サヤカのクリスマスウォー ①
沙織がアダムとアポロを引っ張って帰って行った後、サヤカと白百合は東九条家の道場にいた。
「サヤカ、はじめに呪いについて教える。呪いというのはオーラと想いを載せた攻撃だ。様々な呪いがあるのだが、それは全てオーラ攻撃だ。よく蛇を媒介にして呪いをかけるとかあるが、それはオーラを載せる外枠、例えば風船をそれで作っていると考えていい。触媒を使うと風船を容易に作れるのだ。そして術者はその風船に、空気を吹き込む代わりにオーラと相手をどのようにしたいかという想いを込めて相手に飛ばして当てる。だから呪いには本来媒介など要らない。外枠を作る高い技術があればな。まあ外枠に当てるオーラの分も攻撃にあてられるから攻撃力が上がるという利点はあるがな」
サヤカは呪いと言えば、蛇などの生物触媒を使うのが当たり前だと思っていたのに、それを完全に否定されて驚く。
「なんかイメージと違うっすね。魔法陣みたいな所でお供えものをして術を唱えるのが呪いの基本みたいなイメージだったッス」
「まあみんなそうだな。私も最初はそう思っていた。呪術士とは今のお前の頭にあるような、陣の中で座って術式を唱えるというようなものではない。お前、スナイパーは分かるか」
「分かるッスよ。サヤカが好きな戦争映画のジャンルッス。遠くから敵を撃って味方を援護するのがカッコイイんスよね~」
「そうか、なら弱点はわかるよな」
「居場所を知られたら逃げなきゃいけないッス」
「そうだ。逃げなければいけない。呪術師とはまさにスナイパーのようなものなのだ。雑誌とかにあるような何キロも離れた所から呪いを飛ばすなど超一流と言われる者しか出来ないし、その呪いに人を死に至らしめる力を込められる者などさらに一握りのものに限られる。だから通常呪術師は遠くの陣の中でチンタラ術を行使していれば良いというものではないのだ。チームに同行し、本当にスナイパーのように後方から援護するのだ。例えば、私がアダムさん相手に居場所がバレたら、認識阻害の術等を使いながら全力で逃げる。今のお前だとただ逃げるだけだから、簡単にヘッドショットされてやられるだろうな」
「う~ん、それじゃ呪いとアダムの狙撃はどう違うッスか?どっちも同じオーラ攻撃なんスよね?」
「名前や顔、居場所、対象の持ち物などを持っていたら遮蔽物があっても攻撃出来るということだな」
「だったらアダムの攻撃の上位互換じゃないっすか」
「そんな良い物だったら、もっと呪術師がいるさ。いいか呪いと言うのは、簡単にいうとゴムみたいな伸縮性のあるオーラによる超遠距離攻撃で高難度の術だ。よく巷で人を呪うやり方が時々雑誌に面白可笑しく載っているが絶対にやるな。陰陽師達が長年多大な犠牲の上で確立してきた理論でもってしても出来る者は少ないのだ。雑誌に載っている間違ったやり方を試す者がどういう道を辿るかわかるな」
サヤカが通う中学校でも、女子が恐い話をしあう時は結構な確率でお呪いのやり方を失敗して恐い思いをしたというのがあった。サヤカはよくそんなウソがつけるなと思って聞いていたものだが、呪いの専門家でもある白百合が言うなら、あの子達の言ってた事は本当のことだったかも知れないとゾクッとした。
「今気付いたッスけど、お呪いと呪いって、字面が似ているのに全然読み方違うッスね」
「まあ同じようなものだから字面が似ているんだろう。さて話を戻すが、多くの場合、失敗したらゴムが収縮するように、呪いが自分に返ってくる。成功しても、相手が死んだ場合は、行き場所を失ったオーラが自分に返ってくる。これが俗に言う“人を呪わば穴二つ”自も自分の呪いで死に至ってしまうのだ。」
サヤカは呪いの理論に衝撃を受ける。特に人を呪わば穴二つという言葉を聞いたことがあるがまさか自分の呪いが帰って来て死ぬとは驚いた。
「では、どうすれば相手を死に至らしめ、こちらは無傷でいられるようにするか。それは、自分の放った呪いを自分が祓うことのできる力に抑えることだ。簡単だろ?帰って来ても自分が祓う事の出来る位の呪いなら祓えばいい。それだけでこちらは無傷だ。
しかし気を付けなくてはいけない点がある。これもよく言われている事だが、“跳ね返された呪いは倍の威力でもって帰ってくる”という話だが、これも理屈は簡単だろ、最初に言ったように呪いはゴムのようなオーラ攻撃だ。呪いを掛けられた相手は必死で祓うだろう。その時もエネルギーは溜め込まれているのだ。
そして返されると、自分が放ったエネルギー+相手の呪詛祓いのオーラがまとめて帰ってくる。そうなれば、始めにこちらがいくら低めに抑えて呪いを放っても、帰ってくるエネルギーは自分では対処出来ないようなオーラが込められていた場合、祓えずに死ぬ」
サヤカは息を飲む。
「それが最悪のパターンだ。ただ多くの場合は、ここ総本家でも多くの者が持っているが呪いを弾く御守や呪具を持っている。そうして弾かれた呪いは、自分が込めたオーラしか帰ってこないから簡単に祓える。では何故、多くの者が自分のオーラも含めて返さないのかというと祓うには、呪いをかける以上の技術が必要だからだ。これはもう多くの者を私は指導してきたが適性としか言えない。自分がどんな呪いをかけれていて、それにはどういう返しが適当か瞬時に判断できる能力がないと死ぬかも知れないからだ」
「じゃっじゃあ呪いをかける側は大人数で一人に呪いをかけたら良くないッスか?一人一人が少しの呪いをかけて、それをリーダーが束ねて当てることが出来れば、多分相手は死ぬし、呪いが帰って来ても、一人で十分祓えるしリスクが分散出来るじゃないッスか」
「その問いに答える前にサヤカ、お前は何故、この日本に神社が沢山あると思う」
「願い事をするためッスか」
「ふむ。確かに神様は応えてくれることもあるだろう。しかしそんな事で神社があるのではない。邪気を払うためだ。神社に行ってお参りすることで神様の神気に触れ、一般人には見えない邪気が払われ、平穏な生活を与えて下さっているのだ。そこで質問に戻るが、お前の言うとおり大人数で一人に呪いをかけたら、かけられた相手は一溜まりもないだろうな。
ただそれを神様や精霊が許すと思うか?神様や精霊にも世間体というものがあるらしいからな。神様の許可無く、自分が守っている地域で異常な邪気を放ったり、撒き散らしたり、呪いとみなされる術で人が死んだりしたとなると神様や精霊の怒りは凄まじいぞ。逆に破滅に追い込まれるさ」
サヤカは、神社は神様が邪気を祓ってくれる場所という考え自体は、確かに父親から聞いてはいたが、その時は「ふ~んっ」としか思っていなかった。ただ、それはサヤカの父親も悪い。霊感がないから代々伝わっているテンプレを娘に伝えて「―なんかそんな感じらしいで。知らんけど」っていう関西らしい適当な感じだったからだ。
でも白百合から呪いに関して聞いた今、メチャクチャ重要なことだとサヤカは思い直した。もし、神社がなかったら呪いが溢れて、原因不明の心臓発作で死ぬ人が大量にいるということだ。サヤカは実家の主神様である菅原道真様に感謝する。でも、道真様って怨念で京都を恐怖のどん底に陥れたよなと思ったが、いやそういう人ほど、自分の事は棚に上げて『おい、人を呪うってお前何考えとんや。そんな人の道に外れるようなことせんと、今を楽しまんかい!』って言ってビンタくらいするはずだと思い直してやっぱり深く感謝する。
「今までは死の呪いについて話したが、次は相手を状態異常にする呪いについて講義する。新人に教育するときは、この辺で頭がパンクする奴が続出するので、まだ伝えていない事を含め、まとめてホワイトボードに今から書く。まあお前なら口で言っても理解出来そうだが、さっき言った沙織さんのこともあるしな。念のため書く。」
これだけ覚えておけば、サヤカのクリスマスウォーは最後まで大丈夫です。
1.呪いは、風船のようなもので、風船部分をオーラで作り、空気の代わりに憎悪などの想いとともにオーラを加えて飛ばすもの。
2.髪の毛など呪う相手の物があれば、障害物があっても届く。ただし超一流の呪術師以外は射程距離が短いのでスナイパーのように移動しながら呪わなければならない。
3.呪いは失敗したら、相手の祓おうとした力も吸収してるので、倍の力で返ってくる。
4.成功しても返ってくる。人を呪はば穴二つ。