サヤカのクリスマスウォー ⑨
サヤカは五十嵐に守って貰うため、陰陽賭博会の部屋を後にし、五十嵐が用意した部屋に入る。そこには結界陣が敷いており、それはサヤカがまだ見た事がないものだった。
「ここで山本の呪いをはね返す。お前は山本が呪いをかけてくると言うが、あいつは人の目があるから大っぴらにやる訳にはいかねえ。だから大した準備が出来るはずがない。だからそんなに強力な呪いが来るとは思えない。しかし俺は賭けを成立させるためにお前を守るっていう大義名分があるからな。ちょっとぐらいの呪いならパッと返せる良い部屋を用意しといたぜ」
「ありがとうございますガラさん」
「・・・でも本当に前日にかけてくるのか?今日かけてくることはないのか?」
五十嵐は部屋を移動する際に、サヤカが、『山本さんが呪いを掛けてくるタイミングは今日じゃなく、前日の夜または当日の未明だから、私の事は気にせず仕事をしてて欲しいッス』言うので、その理由を考えたが分からなかった。
「来ません。ガラさん、山本さんの目的の第一はサヤカを痛め付けることじゃないッスからね」
「どういうことだ?」
「追い出したいんスよ。私を東九条家から。それにはどうしたらいいか?アリタンとの勝負に現れないことッスよ。この勝負には由緒ある陰陽賭博会が仕切って、大金が動いているッス。そんな勝負の場に現れなかったとなると、居づらくなって、もう東九条家に出入り出来なくなるだろうと思っているんスよ。だから今日仕掛けてきた場合、せっかく痛め付けても、陰陽賭博会がその威信をかけて治療し、結界を張り、当日必ず勝負の場に現れてしまう。それでは意味がないッスからね」
五十嵐はゾッとする。サヤカの予想が凄いとかでは無い、その程度なら考えつく者もいるだろう。五十嵐がゾッとしたのは、サヤカのその自信だ。もうこれは確定している未来だとでも言うかのように、歴史の教科書に載っているからと言いださんばかりに微塵も疑っていないのだ。そんなサヤカの態度に、五十嵐にある疑問が浮かんできた。
何故サヤカは白百合に勝てると断言出来る?
五十嵐は、サヤカが白百合にボコボコにされた事を知っている。しかしそれは真実なのか?いや、確かな情報なのだが、それでは昨日、今日とボコボコにされたのに、呪詛合戦で勝つという自信はどこから出てくる。負けたのはブラフなんじゃないか?五十嵐の頭に、そんな有り得ない考えが浮かぶ。
そして白百合や山本や俺、そしてこの部屋さえも用意されるべくして用意されたもので、サヤカの中では決まっていたこと、台本通りなのではないか。当日の試合が舞台とするならば、それはサヤカが演出する演劇であるかのような錯覚すら覚える。
「どうしたッスか?五十嵐さん」
サヤカが五十嵐の目を覗き込んでくる。
五十嵐は、この機会に見極めてやろうとするが、逆に全て見透かされ、サヤカの真っ直ぐ自分を見つめる目から「次、お前はこう動くんだ」と台本に書き込まれるような嫌な気がして目を背ける。
「いっいや、何でも無い。大丈夫だ」
サヤカは五十嵐の態度に首を傾げる。
「それならいいんスけど、それで仕掛けてくる呪いなんスけど、もっと時間を正確に言うと朝礼の時間に返したいんスよ」
「朝?何故だ。返すなら夜の方が、長い間苦しめることが出来て、その後すぐにお前を呪うなんて出来やしないからいいんじゃないか?朝なんて朝礼の時間にかち合ったら、近くにいる奴が協力して祓っちまうぞ?あいつ美人だし、協力するやつも多いだろう。まあメッセージを多くの者に伝えるってことを優先すればその方が良いかもしれんが、制裁としては弱くなるぞ」
サヤカは少し俯き考える。そして言う。
「ガラさん。ガラさんは、山本さんが仕掛けてくる呪いは賭けに余計だと思うから手伝ってくれるんスよね?」
「そうだ。ただでさえ白百合からダメージを受けているお前が、山本からも余計なダメージを負うことで賭けがフェアにならないからな」
「だったら今からサヤカが言う事をガラさんが知っても、山本さんの呪いを返すのを手伝ってくれるッスよね。ガラさんもさっき自分で言ったように周りのみんなが払ってくれるっていってたし」
「うん?お前は何を言っているんだ?まあ朝返せば良いんだろ・・・」
五十嵐は部屋の温度が急激に下がっているかのように感じた。
「五十嵐さん。この勝負を賭け対象にしてくれて本当にありがとうッス。サヤカがやりたいことは―」
五十嵐はサヤカの計画を知り、脚の震えが止まらない。
「ちょっと待てサヤカ!そんなことは認められない!」
「ガラさ~~ん言ってましたよね~【3・補助人は当日まで、手を出さないこと。当日一時間前にサヤカには補助人が誰かを伝える。サヤカが作戦を伝えた場合、作戦に口を出さず従うこと】って。陰陽賭博会の胴元が約束を違えるんスか?」
「馬鹿野郎!それは補助人についての取り決めだ!俺は補助人じゃない」
五十嵐は声を荒げる。
「ガラさんこそよく思い出して下さい。これは誰に向けて書かれてるんスかね~?補助人ですか?それとも会員ですか?作りが甘いんじゃないんスか?それにさっき補助人になりたいって言ってたし、丁度いいじゃないスかククククッ」
五十嵐の顔が青くなる。もう目の前にいる者が同じ人間なのか、分からなくなり呟く。
「おっお前は悪魔か、いやっ・・・」
サヤカは五十嵐の言葉に満足し言う。
「陰陽賭博会の仕切る賭博を邪魔する者は口にするのもおぞましい制裁を科す。さあガラさん、朝礼中だから死にやしませんよ。山本に遠慮せず、思いっきり強烈なのを返してあげて下さいよ~~ヒャハハハハハハハハハハハハハハ―」
今度は五十嵐の目を真っ直ぐ見つめながらサヤカは悪魔の様に笑う。