ナイトのピッピ ③
「半年ほど前からでしょうか、始めは恐い夢をみるようになって、次は打った覚えのないところに痣が出来てたり、部屋からラップ音が聞こえたり、不意にボーッとして、車道に出て轢かれそうになったりしたんです。
疲れてるんだろうなと思って本格的に忙しくなる前に有給を使って休んだんですよ。そうしたら一旦そういうのが治まったんですが、一ヵ月位前から以前より酷い現象が起き始めたんです。先程夢でうなされると言いましたが、今度は誰か分からない人に追いかけられ、頸動脈を切られて殺される夢を見るんです。しかも同じ夢を。
それと同時に職場の机やロッカーに大きな傷や釘を打ち付けたような穴が付き始めたんです。自分で言うのは恥ずかしいんですが、私そこそこ仕事が出来て、今の会社にはヘッドハンティングされて入ったんです。始めはチームの一員としてプロジェクトを成功させてきたんですが、それが認められて課長に昇進すると共に大きなプロジェクトも任されたんです。
だから机の傷は、社員の誰かが私に嫌がらせをしてるのかなと思っていました。でもそんなのはどこにでもある話。私がこのプロジェクトを成功させて確固たる地位を築けば、そんな嫌がらせもなくなるはずと毎晩遅くまで仕事をしていたんです。
でもある晩、一人で残業している時、机に置いてある資料を見ようと手を伸ばすと突然、どこからか黒い靄が現れて、私の手首に纏わり付いて動かせなくなったんです。私、声も上げられないほど驚いたんですが、それで終わりじゃ無かったんです。動かなくなった手首のすぐ横で、もの凄い音がなったと同時に動けるようになったんです。何が起こったのか恐る恐る机の上を確認してみると、そこには釘をうちつけたような穴が出来ていたんです。
私、何もかも放り投げて帰りました。恐怖でどうにかなってしまいそうで、布団にくるまって寝たんです。でもそこにも逃げ場はなく、不審者に追いかけ回された挙句に殺されました。もう限界です。それに次、もし同じような事があれば、確実に私の手首に穴が開く。手首ならまだいいかもしれません。夢と同じように首に・・・そう思うといてもたってもいられなくなって東九条家に相談しに行ったんです。どうでしょうか西九条さん。私がすぐに用意出来るのは400万円なんですが依頼を受けて頂けますか?」
「いやいや多いくらいですよ。でも何で東九条家は800万も要求したんだろう・・・う~んそんなに大変な依頼かな~?ポルターガイストにちょっと毛が生えた程度―」
アダムに肘で突っつかれて沙織はハッとする。
「すっすいません。香山さんは真剣に悩んでこちらに来て下さったのに大した事ないとか、値段のことゴチャゴチャ言っちゃって。この業界に不信感持っちゃいますよね。あっあの値段に関してはですね、香山さんが会った変な日本語を使う人って、それは多分、東九条家総本家当主の天才陰陽師です。その人がそう言うなら間違いありません。あの方は依頼人から、お金を余計にむしり取ろうとか全く考えていない人ですから。それに比べて私達は、先月開業したところでまだ依頼料の算定が甘いというか、少し前にそれで怒られたんですよね・・・」
「あの、やっぱり足りないということでしょうか?」
「心配すんなよマナナ。アーサー探偵事務所がその値段で請け負うぜ!」
「いいんですか!」
「ああ、この依頼はさっき言ったように東九条家当主から回された仕事だ。俺達はサヤカーンの育成でもお世話になってるからよ、断るわけにはいかねえよ。そんな不義理をしちゃあ、パイの少ないこの業界、すぐに食いっぱぐれて倒産さ。それによ、俺達はマナナみたいに困っている人の力になろうって作った会社だぜ。断ったらこのアーサー探偵事務所の看板、それと西九条の名がすたるってもんだぜ」
香山は涙を流して喜ぶ。アダムの決断にみんなウンウンと嬉しそうに頷き、香山を慰める。アポロは香山のお膝で甘えている。
「あとマナナ、今日はここに泊まれよ」
「いや、そんなご迷惑をかけるわけには・・・」
「全然大丈夫ですよ香山さん。この業界はそれが普通です。多分東九条家で依頼をお願いした場合、結界で守られた部屋で隔離されていたと思いますよ。まあだから高額になっちゃうんですけどね」
「そうなんですか・・・」
「マナナ、今、じゃあこの部屋に東九条家のような結界があるの?って不安になったか?」
「あっいやそんな事は・・・」
「良いんだよ。当然だ。こんなボロアパートにある結界なんて東九条家より数段劣るはずだって思うのは当たり前だよ。でもな、ここにはミッチーあっ聞いた事あるだろ?学問の神様の菅原道真様さ、その道真様の力のこもった御札で守られてるから、東九条家の結界と同等かそれ以上だよ。悪夢も見ねえだろうし、もし何かあっても俺達が守るからよ。まず身体を休めろよ。見た感じここ最近眠れてねえんだろ?」
「はい、毎日3時間程しか眠れてなくて・・・すみません。私の事を真剣に考えてくれてるのに、私が真剣じゃなかったみたいです。それでは今日ここに泊まらせて下さい」
「大歓迎でしゅよマナナ!ホットケーキ好きでしゅか?アポロがマナナに美味しいホットケーキを作りましゅからね!」
アポロは大喜びしている。
「サヤカは、香山さんが好きなご飯を買ってくるッスから、何でも言ってくださいッス」
サヤカは競技用のヘルメットを被ってアピールする。
「まあ今日は美味いもん喰って、トランプでもして遊んでリラックスしてくれ。それでマナナの明日の予定はどうなってる?仕事か?」
「はい」
「じゃあ、明日はアポロと俺が職場の中の調査と護衛をする。外ではサオリンとサヤカーンも一緒に護衛するから安心してくれ」
「ありがとうございます」
香山はアーサー探偵事務所の面々とトランプで大いに笑い、食事を楽しみ、アポロのホットケーキに舌鼓をうった。17時を回る頃には疲れていたのだろう、香山はゲストルームのベッドで寝息を立てていた。そして翌朝の5時まで寝続けた。