おいでやす京都 ③
「精霊はよ、生前の生き方を反映したスキルを持ってんだよ。俺は生前がスパイ犬だからな。こんな事が出来るんだよ」
ガチリッと拳銃の撃鉄を起こす音をシェパードの耳が拾う。
「ちょっちょっちょっと待て。わっ悪かったよ。俺の勘違いだったなら謝るよ。でもしょうがねえだろ?俺はそういう風に訓練されてんだ。匂いがあれば座って税関職員に教えるってな。それに取調室に連れて行かれたのならもう俺に出来ることはねえよ。お前が言うように何もしてないならすぐ釈放されるから心配すんなよ」
アダムは拳銃を消す。
「本当だろな。俺は日本って国を知らねえからよ。もし俺が知ってる国のように密輸の疑いがあれば酷い拷問が待ってるようなら、今日はお前の鼻の調子が悪いんだっつう演技を強制的にでもさせるつもりだったんだがな」
「日本じゃ拷問とか間違ってもそんな事はないから心配すんなよ」
「じゃあ、あの七三分けのおっさんが検査結果を見て諦めるのを待つしかねえか」
「うん?七三分け?あ~あいつか!あいつは悪い奴じゃねえんだが、ちょっと完璧主義者っぽい所があってな、ちょっとでも何かあるとヤバいぞ!スーツケースの中のホコリを検査してちょっとでも陽性反応があると徹底的に調べるんだ。何度もそれで長時間拘束される奴を見てきたよ。ほら、日本じゃ違法でも海外では合法の薬物とかあるだろ、例えばマリファナだな。そいつが泊った部屋がマリファナパーティーをした部屋で、碌な掃除してねえと部屋に置いた服にマリファナが付着してな。それに俺達の鼻が反応しちまう。まあお前が言う通り何もしてねえなら釈放されるが、長い時間拘束されるのは間違いねぇ」
「クソッ俺のせいでサオリンが!」
アダムは床を殴りつける。シェパードが心配してアダムを止めようとするが触れることができない。精霊であるアダムからはシェパードには干渉できるが、高い霊感がなければその逆は出来ないのだ。そのため何度も空振りを繰り返す。
それからアダムは、「なあサオリンは本当に良い奴なんだよ。なんであいつがこんな目に遭わなきゃならねえんだ。いや、お前を責めてる訳じゃないんだ。お前は仕事をしただけだからな。ただ悔しくてよ~」と吐露しながら泣き出し、シェパードを動揺させた。
シェパードは、そんなアダムを宥めようと顔を舐めたり、背中を叩いたりしようとするが当然その全てが空振る。そうしてる内に一緒にいたアポロもアダムにつられて「ビィエエエェェェェンサオリーーーン!」と泣き出す。
目の前で二匹も泣き出した事に焦ったシェパードは、最近の外国人観光客の増加で仕事が忙しく疲れていたこともあり、目から自然と涙が零れた。それが合図となり感情の堰が決壊し、シェパードも一緒にワンワンと泣き出した。
「ムラさんこっちです。西九条さんを怪しいと判断した麻薬犬なんですが見てください」
村田は職員が指し示す麻薬犬を見ると、明らかに挙動がおかしい。さっきから係員の言うことを聞かず、目から涙を流し悲しそうに鳴いているのだ。挙げ句の果てにはペロペロと何かを舐めるような行為をしたり、目の前の何かを引き寄せるように前脚を空中でクイクイと動かしたりしている。
「何だ?どうしたんだあの麻薬犬!というか涙を流す犬なんて初めて見たぞ」
「はい私も初めてです。今はまだマシになりましたが、少し前までは怯えたりもしていたみたいで。今ハンドラーが落ち着かせようとしているんですが、あまり上手くいってないみたいでして」
「・・・こりゃピンときたぜ。あいつ疲れてんな。あいつは連続勤務何日目だ?」
「今日が連続勤務の最終日らしいです」
「今からゆっくり休ませてやれ。最近観光客が多くて無理させてたか。それじゃあ西九条さんの前に座ったのも体力の限界だったか、精神的に疲れていたか又はその両方か。あるいは、あの子に癒しを求めて座ったのかもしれんな」
「その可能性はあるかと」
「よし、すぐに別の麻薬犬を部屋に連れてくるんだ。西九条さんの衣服や荷物を再チェックさせるぞ」
「はい、すぐに向かわせます」
職員は了解の返事と同時に別の麻薬犬の所に走って行く。
「すいませんでしたー」
村田は今までの暴言を沙織に謝罪した。沙織は少し前まで刑務所に行くことになるのではとビクビクしていたのに、急な無罪放免に目を丸くして驚く。
「西九条さん、どうやらシェパードが疲れてたみたいでして、あなたの横に座っただけだったみたいです。先程別の麻薬犬に再チェックさせた所、全く何も反応しませんでした。荷物もチェックさせて貰いましたが問題なかったので、どうぞお通りください。」
「あ~良かった~。初めての海外旅行で知らないうちに悪い事したんじゃないかと思っちゃった」
「本当にすみません。麻薬をやってるだろ、運び屋なんだろと疑い西九条さんの旅の締めくくりを台無しにしてしまいました。ピンと来た等と妄言を吐き申し訳ありません」
沙織は村田の顔を正面から見据え首を振る。
「良いんですよ村田さん。あなたが本気で日本を麻薬から守ろうとする気持ちは凄く伝わってきましたし、それに村田さんが悪い人じゃないって私、ピンと来てましたから!」
沙織は笑顔で村田に微笑みかける。沙織は取調中、村田が沙織の目を真っ直ぐ見て、自分の将来を本気で気遣ってくれたのが嬉しかったのだ。村田は沙織の自分を気遣う言葉に目頭が熱くなる。取調室で聞いたことを思い出し、この子が死ななければならないのかと思うと涙が溢れそうになる。
「それじゃあ私行きますね。最初で最後の海外旅行で、こうやって日本を守ろうとする人達の仕事を見る事が出来てラッキーでした」
「西九条さん!また何度でもいらしてください。来年も再来年も・・・」
村田は堪えることが出来ず涙を流しながら言う。
「やっぱり村田さんは良い人ですね。じゃあ今回のインド旅行が最初から最後まで良い思い出になったから、またインド旅行しようかな」
沙織は涙ぐみながら答え、税関を後にした。
再び沙織と合流できたアポロは飛び回って喜んだ。しかしそれとは対照的にアダムはニヤリッと悪い顔をしている。そんなアダムを見て沙織は言う。
「アダム、何かしたね?」
村田に見せた笑顔は何処へやら、沙織はアダムをジト目で見る。
「何だよサオリン。俺は何もしてねえよ。ちょっとシェパードにこれからサオリンがどうなるのか詳しく聞いただけだぜ」
沙織はアダムを観察するが、生前はスパイコーギー犬と言うだけあって尻尾を出さない。ならば一緒に行動していたアポロはというと、無邪気に喜んで私の髪を「良かったでしゅ、良かったでしゅ~」と言いながらグルーミングしている真っ最中だ。観察しようとしても私が笑顔になってしまってそれどころじゃない。
「・・・まあそういう事にしておくよ」
「ああ、そうしておいてくれ」
すべてはアダムの作戦通りである。この空港には、あのシェパードがいなくなっても、まだ他の麻薬を摘発するシェパードがいることも確認した上での行動だった。
インドでサオリンの身に起きた事をシェパードでやっただけなので、沙織に嘘は言っていない。やましいことがないスパイに変化など起ころうはずがない。
沙織としては何故急に解放されたが分からないが、自分は無実であることは間違いないし、アダムが何か悪い事をやったなんて証明出来ないのでスルーすることにした。