉に我に返ったサオリンはアダムを乱暴に投げ捨てる。
「ちょっとどうしてくれんのよ!この服お気に入りだったんだから!」
あっ服に関しては普通にキレるんだと思ったアポロが、沙織の怒りを何とか静めようとしていると、何かお尻がシュワシュワするなと後ろを振り返る。そこにはメロンソーダを倒され、キレるアポロの姿があった。
「もうアダムのせいで楽しいピクニックが台無しでしゅ!」
二人から一斉にワーワー責め立てられ、アダムは二人が許してくれるまで謝り続けた。
「もう本当にアダムは!程々にしてよ」
アダムの凄いスキルをイタズラに使われてはたまらないと憤慨した沙織だったが、冷静になると一つの疑問が頭に浮かんだ。
「ねえアポロ、アポロはアダムみたいなスキルがあるの?」
よくぞ聞いてくれたと言わんばかりにアポロはニヤリと笑う。
「当然ありましゅよ。このアポロにも強力なスキルが!丁度良い機会でしゅから二人に見せてあげましゅ!」
沙織はトラの精霊であるアポロのスキルを、アニメでよく見るとんでもない破壊力を持つ爪と牙の攻撃なんだろなと想像し、ドキドキしながら待つ。
「二人共さっきからこっちを見ている子供がいるのを気付いていましゅか?どんどん近づいてきてましゅし、『ネコ!ハンバーガー食べて喋るネコちゃんがいるでしゅ!』って呟いてましゅから確実にアポロが見えてましゅ。しょうがない子供でしゅ。このハンバーガーはアポロの物でしゅ。あの子供にアポロのスキルをお見舞いしてやるでしゅ」
「「やめて(ろ)」」
二人は必死になってアポロを止める。
「アポロ、可哀想なことしないで!」
「そうだぜアポロ早まるな!何個もハンバーガー食ったじゃねえか、足りねえなら俺のをあげるからよ」
アポロは二人が必死になっている理由に気付き笑う。
「二人共大丈夫でしゅ。アポロのスキルは相手を傷付けるものじゃないでしゅ。これ以上は見てのお楽しみでしゅ」
少し不安に思いながらもアポロを信用する事にするが、万が一子供を傷付ける行動をしたらすぐ止めようと、二人は顔を見合わせ頷く。
「クククッもう、すぐそこまで来ましゅたね!さあ、このアポロのスキルに驚くがいいでしゅ」