四-6『がおー』
朝。
きれいな幼女から馬乗りにされて枕でぽかぽかされるのは悪くない。目が覚めた。
目が覚めると幼女様は「がおー」とだけ言って去った。
何気にこの間あげたティラノのヌイグルミを持ってたのはポイント高い。気に入ってくれたようだ。
白踊り子服を着る。
男装は止めた。サラシで抑え込むのは息苦しい。
こぼれる胸を白いビキニで包む。
肌面積の多い踊り子服だけど重甲冑並の防御力と、毛皮のコート顔負けの防寒着でもある。
「よし、落ち着く」
踊り子服は神官衣装の1つだ。
オーセンエンデは運命と死を司る静寂の女神に仕えている。
(勇者服は止めるのですね)
「うん。これからするのは勇者の仕事じゃないからね」
静寂の女神の使徒、サイレンスとしての任務。
元々のオーセンエンデ姫の体に宿ってる記憶がすべきと急かす。
「それに、まあ。町長さんには私も思うところがあるし」
人が良さそうな態度で温泉宿をあてがって酒に一服を盛ろうとした事。駄目だよね。
「朝飯だ。・・・あの方から事情は聞いたぞ、大丈夫かイスファン」
「そう。色々聞きたい事があるわ。入って」
大男が朝飯を持ってきた。
味噌汁の匂いがする。うん、いいね。
「!? イスファン、お前おんなだったのか・・・」
イスファンの旧友だという大男の霊が呆然とつぶやく。
興味がないので名前は聞いてない。
※お貴族ムーブである。
ところで昨日は温泉浴衣でずっと女だったのですけど、今気付くかな!
ちょっとおっさん魂が出ちゃってるか不安になる事態。
この大男、もう少し他人に興味を持って貰いたい。
「わたし、そのイスファンに似てるとこあります!?」
「目が2つある」
「それはそうでしょうけど!」
「まあ良い、お前が女だとしてもだ、イスファン。町長は手強いぞ。俺たちの居た町は町長に滅ぼされた。皆喰われるか、俺のように幽鬼にされて奴隷になるかだった。この風の峠は色んな町から連れられてきた幽鬼が集まってる」
「ふむ。街道を塞いでるという魔物は町長と無関係?」
幼女さまの話だと竜だろうけど。
「ああ。先週から突然来て困っているのは本当だ。途方もなくでかい竜だ。道を通ろうものなら誰彼かまわず食いついてくる。肉体のない俺のような幽鬼しか外に出れない。町長は外に出て食事が取れないので困ってる。このところ町長達は竜を遠巻きから弱らせてる。かなり成功してるそうだ」
「なるほど。勇者を呼んだのは竜退治と眷属にする為で間違いない?」
「そうだ。・・・許してくれ、イスファン。俺とお前が友人だったのを知った奴はいつかの機会にここに引き込もうと前々から決めていたのだ」
「許す。幼女様があなたのアイス大福を特に気に入ったから、私が許さないわけにはいかない」
「ありがたい」
「では町長の戦力を教えて」
町を1つ滅ぼしたのなら、ちょっとした竜ぐらいの強さか。
正攻法で殴るのは避けたい。いや行けるかな?
「10人の屍食鬼の騎士が居る。奴らは聖堂騎士団並に強く、さらに魔法を使う。町長が呼べば1分もせずに現れるだろう」
「真名魔法は?」
「?」
「分からないなら良い」
一般的ではないのだっけ。真名魔法。
取り巻きはおそらく使わないだろう。
真名魔法は本来はプレイヤーしか使えない魔法だ。ただボスキャラは使う事があるようだから町長だけは使うものと仮定しておこう。
「あと、そうだ。お前を呼ぶ数日前に女がここに迷い込んで来た。俺は町長の命令に従って酒を飲ませた。腕前は分からないが、おそらく高レベルの魔法剣士だろう。この近隣はモンスターや山賊が多くて生半可な腕前では来ることができない」
町長戦力+1だ。
「へ、へえ・・・。ちなみに羊の角とか生えた明るい紫色の巨乳の美人?」
MODで入れた魔王子の特徴を伝える。
本来の魔王子姫を超美形化して爆乳で露出高い美女に置き換えする定番のMODだ。
この地に魔王子が来てるというならその美女で間違いがない。
「いや。美人なのは確かだが胸はお前ほど大きくはなかったぞ」
「・・・」
「黒髪で凝った髪型をしてた」
「ふーん。ミーティア教団の人?」
「美人ではあったが、違うと思う」
「ほむ」
「あと、そうだ。その女もイスファンに似ていた!」
「・・・ひょっとして目が2つあった?」
「そうだ、そのとおりだ」
「ありがと」
MODのNPCフォロワーがさまよって来たか、プレイヤーのどちらかな。魔王子でないならまだマシか。
「どうする? 町長は昼にはここに来るだろう。お前がだまし討ちをするつもりなら話を合わせるぞ?」
「そうだねえ。人数に劣るから準備はしとくべきだね」
腕組みをして考える。
大男がさっと顔を背けた。
あ、腕に爆乳が載ってるわ。腕組みを止める。
そういえば『長い糸玉』の使い方があると幼女様は言ってたっけ。
んー。
あ! なにかできそうな気がする。
普通の魔法と違って融通が効く感覚だ。
例えると銃に弾を込めて引き金を引くのが普通の魔法なら
『長い糸玉』は剣を持って振るみたいな。
一旦気がつくと不思議な感覚が体に満ちていった。
ふふふ・・・。セブンセンシズの目覚めかな。
(なんです、それ?)
よし、試そう。
「竹やぶ近くにある?」
大まかな作戦を思いつき、大男に尋ねた。
◇
◇
狭間にある風の峠町にも昼が訪れる。
太陽は白い霧に阻まれても光を通して町が明るくなった。
町長が護衛を3人連れて宿へ尋ねてきた。
白踊り子が1人、黒い巨大な斧を手に待ち構える。
『降魔斧』は魔法で呼び出す不死系に特に強力な両手武器だ。
見た目と違って持つ者に重さはないが、不死系にとっては凄まじい重さを感じる冥府の斧だ。
町長はピクリと片眉をあげて立ち止まる。
「ふむ。お前は静寂の使徒。昨日の勇者はどうした?」
「もう居ない」
「そうか。それにヒョージューも俺の枷から逃れたか。どうやら高位の使徒のようだな。我が術式を解いてくれるとは」
「そうだね」
大男の名前はヒョージューらしい。
「静寂の使徒。俺の仲間にならぬか?永遠の若さに加えて人の身では望めぬ力を持てるぞ」
「間に合ってる」
「この力が手にはいるのだぞ!」
わお。
どろん、と煙をあげて町長さんが二周りほど大きな筋肉だるまになった。紫色の肌で口吻が長い犬みたいな顔。
「いやー、ないですね、その姿」
「この美しさが判らぬのか! 来い、皆のもの!静寂の使徒だ!」
「一騎打ちの美学はないの?恥ずかしくないの?人間の小娘1人に大勢をけしかけるなんて?」
「対等を望めるのは我が同族のみよ。今からなりたいのなら待ってやろう」
「私は獣趣向じゃないので、おっと『三日月斧』!」
護衛Aを斧で真っ二つにした。
地面から斧をカチあげて三日月を描くように叩き切る基本戦技だ。オーセンエンデ姫が覚えている数少ない戦技である。
(※休暇中に斧系戦技を4つ習得してる)
「おまえ、本当に人間か!?」
小柄な娘が巨大な黒い斧を鋭く振るう異様な光景だ。
一撃で同僚が葬られたのを見て残りの護衛が距離を取る。
遠くから応援が走ってくるのが見える。
よし。撤退。
オーセンエンデ姫は最適な行動を即決即行動するAIを持ってる。
ここでもう少し戦って減らしておこうなど微塵も考えず、事前の作戦通りに行動を開始した。欲張らずに行動できるのは生死を掛けた状況では強みなのだ。
◇
◇
「町長、使徒は竹やぶに逃げ込みました」
「飛び道具と長物を警戒したか。すこしは頭が回ると見える。・・・囲め。幽鬼も使って押し潰せ」
「は! 殺すので?」
「使徒は我らが仇敵。奴めの柔らかい肉をステーキにしてくれよう」
「ではそのように」
「・・・」
「お前はここに居て俺を守っておれ」
筋肉だるまの町長の傍らにすらりとした美しい娘が一人。
黒い髪。輪っかにした三編みを両サイドに上品な桜色の飾り布。
白と桜を基調にした唐服を着ている仙女めいた娘だ。
長剣を一振り握ってすっと背筋を伸ばして立っている。
屍食鬼達のよどんだ空気の中、娘の周囲だけ空気が清められているようだ。
屍食鬼の町長は落ち着かず、娘から距離を取った。
酒を飲ませて眷属にしているはずだが、どうにも落ち着かない。
おそろしいのだ、この小娘が。宝石のような赤い瞳が。
「うあああああああああああ!!」「ぎゃー!!」「うがー」
竹やぶから悲鳴が聞こえる。
はっと竹やぶを見るとそこかしこで宙釣りにされた配下達がいるのだった。
足首に糸が巻かれていて配下はそれを切ろうとするが糸を切れず、返って腕に糸が絡み、さらに全身へと糸が絡みついていく。
ぽとり。
糸が配下の首に絡んで、スルッと首を落とした。
呆然とその様子を町長は見る。
「妾は行かなくて良いのか?」
「ヒ・・・」
「なぜ怯える? その巨躯で子ネズミのようだぞ」
「お、お、お、おま、」
「ふう。もう良い。黙っておれ」
興味を失って仙女が化け物町長から目を離す。
「勇者はここには居ないか」
仙女がぽつりと呟いた。




