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サヤカのクリスマスウォー ⑱

サヤカの全身を切り裂かれる痛みが襲う。

次の瞬間、サヤカの意識は飛ぶ。文字通り飛んで、何もないただ広い、奥が見通せない程広い真っ白な空間に現れる。


「何スかここは?」


サヤカが不思議に思っていると、後ろから誰かが走ってくる気配を感じて振り返る。

そこには、金属バットを振りかぶって恐ろしい形相で飛びかかってくるサヤカがいた。サヤカは咄嗟に、顔面に振り下ろされようとしている金属バットを、両腕を顔の前で交差して防御する。


ギィィィィィィィーーーーーーーーン


周囲に金属音が鳴り響く。


「チッなんだそのコートはよ!金属ででも出来てんのかよ」


恐ろしい顔をしたサヤカは、そう言って地面に唾を吐く。サヤカは自分の姿を見る。すると先程まで喪服を着ていたのに、沙織から貰った探偵服に替わっていた。対して襲ってきたサヤカは喪服を着ていた。


「これは一体?はっ!ここは魔境ッスね。いわゆる私の精神世界なんスね。図書室で訳が分からずパラパラ読みした覚えがあるッス。とすると・・・おいそこの闇のサヤカ!お前なんかにこの聖なるコートを傷付けられると思ってるッスか!これは沙織さんがサヤカを思って一杯悩んで選んでくれたコートッス。このコートには沙織さんの思い、アーサー探偵団の思いが詰まってるッス。なによりサヤカが沙織さんの隣に立つと誓いを立てたコートッスよ!お前みたいな雑魚の攻撃が通ると思ったら大間違いッス」


「ハンッ!そのコートを買うように誘導したのはお前じゃねえか。そのコートに沙織の思いなんか宿ってねえよ。見ろ俺の呪いがコートを侵食していくぜ」


闇のサヤカが言うように、金属バットを受けたコートの両腕の裾が黒く変色していく。


「アーーーーーーーーッ汚したッスね。サッサとクリーニング代よこせッス。でも例え汚れが落ちても、沙織さんから貰ったこの誓いのコートを汚した罪で喪ヤカ、あなたをブチのめすッス」


「喪っ喪ヤカって何だよ!喪服か?喪服から来てるんだよな?俺は断じて喪女じゃないぞ!っていうか俺はお前だ!」


「フンッ中学生にもなって彼氏もいないお前は喪女ッスよ」


「テメエは俺だって言ってんだろが!っていうかお前はクラスどころか学校単位で変人扱いされてんじゃねえか!」


「ゴチャゴチャうるさい喪ヤカッスね~。喪女や変人扱いされたことくらい何スか?これがサヤカの闇の部分と思うと、ハァーーーーッ正直情けなくなるッス」


「殺すウゥゥゥゥーー!お前を今すぐブチ殺すゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーー!」


喪ヤカはサヤカに飛びかかり、金属バットをサヤカに乱打する。その度にコートは黒く変色する。


「大口を叩いても、お前はもう少しで俺のもんだ」


「笑わせるッス。金属バットを振り回すだけしか能が無いッスか?」


「フンッ俺はそんな口車に乗らないぜ。このまま終わりまで行かせてもらう。お前がお前でいられる、この精神世界での拠り所のそのコートを黒く染め上げてなぁ」


「じゃあサヤカの勝ちッスね」


減らず愚痴を叩くサヤカを無視し、喪ヤカはコートを黒く染め上げようと手を休めない。

そしてあと1ダースほどぶっ叩けば終わりだろうというところで金属バットが根本から折れる。


「何?そんなっこれは―」


「フッフッフッどうせ金属バットで殴ってるのは、サヤカが金属バットにトラウマがあるからッスよね。昔、お兄ちゃんが外国人選手のホームランを打った後の真似をして放り投げたバットが、サヤカの頭に当たって頭を縫う大ケガをしたことがあるッスけど多分それッスよね?そんなトラウマが、このアーサー探偵団の絆でもあるこのコートを着たサヤカに効くと思ったッスか。このコートに袖を通したサヤカの覚悟を舐めないで欲しいッス。むしろバットで殴られたことで怒りが蘇ってきて、就職活動が上手くいかなくて落ち込んでいるお兄ちゃんに、喝を入れるのと同時に、このトラウマの借りを返すためにケツバットをしてやろうと燃えているッス」


「止めとけよ。三十社からお祈りされて、お兄ちゃんHPが1しかねえんだからよ!殺す気かよ」


「可愛い妹にケツバットで殺されましたって面接でアピールすれば受かるかも知れないッス」


「メチャクチャ言ってんじゃねえ!お前、兄―」


炎が喪ヤカを飲み込む。サヤカが金属バットの攻撃を受けつつ少しずつ少しずつ印を組み準備した術を、喪ヤカが油断する隙を狙って放ったのだ。

喪ヤカは火だるまになる。そして少しでも早く火を消すためにゴロゴロと転がる。

しかし、精神世界でも喪服が化学繊維で出来ていることが影響しているのか、火は中々消えない。流石のサヤカも自分の目の前で、自分と瓜二つの、いや自分が黒焦げになるのを見たくないのか、火を消すのを手伝う。


「大丈夫ッスか?」


バシバシと脱いだコートを当ててようやく消化出来た。


「おお、ありがとよ」


「さあ、立つッスよ」


サヤカは喪ヤカに手を差し伸べる。


「すっすまねえな」


喪ヤカは手をとり立ち上がる。


「まだ燃えていないかチェックするッスからじっとするッスよ。消えているか確認出来たら勝負再開ッスよ」


「おっおう!助けてもらったからって手は抜かねえからな」


「いいッスよ。そんな喪ヤカに勝ってもサヤカは嬉しくないッスからね。今度はお互い意地と意地を賭けて拳で語り合おうじゃないッスか!」

このあと殺し合う二人、友情など生じるはずがない二人の関係だが、喪ヤカは確かにサヤカに暖かい物を感じた。闇の自分がそんな事を感じるなんてと、くすりと笑う。


「さあ、大丈夫ッスよ」


サヤカは喪ヤカの背中をバンッと叩く。


「ヘヘッありがとよ。じゃあ行く―」


喪ヤカは、サヤカに感じていた暖かさなど一瞬で忘れ、逆に体中から冷や汗が止まらない。そして自分の甘さに後悔した。相手はサヤカだぞ。自分が一番良く知っているはずなのに。それでも目の前の自分と同じ姿の者が、火ダルマになっているのを消化したのは善意からの行動だと、闇の部分の塊である喪ヤカですら思いたかった。・・・・・・身体が動かない。


「テメエ―――――!!」


「いやいや、喪ヤカの消火をしてる時にポケットを探してたら良い物があったッス」


サヤカは、花村が白百合の脚に貼った麻痺札を喪ヤカに貼ったのだ。


「現実のサヤカが持っているものがこの精神世界にも影響してるんスかね。さて、それじゃあ火も消えたことだし、正々堂々と拳で語り合おうじゃないッスか!」


「バカ!バカバカバカバカ!どこが正々堂々だ!テメエ頭イカレてんのか。やっぱり学校で変人扱いされてるのは理由があったんだよ。みんなお前から何か嫌な物を感じてたんだよ!」


「何度も言うけど喪ヤカはうるさい奴ッスね~。嫌われた?変人扱いされた?それがどうしたッスか?全く喪ヤカには自分というものがないからそんな事で悩むッス。確かにサヤカはみんなと歩む方向が違ったッス。それは、みんなと同じ道を進んでては幸せになれないと感じたからッス。だからサヤカは道を進むんじゃなく山に登ったんス」


「は?ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ苦しい言い訳だなサヤカ~。ハブられたからってそんな意味不明な言い訳すんじゃねえよ」


「喪ヤカ、将来一緒に歩まない人達と歩むのがそんなに大事ッスか?まあメチャクチャ気が合う友達は別として、その他大勢はただ生まれた年と地域が同じだっただけッス。そんな小さな小さな集団に合わせて生きるのが、喪ヤカ、お前の正解ッスか?」


「ハッ!小さな集団とお前はバカにするが、中学、高校と一緒に過ごした友達は一生の友達だぞ!だが俺はお前だ。知ってるぞサヤカ、お前が心から信頼する友達はゼロだ。お前は自分の今の寂しい状況を肯定するために言い訳してるにすぎねえんだよ!」


「喪ヤカ・・・お前は本当に私ッスか?だから言ってるじゃないッスか。山に登ったって。山に登ったっていうの比喩ッスよ。昔から言うでしょ、高い所から探せば、探し物は見つけやすくなるって。サヤカは、サヤカと同じような人を探したんスよ。喪ヤカが言う、一生の友達、人生を一緒に歩む人を見つけるためにね。そして探して探して見つけたッス。サヤカが全力を出してもなお届かないサヤカ以上の天才を。それが沙織さんッス」


喪ヤカは奥歯を噛みしめる。


「沙織さんは天才というだけじゃないッス。メチャクチャ優しい聖女ッス。そんな沙織さんが孤独に戦って、傷ついて泣いている。だったら高校なんか行ってる暇なんてないッス。サヤカが、サヤカがもう沙織さんに悲しい思いなんかさせないッス」


「テメエ・・・・」


「喪ヤカ、何度もサヤカの孤独感を煽って心を弱らせようとしてるッスが無駄ッス。同級生と同じ方向を向いてちゃ沙織さんを守れないんだったら孤独結構!便所メシ上等ッスよ!」

サヤカの啖呵に喪ヤカは気持ち悪い程口角を上げる。


「ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッサヤカ!お前は最高だぜ!痺れたぜ!愛してるよ!お前が魔王だ!!さあ時間があまりねえのは感じてるだろ?さあトドメをさせ」


「魔王?何言ってるのか分かんないッスが、時間がないのは何かサヤカも分かるッス」


「拳で語り合えないのが残念だよ。まあ一発で仕留めてくれよ」


喪ヤカがウィンクして微笑む。


「了解ッス」


サヤカは、喪ヤカに少ししゃがみながら近づき、喪ヤカの両腕を拘束するようにして腕を回し、背中でがっちりとホールドする。


「えっ?ちょっお前何してんだ?何抱きついてんだ?」


「喪ヤカ、お前と話せて楽しかったッスよ。これはアリタンの技を見て閃いたッス。アーサー探偵団四十八の殺人奥義 【喪ヤカの中身を見てみたい!それイッキ!イッキ!】ッス。一発で仕留めてあげるッスよ」


サヤカは喪ヤカを持ち上げる。


「ちょっちょっお前マジか?一発の意味が違うんだけど!っていうか喪ヤカの中身を見てみたいって脳・・・まさかそんな事ができる中学生がいる訳ねえよな・・・・・俺はお前だぞ!しかも【喪ヤカのイイとこ見てみたい】なバカ大学生の一気飲みのコールみたいな変な名前の奥義で自分を倒すって、お前イカレるのも大概にしろ!」


「どうでもいいじゃないッスか。一発(拳)か一発(投げ)の違いなんて。喪ヤカ安心して欲しいッス。イッキに投げて一発で仕留めてみせるッス。サヤカは蚊やゴキブリを殺す時も苦しめずに仕留めるのがポリシーッスから」


「おまっゴキブリって自分の事だ―」


サヤカはそのまま高速でブリッジして、腕を拘束されているため受け身が取れない喪ヤカを頭からグシャリと地面に叩きつける。


「・・・こっこういう・・・躊躇ちゅうちょがないのも・・・魔王向きだな・・・」


喪ヤカは煙のように消え、サヤカは現実に戻る。



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