サヤカのクリスマスウォー ⑧
「どうだサヤカ。これが、俺達が考えたハンデだ。これでもお前―」
「クックックックッいいんスか?こんなにサヤカにハンデをくれてククククククククッ」
五十嵐は、人が変わったように笑うサヤカにビクッとする。
「バッバカ!お前は白百合を知らなすぎる。これでも足りないぐらいだ。それに白百合以外の十人がお前を襲ってくるんだぞ。これはお前に勝ち筋を与えた代わりに、一気に追い込まれたとも言える。お前は余裕ぶってないでこの十人をどう対処するのか必死に考えろ」
「それは大丈夫ッス。もうサヤカの中で作戦は出来ています。やっぱり勝つのはサヤカッス」
「全く、お前の自信はどこから出てくるんだ?まあ、それが楽しみなんだがな」
「それよりもガラさん。相談があるッス」
「ガッガラさん!?急になんだ。お前、俺は先輩だぞ。それも結構出来るタイプの!・・・いや、そう呼んでいいやもう。特別だぞ。お前が白百合をアリタンと呼ぶようになった経緯を考えると、断っても近いうちにそう呼ばれるようになる気がするしな。でっ相談って何だ」
五十嵐は大きな溜息と共に、サヤカに続きを促す。
「実は、呪詛合戦前にサヤカはアリタンの部下の山本さんから呪いを掛けられそうなんスよね。だから誰か呪いに強い人に、それを跳ね返す協力をお願いしたいんスよ」
「はあ?何でそんな事になってんだ?」
「それが何か私とアリタンが仲良すぎる、付き合ってるんじゃないかってヤキモチ焼いてるみたいなんスよ」
「ア~~~ッ山本って同性愛者だったな」
「別にサヤカは、山本さんがアリタンの事を好きだろうが応援するッスよ。でもこっちは明後日アリタンに殺されるのをどうやって回避しようと悩んでるのに、何でサヤカとアリタンが付き合ってるって思考になるんスか!頭おかしいッスよね?さっき話し合いしたんスけど取り付く島もないッス。呪われるのは確実ッス。それがいつか言わなかったッスけど、呪詛合戦の当日だとサヤカは思ってるッス」
五十嵐は頭を抱えている。『やっぱりそうなるよね』とサヤカは思った。一般の会社でもそうだが、社内恋愛に口を挟むのはリスクが高く、メリットがない場合が多い。多くの場合、『相手が迷惑してるから止めなさい』と注意されると大人しくなるが、人間関係はギクシャクしてしまう。またそれを面白がる輩もいて、会社に居づらくなって辞めてしまうこともあるのだ。
また少数派だが、激怒する場合もある。この場合は二人共辞めてしまう。激怒する人の思考は『何で私達の恋を邪魔するの!!』と上司が私達の恋路を邪魔していると勘違いし、その障害を乗り越えて恋を成就させようとさらに行動がエスカレートし、相手が逃げるように辞め、本人もまた辞めていく。
また『こっちも迷惑してるんですよ』と逆切れし、イジメをするようになり相手を辞めさせてしまう。そんな人が職場にいると人間関係がギクシャクするからその人にも辞めて貰う。サヤカが三顧堂で買った本には、行き過ぎた社内恋愛は今の仕事と天秤にかけることになる事、そして上司の苦悩が書かれていた。
そして五十嵐はこれをスルーする訳にはいかない。なぜならこれは陰陽賭博会が仕切る賭けだからだ。そんな苦悩している五十嵐にサヤカは助け船を出す。
「ガラさん。大丈夫ッスよ。そんなに悩まなくていいッス」
「馬鹿野郎サヤカ!お前はこじれた社内恋愛の面倒臭さを知らねえんだよ。あ~胃が痛ぇよ。呪いかけられてんじゃねえだろうなあ」
「ハハハッ冗談言う余裕あるじゃないッスか。でもさっきも言ったッスけど、これはガラさんが悩まなくてもいいんスよ」
「ああ?どうしてだ?」
「山本さんに返すだけでいいんスよ」
「ハ~ッぬか喜びさせやがって。返すだけってなんだよ。良いわけないだろうが。これは陰陽賭博会が仕切っているんだぞ。そんないい加減なことをやったら俺が制裁を喰らうだろうが」
「まあまあ聞いて下さい。ガラさんも関わりたくないでしょ」
五十嵐は頷く。
「まず、制裁を喰らってしまうって言ってましたが、それはやり方次第だと思うんスよね。ガラさんは、呪いを掛けてくる確率が高いのなら事前に止めるように対策を講じるべきだという考え方に立ってるッスよね。サヤカは違うッス。陰陽賭博会が仕切る賭けに手を出した山本さんに制裁を加えるべきだという考え方に立ってるッス。そしてこっちの方が正解だとサヤカは思ってるんスよ。なぜなら陰陽賭博会という、先人達が守ってきた看板に泥を塗る行為が許せないというのもあるんスけど、なによりもガラさんの顔に泥を塗る行為でしょこれは。ガラさんは我慢出来るんッスか?ガラさんの胴元としての信用を貶め、ガラさんからしたらまだまだヒヨッコの山本さんに舐められてるんスよ?ここはガツンとやるべきなんス!」
サヤカは五十嵐に声を大きくして訴える。
「恋愛?勝手にすればいい。ただし、陰陽賭博会が仕切っている賭けに横槍を入れるな。恋は盲目とかそんな都合の良い言い訳など許さないっていう強烈なメッセージを胴元として伝えるべきなんじゃないんスか?」
五十嵐はウンウンと頷く。
「確かに、陰陽賭博会の看板に泥を塗られるのは気に喰わんと思ってたが・・・そうかお前から見たら胴元の信用が貶め、そして俺が舐められてると思うんだな・・・分かった。陰陽賭博会の胴元として山本に制裁を加える」
サヤカはニッコリと笑う。
「それに、そういうメッセージを出していた方が、俺の胃の健康上にも良いしな!」
今度は、サヤカと五十嵐がニッコリと笑う。
「それで提案なんスけど、呪いをはね返す時間を呪詛合戦当日にしたいんスよ。そんな事が出来るッスかね?」
「何故そんな事をする必要があるんだ?来たらすぐはね返してやればいいだろう?」
「山本さんは今、東九条家で噂が持ちきりで、大きなお金が動いているこの勝負を平気で潰そうとする、後先考えていないアリタンのストーカーッスよ。もし今、山本さんがかけてきた呪いを返したとしても、当日も邪魔をしてくる可能性は高いッス。いえ、確実ッス。サヤカは呪詛合戦をフェアにやりたいんス。それにその方が五十嵐さんの顔も潰されることがないでしょ?だから呪詛合戦当日に山本さんに呪いを返すようにしたいんス」
サヤカの説明を聞き、確かに山本ならやりかねないなと、チッと舌打ちし、その後サヤカの肩を叩く。
「わかった。そういう事なら俺が当日までお前についててやる。胴元として、責任を持ってお前を明後日、無事に勝負の場に送り届けてやる」
「ありがとうございます」
「お前の、目上の者の面子を守ろうとする気持ち嬉しかったぜ。胴元じゃなかったら、白百合を攻撃する補助人になりたかったぜハハハッ」
サヤカは、頭を膝に付くぐらいまで下げて感謝する。五十嵐はウンウンと頷き、上機嫌で笑う。しかし五十嵐は気付かなかった。サヤカもまたニチャァ~とした笑顔で、笑い声を嚙み殺していたことを。