サヤカのクリスマスウォー ④
サヤカは、ワックを出た後、来た時と同様、電車に乗って帰ろうとしたが止めた。このまますぐに帰ってもしょうがないと思ったからだ。サヤカは歩きながら、藤森に言われたことを思い出し、分析する。
「要するに、当日アリタンの正面に出て行った瞬間詰みってことッスよね。アリタンに見つかったら狙い撃ちされて、今の私では対処が出来ず死ぬ。ウ~~ン。二重三重に重ねていく呪いってなにをすれば良いッスか。ヒントの一番厄介な呪いは協力者が実は術者って、そんなの不可能ッスよ。三日しかないんスよ。コソコソ部下の人に会って協力お願いしてたら「何やってるんだお前?」って速攻バレて、三日後を待たず死ぬのが眼に浮かぶッス」
サヤカが迷いに迷いながら帰る途中、ふと横を見ると、大型書店の【三顧堂】があった。
「ちょっと考えがまとまらないし、気分転換に寄って行くッスかね」
サヤカは、首を下に向け、しょぼくれたまま三顧堂に入っていく。
そして一時間後。
氷狼をデリバリーするときにお金が必要になるかも知れないと、財布にいれていた三万円全てを使い切り、両手に大量の本が入った紙袋を持ち、入って行った時とは別人のような満面の笑顔で出てくる。
「勝った!完璧ッス。やっぱりサヤカは天才ッス。アリタン、やっぱり死ぬのはアリタンの方ッス」
サヤカは一度紙袋を地面に置き、電話を掛ける。
「あっお母さん!喪服を東九条家に持って来て。誰が死んだかって?いいからいいから。とにかく持って来てね」
勝利を確信し、母親に笑いながら電話するサヤカの眼には、黒いモヤが揺らめいていた。
修行二日目
サヤカは二日目もボコボコにされた。壁にもたれ掛かりながら座り、呼吸も浅く死にそうになっていた。
「サヤカ、お前に何故呪詛対策をするのか?第二の目的を言っていなかったな。呪いを解析し祓えるということは、初日にお前に放った火鼠の咆哮も、解析さえすればダメージを負わずに祓えるということだ。だが今のお前の状態で火鼠の咆哮を一瞬で解析して弾いたり、無効化するのは無理だ。失敗して消し炭になるだけだ。だから呪いという、まだこちらである程度コントロール可能な術でお前を攻撃しているんだ。それなのにお前ときたら、昨日から全く成長が感じられん。私の見込み違いだったか?あと二日でお前は死ぬんだぞ。だが私は優しいからお前にチャンスをやろう。アーサー探偵事務所を辞めて進学しろ。それならお前を殺さずにいてやる」
ボロボロになったサヤカに白百合は吐き捨てる。
「ごっご指導ありがとうございましたッス・・・」
「フッやる気はあるようだな。今日は終わりだ。明日は休みとする。そして呪詛合戦は明後日十時からだ。サヤカ、死ぬ気で学べよ、そうじゃないとあっさり死んで楽しくないからな!ハハハハハハハハハッ」
アリタンが道場を出ると、サヤカは力なく横になる。
「・・・いっ今に見てろッス。天才菅原サヤカの恐ろしさを叩き込んでやるッスからね。二日後が楽しみなのは・・・ハハッ・・こっちも同じッスよ・・・ハハハハハッ・・・」
そう呪詛を吐きながらサヤカの意識は闇の中に落ちた。
サヤカは東九条家洗濯部に足を運ぶ。洗濯部はその名の通り、東九条家のありとあらゆる物を洗濯する部署である。街中にあるクリーニング店と同様、衣服を洗濯したり、布団を洗濯したりしているが、その他にも陰陽師と妖怪等が争った後のハウスクリーニングをしたり、怪しい又は不審な行動を取る人物の行動を洗ったりする事などもこの部署の役割だ。親しみやすい名前であるが、東九条家で恐れられている部署の一つである。
サヤカは、そこで洗濯物の受付をしている目的の人物を見つける。
「長井さん、お疲れ様ッス」
「お疲れさん。呪術合戦頑張れよ菅原サヤカ」
「さすがッスね。直接の面識はないはずなのに。さすが洗濯部」
「なんだなんだ~からかいに来たのか?洗濯物があるなら女子は向こうだぞ。男子と女子の私物の洗濯受付は完全に別れてるからな。ほら柳がいるだろ。て言うかお前知ってるはずだろ?」
そう言うと向かいの建物を指さす。そこには長井と同じく洗濯物の受付係をしている柳という女の子がおり、指を差されたことに気付いた柳は、長井に手を振る。長井も柳に手を振り返す。
「ふふ~ん。長井さんて、ナギーのことどう思ってるんッスか?随分仲が良いみたいッスけど?」
「菅原、お前は急に何をっ。やっ柳のことはただの同僚・・・」
「サヤカで良いッスよ。それでサヤカとナギーと仲がいいのは知ってるッスよね」
「ああ」
「サヤカは恋愛のことも相談されてるんッスよね~」
「!!」
「それでサヤカは困ってるんすよ~」
「なっ何を困っているんだ!?」
「一般的には、クリスマスと正月は大きなイベントッスけど、東九条家が祝うのは正月だけッスよね。だからナギーもクリスマスは普通そうにしてたんスけど、最近、女子の間でお正月は誰と過ごすっていう話が持ちきりなんスけど、どうやらナギーはちょっと焦ってるみたいなんスよね~。友達思いのサヤカとしては何とかしてあげたいな~と思ってて~」
サヤカは何か言いたそうな目で長井を見る。
「よっ要求はなんだ?」
「ちょっちょっと待って下さいッス!サヤカはそんな要求なんて・・・でも長井さんがそう言うんなら、これをアリタンのスーツのポケットに入れて欲しいッス」
サヤカは技術開発局からアーサー探偵事務所用に用意された三個のゴーストウォッチから取り出した発信器を見せる。
「馬鹿!そんな事出来る分けないだろ!女子部の洗濯物を漁ったのがバレたら、俺が洗濯されちまう。それにそんな事をしたことがバレたら俺だけの問題じゃすまない」
「長井さん、何で三個もあると思ってるんスか?それも一つの手ですが、それが出来ないなら、アリタンの部屋においてあるスーツ、または当日着ているスーツの中に仕込むのもアリッス。洗濯部の一員である長井さんが本気を出せば、そのいづれも可能だと思ってるッスけど?」
「しかし、私的なことでそんなことを、そんな事をしていいはずがない」
長井の心の中では、サヤカの提案を受けるか蹴るか、天使と悪魔が戦っていたが、辛くも天使が勝利を収めたようだった。
「そうッスね。やっぱそうッスよね。すいません変なことを言っちゃって。しょうがないッスね。じゃあメチャクチャ気が進まないッスけど綾部さんに―」
ガシッと力強い大きな手が、振り返り帰ろうとしたサヤカの肩を掴む。
「待ってくれ。あの、あの鬼畜綾部の毒牙にだけは・・・」
長井はサヤカを奥に連れて行き話を聞く。
「長井さん、大丈夫ッスよ。絶対問題にならないッスから。アリタンは圧倒的弱者であるサヤカが、どう勝利を収めるか楽しみにしてるって言ってたッス。発信器を付けるくらい許容の範囲ッスよ。それに比べて相手はか弱い十五歳の中学生を呪い殺すと言ってるッス。そこに正義はあると思うッスか長井さん?」
長井の目に火がともる気配をサヤカは感じる。
「長井さん!サヤカが本当に頼れるのは長井さんしかいないんス。綾部なんかじゃないんス」
サヤカは追い込まれた目で長井を見つめる。
「ごめんなさい長井さん、綾部が女とみれば誰でも手を出す鬼畜と知っていながらこんな脅迫じみた真似をして。でもサヤカは・・・恐いッス。サヤカはまだ死にたくないッス、生きたいッスグスッ。いやっこんな汚い脅迫するようなサヤカは死んでもしょうがないとしてもナギーは、ナギーは、東九条家に来て右も左も分からないサヤカに何でも教えてくれた優しいサヤカの大好きな先輩だから幸せになって欲しいッス。それだけは本当ッス。グスンッ長井さん、ナギーを綾部なんかに取られたら駄目ッスよ。早く告白して幸せになって欲しいッス。ナギーは待ってるッスよ」
サヤカは目に涙を浮かべ長井に微笑む。
「俺に任せとけーーーー!!」
長井はサヤカを抱きしめる。
「柳の友達は俺の友達だ!お前みたいな良い子を呪い殺そうとする外道の白百合や鬼畜の綾部の思い通りにさせてたまるか。サヤカ、発信器を全部渡せ。呪詛合戦の当日、洗濯部員の俺が命を賭けて、あいつに発信器を取り付けてやる」
サヤカはボロボロと涙をこぼす。
「ありがとうッス。ありがとうッス長井さん。サヤカは幸せ者ッス」
長井は発信器を受け取り、サヤカの頭をポンポンしてボロボロと泣くサヤカを慰める。
長井は正義感の強い男である。そしてその自分の信念に真っ直ぐな男だ。しかし今、長井の心の中では、天使が先程倒した悪魔に肩を貸して立ち上がらせて言う『お前の力を貸してくれ』と。悪魔もそれに頷く。ここに正義の為には、悪さえ利用する、清濁併せ飲む真の洗濯部員として生まれ変わった長井がいた。