サヤカのクリスマスウォー ⑦
サヤカが山本と別れ、歩いていると声を掛けられた。
振り向くと笑顔の五十嵐がいた。
「よう!お前はタフだな~。朝は白百合にしごかれて、昼は桃宮の実験に付き合うなんて普通それだけで死ねるぞ」
五十嵐は、すでにサヤカが桃宮の所に行っていたことを掴んでいた。朝、昼と痛め付けられ、サヤカがちゃんと呪詛合戦の舞台に立てるのか不安になっていた。
「サヤカを心配して見にきてくれたんスか?それなら心配しないで欲しいッス。サヤカは今、呪詛合戦で受けるダメージを前借りしてるようなもんスからね。安心してください。この不利をはね返し、勝利するのはサヤカッス」
「何言ってるか分からんが元気で安心したぜ。賭けの舞台には這ってでも出て貰わなきゃならんからな。俺はそんなお前がどうやって勝利するのか白百合と同じくらい楽しみなんだよ。さあついて来い。お前にハンデを説明する」
五十嵐は、ボロボロのサヤカに合わせてゆっくりと歩いて行く。
「サヤカ、お前はどれだけ陰陽賭博会の事を知っているんだ?」
「ほとんど知らないッス。この東九条家で行われている賭けは、全て陰陽賭博会が仕切っていること。それと大きな力を持っているということぐらいッスかね」
「ああ、それで八割方合ってるよ。あとの二割は俺も良く分からねえからいいよ」
「?胴元の五十嵐さんも知らないんッスか?」
「ああ、一応この陰陽賭博会も目的があるんだ。だから力を持ってるんだが、ここ数百年間何の役にも立っていない。ただの賭けを公平にするために仕切ってるオッサンのクラブだよ。まあ俺が言いたいのは、陰陽賭博会は、よくマンガや映画で見るような恐い組織が仕切ってて、大損をさせた奴に復讐するとかそんな類いのもんじゃねえ。公平な賭博をするためにある会だ。だからサヤカ、お前が誰かに脅迫されたり、金を渡されて負けるように言われたりしたらすぐに言え。もし言わなかったなら、お前を同罪とみなし制裁を加える」
「せっ制裁ッスか?不正を取り締まるためとは言え、それはそれで恐い会ッスね」
「そうだ聞くのもおぞましいくらいのな!ククククククッ」
五十嵐の思い出し笑いする横顔を見て、今度はサヤカがゾッとする。
「よっ良く分かったッス。それで普段はどんな賭けをしてるんスか?」
「おまえ、イギリスとかにあるブックメーカーって知ってるか?何でも賭けにするやつさ。次のアメリカ大統領は誰だとか、ネッシーはいるか、地球は丸いか平らかってな。俺達はそれを東九条家のことに限定してやっていると考えてくれて良い。例えば、お前が言ってた順位戦の賭けや、次の部長は誰だとか、今だと・・・誰にも言うなよ、洗濯部の長井の告白が上手くいくかとかなククククッ」
サヤカは、爽やかな恋愛が大人達に汚されているように感じ、五十嵐に侮蔑の目を向ける。
「ちょっおいおいサヤカ、勘違いするなよ!その賭け内容を知ることが出来るのは会員になった者だけだ。それにもし賭けを操作した場合、さっき言った通り口にするのもおぞましい制裁が待っている。俺を含めてな。これはこの賭けクラブが始まって数百年たつが、それが入会の条件だ。俺達はお前達女子のように生暖かく見守っているだけだぜ。むしろ陰陽賭博会がブレーキになって手出しが出来ないから健全と言える」
サヤカは五十嵐の言葉に言い返すことが出来なかった。確かに女子は恋バナが大好きで、他人の恋を生暖かく見守っている。しかし時には、友達の為と言って余計なさぐりを入れたために、同級生の恋が成就せずに壊れるのをサヤカは何度も見てきた。もう一ヶ月、いや半月でも二人に甘酸っぱい期間があれば結果は違ったはずだと何度思ったことか。長井等はさぐりを入れてはいけない人達の代表だ。今回はサヤカが上手いこと発破をかけたから成功するだろうと思うが、下手に探りを入れたら、あの手の人達は反発してチャンスを逃す。結果、柳先輩は鬼畜の綾部の毒牙に掛かっただろうと思うとゾッとする。
そんな事を考えていると、五十嵐が立ち止まる。
「ここだ」
五十嵐に案内された扉の前には、陰陽賭博会と表札があがっていた。
「さあ、入ってくれ」
五十嵐は障子を開ける
部屋は、五十畳はあるだろう大きなものだった。陰陽賭博会が大きな力を持っているというのは本当だった。単なるオッサン達の賭け組織に成り下がっていたとしても、このスペースを持つことを許されていることを考えると、五十嵐も良く分からないと言っていた残り二割の理由が、サヤカは気になってきた。
サヤカがそんな事を思っていると、五十嵐は奥にドンドン歩いて行き、黒板を指さして言う。
「さあ、これが今回の呪詛合戦のハンデだ」
会員に告ぐ。
1・この事を白百合に伝えない。
理由:白百合がこの呪詛合戦が賭けの対象になっていると分かれば、俺達の所に怒鳴り込んでくるのが確実で、賭けが成立しなくなる。それに白百合も、サヤカがどのように不利を覆すか楽しみにしているみたいなので問題はない。
2・戦闘を補助する補助人の数はお互いの陣営共に十名とする。
理由:あまり数が少ないと白百合は強すぎて意味がない。昨年度の順位戦をもとに、サヤカが有利になるように賭けクラブが厳正に審査する。
3・補助人は当日まで、手を出さないこと。当日一時間前にサヤカには補助人が誰かを伝える。サヤカが作戦を伝えた場合、作戦に口を出さず従うこと。
理由:白百合に伝えた場合、その瞬間に賭けが破綻する。サヤカが考えた作戦に手を加えては賭けがフェアにならない。
4.補助人の白百合に対する攻撃は、一瞬でいいので身構える猶予を与えること。
理由:いくら白百合相手といえども、通りすがりに致命の一撃を加えるのはいかがなものか。
どんな方法でもいいので攻撃されていることを認知させるように。
5.当日は別々の場所からスタートする。
理由:単純な呪詛の打ち合いではサヤカに勝ち目はない。
もし、会員及びこの取り決めを知りながら約束を違えた者がいたなら、陰陽賭博会が制裁を執り行う。
胴元 五十嵐 源治
サヤカは黒板に穴が開くような集中力でハンデを読む。