四-8 『ミッション完了』
なにもしてないうちに竜退治のクエストが完了確定してしまった。
いいね、NPC脇役人生。素敵やね。
上空に巨大な黒い竜が飛んでます。
彼は一度死んで死霊術で蘇ってます。
40分後には灰化確定です。クエスト完了確定です。
心がわりと痛い。
だって横に飼い主さんが居て無言で見上げながら涙してる。
そして問題なのは、その娘がらすぼすの姫君である。
清楚系仙女のコスプレに騙された。
MODで入れたはずの魔王子は赤に近い紫髪のナイスバディなバインバインの痴女もとい美女だったので黒髪チャイナ仙女は予想外。
さて。運命がこんがらがってきた。
「よし」
町長を殲滅だ。
そこのラスボスは一旦置いておいてわかりやすいところから取っていこう。
「ぴぎゃああおおおおおおおお!!!」
上空の黒竜が雄叫びをあげて炎を吐いてきた。
これは宜しくない。
『幽幻門』で一旦逃げて仕切り直そう。
らすぼすさんは放っておいても大丈夫だろう。
と横目で見るも動いてない。
「なに止まってるの!?手を貸して!」
仕方ない。もう少しだけ面倒みてやる。あとは知らん。
棒立ちになってる仙女の手を引いて『幽幻門』を発動。
プールに潜るような感じで別次元に潜る。
視界が青暗くなり全てを素通りできる。炎に包まれる竹林をすり抜けて走る。
効果時間が切れて元の次元に戻る。
ふう。
気を付けていても戻る瞬間は身体感覚が判らなくなるな。
振り返ると町長さんが火だるまになってた。
おまけに周囲の雪も蒸発して蒸し焼きだ。えぐい。
「みな、妾を置いて消えていく・・・」
使い物にならんな、この駄魔王子め。
気持ちは判らなくもないけど、魔王子相手に関わりたくない。
ん。町長さんの様子が・・・。
膨らんで無数のドブネズミになって四方へ散った。
わお。
炎で焼かれるネズミ、蒸し焼きになるネズミも居るが素早い動きで残ってる雪へダイブしていく。
ふむ。召喚魔法で片付けよう。
『1000の群衆者エルグ』 マナコスト 460
手早く魔法陣を召喚、発動。黒い煙が湧き上がる。
耳障りな、ぞっとする羽音。
「行け。あのネズミ共を喰らいつくせ」
「「「「応」」」」
無数の羽音が人間の声を作る。次々にネズミを骨にしていく。
分裂したのは失敗だったな、町長さん。
魔法でないとアレには対抗できるまい。
生きながら喰われるのはゾッとしない死に方だが、えーとなんだっけ。あ、あずそー、りーぷ?
(・・・As you sow,so shall you reap. ですか?)
そう、それ。撒いた種をなんとやら。
オーセンエンデさんが居たら受験勉強の時楽だっただろうなあ。
(学問は好きです)
うん。
さて。黒竜ゾンビがキョロキョロしてる。
『幽幻門』でタゲ切りしたのでこちらの場所を分かってない。
40分逃げ回れば死霊術の効果も切れて黒竜は灰だ。
勝ち確だ。
なんかよく分からないけど楽勝で終わった。
(良いのですか?)
らすぼすの仙女さんの方をオーセンエンデさん魂が見てる。
うん・・・。
ここから私がやれる事って何かあるかな?
あるんだよねえ・・・。
幼女様は先を見通せるだけに選択を選べるように知恵をくれたってわけだ。
(あの方は優しい方ですから)
幼女様の御心のままに、ってことで覚悟を決めるか。
その優しさで何度も助かったのは私だ。
そこなラスボスの仙女の為ではなく幼女様の為と気分良く寝る為にやることをやる。
(がんばりましょう)
オーセンエンデは呪文書がある全ての呪文を覚えている。
そしてAIは最適な行動を全力で行動する。
『欲張りの操り糸』で一度に召喚操作できる上限を無制限に増やす。通常の召喚や死霊術は1つの呪文しか発動できないがこの魔法を使うと重ねがけができる。
『死体操作:特級』で筋肉だるまの屍食鬼の死体を蘇らせる。
焼け焦げた死体達がにょきにょき魔法陣から生える。
灰になってしまうが弔いは後でするので許してほしい。
「行け。私と逆の方向から引きつけろ」
屍食鬼ゾンビがぞろぞろと黒竜の方へ向かう。
『長い糸玉』をゾンビに巻きつける。
金色に輝く細い糸だ。決して切れない。
果たして黒竜ゾンビと屍食鬼ゾンビの戦いが始まった。
上空からの火炎は先に使ったばかりなので鷹のように滑空して屍食鬼ゾンビを蹴散らす。糸がヒットした。
ぐんっと引っ張られる。走る。飛ぶ。
オーセンエンデが宙吊りになる。
『長い糸玉』をもうひとつ出す。
竜のしっぽへ巻き付く。
『炎弾』を宙に放って勢いをつける。
くるんとサーカスめいた軌道を描いて空飛ぶ竜のしっぽへ着地。
運命の糸玉の調整力だ。
背中を走る。
黒竜ゾンビの体表に黒いタールがまとわりついていた。
黒い鱗に黒いタールは分かりづらい。
これは呪いだ。こちらの足をつかもうと手が伸びてくる。
『長い糸玉』の金色の糸がそれを阻止する。
「「「「「ひめさま、ひめさま、かわいそうな、かわいそうな、ひめさま、ひめさま、まもる、まもる、まもる」」」」」
黒竜ゾンビの声。
忠臣だな、と思う。
「オーセンエンデさん、この呪いは何かな? 町長のとは別だよね、これ」
(はい。死霊術のとは違った強力な呪いです。真名魔法かもしれません。少なくともこの大きさの竜に絡み付ける呪いは通常の魔法ではありません)
町を滅ぼした竜だ。どこぞで恨みを買ったか。
おぞましい呪いだ。
糸をたぐりながら背骨を走る。
剥がれ落ちた黒いタールの呪いが飛んでくるのを避ける。
「む?」
首の付根あたりで黒い人影がにょきっと生えてきた。
呪いの守護者か?
「オーセンエンデさん、『長い糸玉』を制御おねがい」
(はい!)
胸の中のオーセンエンデさん本体魂に魔法の制御を頼む。
この糸は切れることはないが手放す事はあるのだ。
細い運命の糸を今手放せば、落下で死亡だ。
「来い、『降魔斧』」
巨大な黒い斧を呼ぶ。こいつは不死者など異界の者によく効く。呪いにも効くだろう。
前方の人影が腕をぶくぶくと泡立たせて、巨大な腕を作って叩きおろしてきた。
ずどん
道を塞ぐように潰す。竜の脇を走って避ける。
サポートナイス!
(は、はい!)
オーセンエンデさん本体魂が『長い糸玉』の他に『重力球』を作って黒竜に打ち込んでくれた。
走るモーメントと重力球で落下せずにやりすごす。
斧を巨大な呪いの腕に叩き込む。
真っ二つ。
「「「ぐあああああああああ」」」
呪いが悲鳴をあげた。
片腕をもがれた呪いが次の動作を始める。
ぶくぶくと腹を膨らませて首を縮める。
だが、もう間合いだ。
10mほどを一気に跳躍。
戦技『弾斧斬』
弾丸のような軌道で跳躍し、斧を呪いに叩き込む。
戦技『三日月斬』
着地と同時に追撃。
『長い糸玉』
呪いを金糸の糸玉で絡める。
戦技『満月斬』
そこに重撃打。
流れるような動作で仕留める。
呪いが剥がれ落ちて宙に分解していく。
黒竜が長い首を振り向かせた。
濁った目だ。
『長い糸玉』の金の輝きをじっと見ている。
「差し出せ、汝の主の為に」
黒竜ゾンビが額の宝石をまっすぐ差し出す。
『長い糸玉』を投げる。
あやまたず宝石に吸い込まれた。
黄金の輝きが竜を包む。
◇
◇
ふー。無茶した。
(がんばりましたね!)
がんばりました。あとで慰めて。
(・・・はい)
オーセンエンデさん魂と一人会話をおっさん魂が行う。
空飛ぶ黒竜ゾンビはあれから正気に戻って軟着陸。
そして消滅前に飼い主たる魔王子と最後のお別れ会話をしてる。
盗み聞きはせずに離れたところで休む。
いい風だ。
「ずっと海の下に封印されていた主を何百年も守っていたんだよねえ」
(そうですね)
ゲームの中の設定でも実際に接した今では重さが違う。
「それにしても。幼女様の眷属らしくなってしまったねえ、私達」
(良いことです。ええ、とても良いことです)
単なるエフェクト差し替えMODだと思ってた『長い糸玉』を感じるままに使っていった。
運命と死を司る静寂の女神の力の発現だ。
まっとうな運命でない相手、世の理から外れた相手を世の理の中へと引き込んでいく。
そう、呪いや死霊達などの天敵だ。
「静寂の使徒」
仙女が声を掛けてきた。
その後ろでは黒い竜が風に吹かれて分解していっている。
夕焼け。風にたなびく白い服。
美しい人だな、と思った。
私が男だったら惚れていただろう。
「礼を言う。妾はどうそなたに報えば良い?」
「あなたのためではなく謎の幼女様、いや静寂の女神様の御心に従ったまでです」
「行動したのはそなただ」
「んー。各地に飛ばしてる黒竜を引っ込めて平和をもたらすのは?」
「無理だ」
「そうですか、残念」
「・・・本当に無理になったのだ。何者かが私の竜を奪い取っている」
「え”」
「この世界の理は大きく狂ってる。妾では修正しきれぬ程に」
バグりましたか。
「勇者がこの地に来ると聞いた。一つ確かめたいことがあってこの地に来たのだ。戦が目的ではないぞ」
「そうですか、真イスファンさん、今来れる?」
ぱんぱん、と手を叩く。
む。来ない。真っ二つにしたのはやりすぎたか。
(木陰に隠れてますよ?)
いた。
青白い霊魂の姿が見える。
「木の陰に隠れてないで出ておいで、イスファン」
「「「・・・はい」」」
「彼が勇者です。ちょっとした手違いで死んでる」
「・・・そうか。だがミーティアの使徒として姿かたちがあるのは良かった」
「「「姉さん、ごめんなさい・・・」」」
「え”」
どゆこと?
「信じられぬかもしれぬが、前世での姉弟だ。勇者として転生してると報告を受けた時には悪い冗談だと思ったが。志郎」
おおう・・・。
じっと二人の顔を眺める。冷や汗。
「志郎、くん・・・?」
「「「イスファンで良いですよ、オーセンエンデさん」」」
「はい・・・」
「「「それにしても姉さんは前世とほとんど変わらないね」」」
「そうか? 前世の記憶はほぼ忘れてしまったよ。悪い冗談みたいな世界だ。かろうじてお前と、あの方を覚えてるぐらいだよ」
「あの方?」
「・・・婚約者だよ。可愛げのない妾にも良いと言ってくれる人が居たのだ」
「「「今世ではあの方と上手く行くと良いですね、姉さん」」」
「そうだな。再会できると良いのだが」
・・・。
(あの? どうしました?)
いえ。なんでもないです。
よし、前向きに行こう。
大事なのは今。前世とかいう遠い過去でなく未来!
「あの、お願いがあります。良いですか?」
「妾に出来ることならばなんでも」
そして願いは叶えられた。




