おいでやす京都 ①
「「ワァァァァァーー!」」
ドンッと関西国際空港に降りたった飛行機の中、サオリンの後頭部にしがみつくアポロ、膝の上に座るアダムが着陸に歓喜の雄叫びを上げる。
「いやー飛行機って凄えな。もう日本に着いちまったのか? 御主人とイギリスからインドに行ったときは船で何ヶ月もかかったのにな」
「面白いでしゅ。サオリンもう一回乗るでしゅ!」
「駄目よアポロ。せっかく日本に来たのにインドに帰ってしまうでしょ」
飛行機から降りるのを名残惜しそうにするアポロを抱っこして、沙織達は飛行機を降り、税関に向かう。
「見るでしゅアダム、ここにも動く階段があるでしゅよ」
インドでエスカレーターを見たアポロは何度も何度も上り下りを繰り返し、沙織とアダムを疲れさせた。
「エスカレーターはもういいだろアポロ。お前本当に森でずっと生活してたんだな」
「そうでしゅよ。サオリンに出会ったのも偶然でしゅ。森で迷って歩いてたら知らない場所に出て、人が一杯いてビックリしたでしゅよ。付いて行ったのがサオリンみたいな優しい人でよかったでしゅ」
「もうアポロったら! 照れるでしょ。まあこんな優しい美少女をみたら声を掛けずにいられないもんね」
「そうだな。インド人から本気で心配されて大使館に連れて行かれそうになったもんな」
「もう! それは忘れて」
沙織がインドの大通りで披露した一人芝居もどきは、一度思い出せばズキズキと恥ずかしい感情が全身を駆け巡る黒歴史になっていた。沙織は、同じミスを犯さないよう、人で溢れかえる空港を出るまでは、普段より小さな声でアダム達と話すようにしていた。
「それじゃあアダム、アポロ。これから私はちょっと空港の職員さんと話をしなくちゃならないから大人しくしててね」
「はいよ。緊張の一瞬だな。御主人も国境を越える時は緊張してたっけな。まあ俺はアポロとその辺りを回ってくるよ。十分程で帰ってくるからよ」
そう言うと二人はサオリンと別れ、辺りを散策し始めた。
「空港って凄えな。色んな国の奴がいるし、エスカレーターだけじゃなく流れる床もあるぜ」
「ホント凄いでしゅ。アポロは、流れる床にもう一度乗り……アダム! ワンワンがいるでしゅ」
「なに! どこだ」
アポロが視線を向ける先をアダムは急いで振り返る。
「シェ、シェパードじゃねえか! アポロ、サオリンの所に戻るぞ!」
アポロはどうして犬から離れようとするのか分からなかったが、アダムが言うなら間違い無いだろうと思い、二人はサオリンの所に戻ろうとそそくさと来た道を引き返す。
「どうしたんでしゅかアダム? あのワンワンがどうかしましゅたか? どうせ僕達を見ることなんて出来ないはずでしゅよ?」
「ああそうだぜアポロ、普通の犬はな。でもあいつは違う。感覚が以上に鋭いんだ。麻薬っていう人を駄目にする薬を見つけるために嗅覚、鼻だな、それを人間に訓練された犬さ。俺達が見えないと言ってもその限界まで鍛えられた感覚が俺達を感知する可能性がある。面倒事に巻き込まれたくなかったら近寄らない方が良いぜ。その証拠にほら、後ろを見てみろ」
アダムとアポロが通った道を、鼻をクンクン鳴らしながらシェパードが付いてくる。
「アッアダム! このワンワン、見えてるはずないのに付いてくるでしゅ」
「クソッ完全にロックオンされてんじゃねえか。やべえな、俺がインドでボコボコにした奴の中にアヘン中毒の霊でもいたかもしれねぇ。信じられねえが、その霊の残り香を感じ取ってるのかもな」
「とにかく俺達は、税関を越えた向こうでサオリンと落ち合うことにするぜ、そこまではあいつも追って来ねえはずだ」
二人は精霊の長所を生かし、税関をあっさり素通りしていく。
「ハハハッあのシェパード、困ってウロウロしてやがるぜ! ざまあ見やがれ。まあその内……クソヤベェ!」
「どっどうしたんでしゅかアダム?」
「あいつサオリンに近づいて行きやがる。俺は飛行機の中でサオリンの膝の上にずっと座ってたからサオリンにアヘンの匂いを感じ取ってるかも知れねえ」
「どっどんどんサオリンに近づいて行くでしゅ! サオリンが危険でしゅ!」
「いや落ち着けアポロ、そもそもサオリンはアヘンなんか持っていない。アイツが何しようが問題ないはずだ」
二人がそんな心配をしている間に沙織の足下に来たシェパードが、沙織の横に座った。
「あら可愛いワンコだね、どうしたんでちゅか~?」
シェパードを撫でるために伸ばした沙織の手は、ガシッと途中で掴まれる。
「すいません。税関です。少し別室でお話を伺えますか」
「えっ? どうして? 触っちゃいけないワンコでした?」
「いえ、そういう訳ではないですが少し別室でお話を」
沙織の手を掴んだ女性職員は丁寧な言葉使いでありながらも、お前に選択肢はないというような態度で沙織に接する。海外旅行に行くのが初めての沙織は訳が分からず、職員の言われた通りにする。
「アダム! サオリンが連れて行かれるでしゅ」
「チッ、あの犬野郎余計なことしやがって! アポロ、俺達も付いてくぞ」
沙織は税関横にある、机と物置台しかない部屋に連れて行かれた。そこで沙織は持ち物検査をされたが特に怪しい物が出てこず、職員の座って少しお待ちくださいという指示に従い、静かに待った。
少しの間待っていると、グレーヘヤーを七三分けにした長身のガッシリとした中年の男が現れた。
「こんにちは、村田です」
「こっこんにちは、西九条です」
村田は沙織に笑顔で挨拶し、その後沙織にパスポートの提示を求めてきた。
「西九条沙織さんですね。このパスポートを見たところ……初めて海外旅行に行かれたんですかね?」
「はい、そうです」
「で、トリップでトリップしちゃった?」
「はっ?」
沙織は村田が何を言ってるのか分からなかった。
「ウンッゴホン、いや旅行先で薬物を使用したのかな~って」
村田は沙織がまだピンときてないようなので一から説明することにした。
「君は麻薬とかドラッグとか薬物とか聞いたことはあるよね?代表的なのが覚醒剤だ。一度打つと強い禁断症状が出て、自分一人では辞めることが極めて難しいアレだよ」
「あっはい。聞いたことあります」
「それで先程君の隣に座ったシェパードなんだが、あの犬は麻薬犬でね、薬物の匂いに反応するとその場に座るように訓練されているんだよ。覚えてるよね? 『どうしたんでちゅか~?』って手を伸ばしてたよね。いやっこっちがどうしたんでちゅか~って聞きたくて西九条さんにこの部屋に来て頂いたんですよ」
「って言うことは……私は薬物をやってるって疑われてるんですか!?」
沙織はやっとこの部屋に連れてこられた意味を理解し、椅子を弾き飛ばして立ち上がる。
「ザッツライト!そう、そういう事ですよ西九条さん」
「私、麻薬なんて知りません!私タバコも吸ったことないんです!」
沙織は村田に無罪を主張しようとするが、どうして良いかわからずパニックになった沙織は、自分の学生時代を思い出し、不良の代表的なアイテムであるタバコすら吸ったことがないのに、それを飛び越えて薬物を使用するはずがないではないかというアピールをすることで、自分の身の潔白を証明しようとした。