サヤカのクリスマスウォー ⑬
「白百合、俺達はランドセル買ってあげ隊だ。尋常に勝負!」
【ランドセル買ってあげ隊】
孫にランドセルを買ってあげようとデパートに行って、あまりの値段の高さに諦めた者達。人生の喜びはカワイイ孫の顔を見るという事もあって精神が肉体を凌駕しているため、HPが減りづらい。
白百合に初老の男達が迫る。男達は東九条流護身術の指導員達だった。彼等は陰陽師ではなく東九条家の事務職員である。東九条家では事務職員であろうとも希望者は護身術を習得する事が出来る。そこで才能を認められ、指導員として新人に教育をしている者達だ。しかしオーラを操る事は出来ないため、そこまで強くはない。だが確かな技術を持っており侮れない。しかも三人同時に襲ってくるとなると、いかに白百合といえども、無傷ではすまない。そこで、多人数を相手にする際の最悪手である囲まれるという状況を回避するため、近くにある壁まで移動しようとした時、
ドプンッ
「クソ!何なんだ」
いきなり白百合の脚が膝くらいの深さまで沈む。白百合は瞬時に、これは移動阻害術式 【沼】だと理解した。それと同時に覚悟を決めた。どうあってもダメージを避けることが出来ない。そう悟った白百合は全身のオーラを高めて防御力を高めながら、三方向から迫る攻撃の一つ、顔面に正拳突きをしてくる者に集中する。
ランドセル買ってあげ隊のコンビネーションは見事なものだった。三人いるため、三方向からの攻撃に備えなければならないのだが、目の前の人体の急所が集まっている頭部への攻撃にどうしても意識が集中してしまうのだ。
本来なら先制攻撃や積極的に攻撃を躱しにいくなどして、包囲網を突破するのだが、脚が動かないため、それが出来ない。さらに相手を倒す威力を拳に十分に載せることも出来ない。そのため、白百合はなんとか正拳突きを躱し、相手の勢いを利用するカウンターで相手を攻撃することにする。攻撃箇所はアゴ。一撃で戦闘不能にしないと白百合の受けるダメージが増え続けるからだ。
「キェェェェェェェイィ」
ランドセル買ってあげ隊の拳が気合いと共に唸りを上げて、顔面に迫っている。しかしそれを白百合は難なく避ける。
プロボクサーのパンチは肩が少し動いた、グローブが少し下がったなど、攻撃のサインである【起こり】を見極めないと避けることは難しい。世界レベルのボクサーが相手だと、起こりが極わずかなため、見極めることが至難の業だ。ランドセル買ってあげ隊のメンバーも長年指導員をしてきたこともあり、相当高いレベルでそれを習得している。しかし、白百合には通じない。
なぜなら、白百合は起こりのさらに前、オーラの動きを見ているからだ。白百合にとって正拳突きが来るなどコンマ一秒前に予測は完了している。そのアドバンテージを利用し、避けながら右ストレートをぶち込む。
相手はパンチをまともに受け、膝から崩れ落ちピクリとも動かなくなった。
それと同時に白百合の身体に二つの大きな衝撃が身体に走る。一つは人体の急所である肝臓を狙った蹴り、もう一つは後ろからの肺を狙った掌底突き。強烈な痛みと肺の空気が一気に抜けることで呼吸困難になり、白百合の意識が飛びそうになる。ランドセル買ってあげ隊の作戦通りである。
先程崩れ落ちた者は、自分の正拳突きが白百合に通用しないことなど分かっていた。彼は仲間の為に犠牲になったのだ。白百合が自分を【右拳】でカウンターを打つように、間合いと角度を絶妙に調整していた。白百合も左拳で打てば、一撃でノックアウト出来ないと判断し、肝臓がガラ空きになるのも構わず右拳で迎え打ったのだ。いや、いかざるを得なかった。多対一を極めた者は、必ずそんな嫌らしい攻撃をしてくる。
もし、左拳で迎撃した場合、ノックアウト出来ず、白百合はその後、二人と向かい合うことになっていた。そして二人が、白百合の攻撃がギリギリ届かない間合いに陣取れば、白百合は正面の二人を無視出来ず、術を行使せざるを得ない。そのスキに続けて後ろから、すでにダメージを受けている肺を攻撃され、一時的に肺機能が低下し気絶して詰み。だからと言って後ろを向くと前の二人から肺を攻撃されて詰み。いや、その前に【沼】で動きが阻害されているため、下手に動くと三人からの攻撃で白百合は詰む。白百合は数ある選択肢の中で、一瞬で最適解を選び抜いた。第一手では勝ちと言える。しかし次の手がない。
白百合の前に立つ者は、自分の攻撃に集中を促すように、先程と同じように朦朧としている白百合に正拳突きをする。この攻撃が決まってもいい、決まらなくてもいい、白百合のカウンターで倒れてもいい。最後の一人が立っていればいいという、また嫌らしい作戦を実行する。
しかし、それは悪手だった。白百合の眼に間一髪の所で光が戻り、しゃがむ事で正拳突きを回避し、そのまま相手の腰に手を回し、相手の突進力を利用して、そのままバックドロップを敢行する。
驚いたのは、白百合の背後からまた攻撃を加えようとした者で、東九条家護身術にはない技に身体がフリーズする。そうしてる間にランドセル買ってあげ隊同士の頭がぶつかり気絶する。
「ブハーーーッハーッハーッ・・・。危なかった。さすが指導員達。オーラを高めて全身の防御に回していなければ負けていたのは私だった。いやっ手加減してくれたんだな。肺など攻撃せずに延髄を攻撃していれば負けなかったものを。フフフッミルクのクズ野郎共とは違うか」
白百合は三人を起こしてやる。治療が必要か尋ねるが、全員いらないとのことだった。
「白百合、お前は強いな。動きが制限されているのに俺達三人を倒してしまうなんてな」
「それはあなた方が手加減してくれたおかげですよ」
「まあ、若いお前の姿を見てたら、これからランドセルを背負う孫が、成長したらお前みたいになるのかなと思うと・・・なあ?」
二人も頷く。
「でも、普通肝臓に蹴り入れられて立ってる奴いねえぞ。本当にふざけた野郎だよ」
三人はワハハッと笑う。それから急に三人は真顔になり言う。
「それで白百合、お前を孫と思って忠告しておくよ・・・・・今すぐ棄権しろ」
ミルクのクズ共に続き、白百合に勝ち目がないという発言に流石の白百合も不安を覚える。
「少しは感じてるよな白百合。さっき囚われていた沼なんかより、もっと暗く、大きく、深い底なし沼に徐々に引きずりこまれていく感覚を。それは間違っていない。お前はもうズッポリとはまっちまってる。後はゆっくり沈んでいくだけさ」
「私は棄権などしない」
ダメージが蓄積し、さらにオーラを大量に消費して浅い呼吸を繰り返している白百合の姿を見て、三人は勝ち目がないというように首を振る。
「忠告はした。この件でお前が棄権したとしても、誰もお前を責めないということだけは心に留めておいてくれ」
それだけ言うと三人は立ち去る。
白百合はミルクのクソ共に言われた時は腹しか立たなかったが、この三人は違う、東九条家の指導員なのだ。さっきの言葉も、サヤカと白百合の状況を冷静に分析して出したものだろう。三日前と一昨日ボコボコにした相手に、今日負けるというのはどう言う事だ?白百合は一刻も早くサヤカを見つけ出そうと踏み出すが、脚が踏み出せない。見下ろすと真っ暗な闇に、太腿まで浸かっている姿を幻視する。
白百合は気合いを入れ、頭を振って嫌なイメージを追い出し、また歩き出す。