『誰が勇者を殺したか?』
「ぎ・・・ぎ・・・ぎ・・・」
「・・・」
巨大な鉄の棒で釘刺しにされた竜が泥の中で呻く。
竜が呻くたびに泥が大きな波を立て、沼の周りの木々を飲み込んだ。
背の高い木が竜の泥に横たわる顔と同じぐらいだ。
竜は巨大だった。
竜と同じぐらいの大きな男が鉄の棒の上に器用に爪先立ちになり座っている。
巨人は顔を黒い包帯でぐるぐると巻いて口元だけしか見えない。
その口が開き詩歌を歌う。
『大地があなたを迎えに来る
たとえあなたが羽ばたこうとも
あなたは産まれるまえに わたしとやくそくをした
大地があなたを迎えにくる
たとえあなたが水底に沈もうとも
あなたは産まれるまえに わたしとやくそくをした』
『真名魔法』の発動。
黒い沼が竜の骨を砕いて飲み込んでいく。
鉄の棒を揺すり、顔のない巨人はニィ・・・っと笑った。
,
.
,
巨人の左手には指輪。
◇
時は黄金の月の3。
神聖イスタ国の辺境のど田舎、フルダ近郊で1つの惨劇が起きていた。
「あああああー!!!!」
ティラノがやらかした。
否!
ペットの不始末は飼い主の責!
そう、これはもう全てを無かった事にするしかない!!!
この私、白踊り子の美少女ことオーセンエンデは田舎でスローライフを満喫してた。
なにげなく始めた人形用品のガラス玉が工芸品として評価されたり、ポーション作りや日用品のエンチャ等も安定した需要で生活基盤に目処が出てたところだ。
この生活を壊してはいけない・・・!
そう悪いのはこやつら・・・!
うちのティラノを襲ってた奴らだ!
そうですよね、オーセンエンデさん(本体)!
(え? ええ、うちの子をいきなり襲ってたのは良くない、・・・と思います)
心の中のオーセンエンデさんが記憶の光景の方を横目で見ながら応じる。
うん。先程の光景だ。
”ああ、そこの君! あぶない、この魔物はあの高名な騎士、リチャード卿を葬った魔物だ!”
警告の声。
『遥道』で行方不明だった故リチャードさん(プレイヤー)を探しに来たらしい方々がいきなりティラノを襲ってた。
便利だな、『遥道』。
この魔法はクエストを進める時に次の分岐点まで煙で案内してくれる。
今回もおせっかいな『遥道』さんが失踪したリチャードさんの手掛かりを与えてくれたらしいね。
(※リチャードさん:2章冒頭で失踪したプレイヤーさん)
そんで5人ぐらいいたようだ。
すでに何人か死んでた。元は10人ぐらいで来てたのかな?
さすがLv60フィールドボスだよ、ティラノ。
でも完全武装の相手で色々魔法使ったり、光る魔法の剣持ってるのがガチ討伐してるんだ。
これは飼い主の白踊り子はお怒りだよ。
うち1人は変なお面被ってフード付きのローブ着てるし絶対悪人だよ、密猟者だよ!
「うちのティラノに何してるのよ、あなた達!」
「え!? え!?」「あかん、勇者さま、こやつ魔女や!」「「「ぐわー!!!」」」
ぼ! ぼ! ぼ!
どかーん どかーん どかーん
がぶ がぶ がぶ
オーセンエンデは全ての呪文書がある魔法を覚えている。
そしてその中から最適を選び全力で行動をするAIを持っている。
うん。最適な行動と魔法。
ティラノと向き合ってる見知らぬ男達の背中に思いっきり魔法をぶつけたね。
『爆炎惨禍』 マナコスト 120/秒
この魔法は範囲爆発するファイアボールを起動中連射する魔法だ。ひとかたまりの集団相手には大変よく効く。
後ろから爆風をともなう火球を連打してティラノの方へ後衛もろとも吹き飛ばしたね。
それをティラノが空中で手際よく噛み付いてった。
そう、犬がボールを上手にキャッチしていくみたいにね。
「「「うわあああああああああ!!!」」」
見知らぬ男たちは全員死んだ。
「ふん、くずめ」
「ぎゃおおおお」
「ティラノは無事だね。上手だったよ」
「ぎゃおおおー」
ティラノがパタパタと尻尾をふって喜んでる。
この恐竜は犬と猫とキジバトの性質を併せ持ってるのだ。
慣れると結構かわいい。
(・・・あの、先程の方、ゆうしゃって呼ばれてませんでしたか?)
心の中のオーセンエンデさんが不安気な声色で語りかけてきた。
・・・。
ゆう・・・、しゃ?
この変なお面被ってたようなのが、ゆう・・・しゃ?
(・・・)
「ティラノ、ぜんぶ食べて」
「ぎゃおおおー!」
ばりぼりばりぼり
ぴょんぴょんティラノは跳ねてから全部食べたよ。
(あ”・・・あ”・・・)
「よいしょっと。ぽい」
(!?)
食べきれなかった鎧とかは湖に沈めたよ。
『幽幻門』をちょっと挟んで鎧を捨てたから『遥道』でクエスト追われる対策もばっちりだね!
ふふふ。ここに名探偵が来ない限りバレることはあるまいて。
(・・・あの? ミーティアの方々に染まってませんか?)
そっかー。
そうなんだ。ミーティア教団って悪いよねえ。
悪の宗教だよねえ。
心の中のオーセンエンデさんが頭を抱えて座ってた。
うん。ちょっと私も今、これはないなあって思いました。
・・・とりあえずメルゼの姫王閣下イスタちゃんと会う用事が終わったら改めて考えようか。
(はい・・・)
◇
メルゼの王宮にて。
到着するなりイスタ姫王殿下の元へと案内された。
豪華な部屋に入ってテーブルを挟んでご対面だ。
青髪ショートカットのイスタちゃんは相変わらずの美少女っぷりだ。
庶民生活が長かった事もあって城下では親しみやすいと評判の姫王閣下である。
「オーセンエンデさん、わざわざ御足労ありがとう!
で、ちょっと今困った感じになってるんだ」
「え? 国政の事は関わりたくないのですけど?」
「うん、私の方も政はさっぱりだから大丈夫だよ! とりあえず聞いてね」
「ごういんなミーティアむーぶが始まった・・・!」
おつきの不死騎士ロースレイがイスタ姫の後ろに立ってる。
さらに後ろではメイドさんが壁に直立勢揃いだ。
なかなか壮観だ。
えらくなったねえ。しみじみ。
「オーセンエンデさんはシュークリーム好きだったよね?とりよせたよ」
「ありがとうございます」
「さて、今のうちのイスタ国の状況からいきまーす」
国王と有力貴族が魔物だった事件でお国が崩壊。
その後にミーティア教団の肝いりで立ち上がった神聖イスタ国が直面した事は旧国王一派が反旗をひるがえして独立宣言した事だった。
「たいへんですねえ」
「はい、たいへんなんです」
周辺の国々は旧国王一派とのこれまでの関係を慮り神聖イスタ国と積極的な国交を結んでいない。
旧国王派が実権を取り戻すための工作を頑張ってるのだ。
ただし平時と違って魔王子の襲撃中で各国は自国で手一杯。
6体の黒いドラゴン達が大暴れするわ、他の魔物たちも大ハッスルしてる。
それで旧国王派は旧首都である城塞都市クテホのみの勢力でしかなく、他の地域は魔物退治のスペシャリストであるミーティア教団肝いりの神聖イスタへなびいてる。
「魔王子さんも頑張ってるね!」
「頑張られてて困ってるのですけど?」
その状況の中、魔王子の配下の巨大黒ドラゴンに襲われてるトラン王国が神聖イスタ国へ救援を頼んだ。
魔王子討伐の名目で立ち上がった神聖イスタ国は周辺国の心象を良くしたいので当然引き受ける。
「引き受けたのですか」
「はい。で、ここからが本題になります」
トラン王国から勇者一行が来て共に竜退治の作戦を・・・
「ゆうしゃ」
「はい。とうの昔にメルゼに到着する日程のはずが未だ不明なのです。『真名魔法』も使える実力者と聞いてるのですが。
それでですね。私の枕元にミーティア神が訪れてお告げをくれたのです。『オーセンエンデ姫に竜の討伐協力を頼みなさい。もし断るようなら「ゆうしゃのゆくえ」を聞きなさい』って」
「・・・」
「やー。どう思います? この神託?」
「さあ? ちょっと心当たりがないですねー」
「そーですか。あ。勇者さんは『仮面のイスファン』って呼ばれてる方でね。仮面を被った小柄な少年らしいですよ」
「こころあたりがないですねー」
「そーですかー。あ、シュークリームのお代わりはいかが? おい、入れ!」
「ハッ!」
「え?」
扉が開いた。
シュークリームを持ってきたメイドの肩にいる人物は・・・。
「う、うわああああああ!」
「はは。オーセンエンデさん、死と運命を司る静寂の女神の使徒とあろう方がなにを取り乱してるのです?」
「ひ・・・ひ・・・」
<あいつだ! あいつがやったんです!>
仮面のイスファンさんの霊がメイドさんに連れられてきたのだった。
「さて。お願いを聞いてくれますよね?
オーセンエンデさん?」
さよなら私の平和なスローライフ。
お化けがいる世界で完全犯罪とか無理だったよ・・・。
そしてミーティア教団の無理難題がLv1の姫君へと降りかかるのだった。
やめてね。
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更新日程は不定期なのでブクマがあるとありがたいです。
あと冒頭の空白の、 とか . は空気中に舞う埃の演出です。




