おいでやす京都 ④
「ここからは私の車で帰るからね。」
「車ってインドの空港に行くときに乗ったおっきい乗り物でしゅね!」
「アポロ、それはバスだよ。もっと小さい私専用の乗り物があるの」
「サオリン凄えじゃねえか!」
「凄いでしゅ!」
「ちょっとそんなに期待しないでよ」
そんな事を言われても二人のドキドキワクワクは押さえられず、サオリンの後に付いていきながら「これか?」「これでしゅか?」と何度もサオリンに聞いて困らせた。そんなやり取りをしながら沙織はついに立ち止まる。
「おまたせ!これが私の車よ。どう?可愛いでしょ!でもちょっと古いかなハハハッ」
サオリンがボンネットを叩きながら自分の車を紹介する。二人が目にしたのは可愛らしいデザインの女子受けしそうな車だった。
「サオリンの車カワイイでしゅ。アポロ好きでしゅ!」
「おうそうだな。可愛いし良い車じゃねえか。サオリンのイメージにピッタリの車だぜ」
アポロはボンネットに飛び乗りゴロゴロするほど気に入っているし、アダムはタイヤの大きさを調べたり車幅を調べたりと興味津々である。沙織も実はお気に入りだったので、二人の反応を見て自分が褒められたかのように喜ぶ。
「じゃあ今、鍵開けるからね。・・・あれ?ない。インドのホテルを出るときに取り出し易い所に入れたはずなのに何で無いの~」
リュックの中やポケットを探すも車の鍵はどこにも見つからなかった。
「多分取調べ受けた時にスーツケースの中に入れたんじゃねえか?」
「あっ!そうだ。急に帰っていいって言われて、焦って片付けたから鍵とか中に入れちゃったんだ。ええ~ここでスーツケース開けるの嫌だなぁ~」
年頃の女子が駐車場で下着も入っているスーツケースを開けるのに抵抗があるのは当然だ。でもしょうが無いと観念し、沙織が左右をキョロキョロしながらスーツケースを開けようとした時だった。
「サオリン、俺に任せろよ。これから一緒に住むサオリンに俺の精霊としてのスキルを紹介しておくぜ」
沙織はアダムの言うことを理解出来ず、首を傾げた。
「精霊はな、生前の能力を使うことが出来るんだ。前に言ったけど俺の御主人はスパイで、俺も御主人を補佐するスパイ犬だったからスパイに関する能力を使えるんだ。サオリンは霊や精霊を形作っている物質、オーラって知ってるか?それの形をちょっと変えてやると」
そう言って運転席横のドアの前に立ち、鍵穴にアダムはオーラを注ぎ込む。
「生前は鍵開けなんか出来なかったけど、精霊に進化して二足歩行になってから練習したおかげでよ・・・ほらっ」
ガチャッと運転席のドアを十秒もかけずに難なく開ける。
「凄いじゃないアダム!」
「凄いでしゅ!さすがアダムでしゅ!拳―」
アダムは慌ててアポロの口を押さえて助手席まで飛び込む。ビックリするアポロにアダムは小声で伝える。
「拳銃の話はサオリンの前でしないでくれよ。サオリンを怖がらせたくないんだよ」
アポロはコクコクと頷いて、了解の意を伝える。
「何?どうしたの?アポロに乱暴しちゃ駄目だよアダム」
「ハハハッそんな訳ないだろサオリン。スパイと言えば車だろ?早く出発したくてウズウズしてるんだよ。俺の中のスパイの血が騒ぐんだろうな。でも押し倒してすまなかったアポロ。じゃあエンジンかけるからな」
ドアの時と同じように一瞬でエンジンを始動させる。
「本当に凄いねアダム!」
「ありがとよサオリン。ドアの鍵の場合、俺達精霊はドアをすり抜けること出来るからあんま意味ねえけど、機械を動かすことが出来るのは色々と便利だぜ。それじゃあサオリンの家に行こうぜ」
「了解」
沙織がシートベルトを締めて出発しようとすると、よじよじと膝の上にアポロが登ってくる。
「アポロも準備オーケーでしゅ。サオリンの家に向かって出発進行でしゅ!」
沙織とアダムは顔を見合わせフフフッと笑い、「「出発進行!」」と声を合わせる。
アダムとアポロは沙織の家に向かう道中、日本の街を見てはしゃぎまくった。
「おいサオリン、なんで誰も交通整理してないのに、みんな交通規則を守ってるんだ?バイクもあんまりすり抜けて来ねえし、それとサイレン鳴らしてる車が来たら一斉に車が横に退いて道を空けるしどうなってんだ?」
「インドの人に怒られるよそれ。う~ん日本人は真面目な国民性だからかな。なんでと言われても規則を守るのは当たり前の事だから良く分かんないよ。それとサイレン鳴らしていたのは救急車だよ。あの車の中には怪我をした人とか病気の人が乗ってて、急いで病院で手当が必要だから、みんな車を移動させて通してあげるんだよ。これも一応規則にあるんだけど、皆の善意からでる行動だと思うよ。アダムがインドでどういう暮らしをしてきたか知らないけど、日本では規則を守らないと変な目で見られるよ。目立ちすぎてスパイなんてやっていられないかもね」
「アドバイスありがとよ。早急に日本の文化を学ぶよ。そう言えば今まで立ちションしてる奴も見ねえもんな。インドではまだ田舎じゃよくある光景だけどな。サオリンはインドにいた時、オシッコやウンコは草むらでし―」
突然アダムの頭に激痛が走る。沙織の拳骨が頭に落ちたのだ。
「何すんだよサオリン!」
「そっそれはこっちの台詞よ!信号で止まってる時で良かったわよ!走ってる時だったら事故を起こして私も霊になるとこだったわ。もうアダム!それセクハラよ!女性にトイレの事を聞くなんてマナー違反よ!セクハラコーギーとして訴えられないだけ感謝しなさい」
沙織が顔を赤くして照れてるようなのでアダムは渋々引き下がる。
「わかったよサオリン悪かったよ。じゃあ、あの白い速い奴は何だ?」
「ああ、あれは新幹線っていう名前の高速列車よ。速いときは時速300キロ以上で走るんだから」
沙織は日本の技術の結晶の新幹線をまるで自分の事のように自慢する。
「ひゃー凄えな。そんな速度じゃオシッコする間もなく目的地に着いちまうじゃねえか。あーそうそう知ってるかサオリン。インドの列車のトイレはオシッコとかそのまま外に垂れ流しなんだよ。だからサオリンのオシ―」
先程より強烈な痛みがアダムの頭に走る。
「痛えなサオリン!バカスカと精霊の頭をなぐるんじゃねぇよ」
「セクハラ!このセクコギ!我慢して聞いてればやっぱりセクハラじゃない」
「いやでもこれは日本の伝統なんだろ?帰ってくる飛行機の中で見た漫才の番組で同じようなオチを繰り返すことを天丼って言ってみんな面白がるって言ってたじゃねえか」
「セクハラの天丼って何よ!そんなの美味い訳ないし伝統な訳ないじゃない。ただ犯罪を重ねただけで誰も食べないわよ。もう、これ以上セクハラすると外で生活して貰うからね」
「ちょっ!わかった。わかったよサオリン本当に俺が悪かった」
アダムが今度は本当に反省しているみたいなので沙織はアダムを許し、またワイワイと騒がしい車内に戻った。