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転生した悪役令嬢はシナリオ通りに王子に婚約破棄される事を望む

 あいしてるって言葉は麻薬みたいね


 習慣と化したその言葉に耽溺(たんでき)するのは此方だけ


 だって、私のこと本当は


 あなた、愛していないでしょう?




 **********************************


 学園にある中庭の大きな木の下で


 少女がふわり、と笑っている


 ふわふわの栗色の長い髪を靡かせて


 手作りのお弁当を広げながら


 お口に合えばいいのですが、と


 穏やかにたおやかに笑っている


 ()()()()()()()で。


「メリッサ様」


 声をかけられて振り向いた。

 心配そうにこちらを見つめる、私のお友達に背筋を伸ばして、凜とその場に立ったまま私は口元を緩めた。


「どうしましたの?」


「あの女の横暴をっ。……いつまで許しておいでなのですか?」


「……何のことかしら?」


 何でも無いように装って。私は今日も演じきる。だって、どうしようもないじゃない? これはいつものことなのよ。そう言ったなら、ねぇ。彼女は目を瞬いて


「そうですか……」


 と、声を溢した。

 瞬間宿る、深い憤りにも似たその強い感情は栗色の髪したあの子に向かっている。あらあら、私ったらどうしても、当事者なのに人事みたいに感じてしまうわ。それが良い感情であれ、悪い感情であれ。あの方も、私のお友達も。誰も彼もがあの子に釘付け。


 そっと、口元に手を当てて。


 この、可笑しな状況を嘲笑う。


 明日にはそう、私は婚約破棄を突きつけられて国外追放されることが既に決定しているの。


 あの子があの方を選んだ瞬間に、確定してしまったこと。

 今更、足掻いて藻掻いたところで何一つ、“運命”なんて変わらない。

 だって、私が虐めようが、虐めまいが関係なく、物語はシナリオ通りにきちんと進んでいるんですもの。


 努力ならしてきたわ。王妃になるための教育も。

 あの子を王子からそっと離そうとしてみても。


 だけど、そう。その全てが無駄だった。


 だから、方向性を変えてみたの。でもね、それでも。


 どんなに私が声をあげて、我が身かわいさにあの子を庇うふりしてみても。“お優しい私のため”という大義名分の名の下に周囲が勝手に動くんですもの。


 どんなに私が声をあげて、それを窘めてみても。“お優しい私のため”という大義名分の名の下に周囲の怒りが激化する。


【ここまでくるといっそ清々しいほどね】


 そんな私の周囲と比例するように、王子のあの子に対する好感度はぐんぐん上がった。

 確認する術はイベントの有無。今は、そう。まさしくこの状況こそ。ハッピーエンドを迎える為の最後のスチル(予定調和)をこなし終えたところよ。


 幼なじみであろうとも先に出会ったというそのアドバンテージは生かされない。

 ……あの方は何でも出来てしまうが故に、いつも退屈そうにしてらした。

 “わたし”は何でも出来てきらきらと光を纏う王子の姿に恋に恋して憧れて。無理を言って婚約者にして貰ったの。大人達の政略的なものも絡まってそれは、誰も彼もに都合が良かったわ。


 ただ、一つ、あの方の意思を抜きにして。


 どんどん、どんどん話が進んで。トントン拍子に決まってしまったが故のもの。

 そんなに仲が深まるということもなく。“わたし”のいっそ鬱陶しいとすら思えるくらいの“愛”にあの方は辟易してらした。


 それでも、いつも義務で言って下さったわ。


【愛してる】って。


 愛することを、努力なさってくれたのね。


 馬鹿な“わたし”はそれに気付くまで、長い時間がかかったわ。


 前世を思い出した(魔法が解けた)のは12歳の誕生日。もうその頃には戻りようもなくあの方との婚約は絶対的な物となっていた。


 “わたし”は、怯えた。

(いつか、追放されるかもしれない自分の運命に)


 “わたし”は、震えた。

(憧れていたそのアイスブルーの瞳が余所へ向くことを)


 だから……


 “私”は、殺した。

(5歳で初めて出会った時に芽吹いた“悪役令嬢”の感情を)


 恋に恋して憧れただけなのよ。


 ただ、それだけのこと。それ以上でもそれ以下にもなり得ないわ。だから、それでいい。私の前世はどちらかと言うのなら王子では無く近衛騎士の方が好みだったの。

 

 だから、ごめんなさい。悪役令嬢メリッサ・ローランド。“わたし”の感情は本物だとしても、“私”の感情は偽物よ。叶わない恋は追いかけない。安定志向が素敵だと思うわ。

 

 そうね、だから。婚約破棄を望んで追放されることを願って。……偽物か本物か今もよく分からない。この狂おしい程の感情に勝手に蓋をすることをどうか、許して。



 **********************************


 刻一刻と、迫り来る時間。


 1ヶ月前に18を迎えた私の断罪の時がもう近づいている。


 穏やかに口元を意識してふわり、と笑ってみせたけど鏡に映る私の顔のなんと凶悪なことでしょう? 生まれ持った悪役顔はこういう時にも隠せないのね。


【一度でいいから、あの子みたいに。“わたし”綺麗に笑ってみたかったわ】


【もしも、それが出来たなら、あの方も、一度は振り向いてくれたのかしら?】


 そっと、出てきた感情にふわり、と笑った。


 ……聞き分けのない子どもを、あやすみたいに笑った。


 馬鹿ね、そんなこと考えたって、振り向いてなんてくれないわ。

 

 だって、私“悪役令嬢”なんですもの。この世界での役割はもう既に決まっている。定められた役割をただ粛々とこなすだけ。


【追放されたら、どうなるのかしら?】


 そこまで、ゲームは、描いてくれなかったわ。


【追放されたら、そこで終わるのかしら】


 この役割から解放されて、きっとそこから始まるわ。


【“わたし”の人生、どうなるのかしら?】


 あとは、そうね。私とあなた次第よ……。


 定刻を過ぎてもあの方は迎えに来ない。私は一人で学園の卒業パーティーの会場の扉を開ける。


 誰も助けてはくれない壇上にたった一人で上がるのもなんだか、感慨深いものね。

 ピエロになった気分で、滑稽にほら。私、一人で踊ってみせるわ。


 なんせ私は悪役令嬢。


 “ローズ”()の蜜を王子に運ぶ“メリッサ”()だもの。


「メリッサ様よ」


「お一人なのかしら?」


「王子はどうされたんだ?」


 驚いたような周りの表情にたおやかに笑顔を作る。きっと、精一杯のこの顔も凶悪な笑顔にしかなっていないのでしょうね。注目をただひたすらに浴びながらそっと壁の花になる。そのときまでは、何人たりとも誰も“わたし”に声をかけることは許さない。


 ……最後の最後まで、虚勢をはるのね。本当にお馬鹿さんだわ。


「メリッサ!」


 久しぶりにその名を呼ばれたわ。

 そろそろ、断罪の時が始まるのかしら。

 

 金色の髪がきらきら輝いて青色のあなたの瞳が真っ直ぐに“わたし”に向いている。ただそれだけのことに思わず歓喜しそうになる心の内を嘲笑う。


「お久しぶりです、アーク様」


 両手でドレスの裾をつまみカーテシーを作り上げ最上級のご挨拶。嗚呼、この筋肉がぷるぷると震える見た目の優雅さを遙かに超える辛い挨拶も今日で最後なのね。

 

 王子が遠慮無く大声で私の名前を呼んだ。そのことで周囲から注目されてしまっている。

 

 別にいいのよ、そのことは。だって今日というこの日は“特別”なものなんですもの。


 ねぇ、だから……


 いっそ、ひと思いにほらどうか。


 ゲーム通りに粛々と……


『今日この日をもって私、アーク・クレスウェルとメリッサ・ローランドの婚約を解消させてもらいたいっ!』


 ――殺して。

(息も出来なくなる程正確無慈悲に)


『君は、ローズを虐めていたなっ!』


 ――殺して。

(この想いをどうか消し去ってくれたなら)


『よって、国外追放とする!』


 ――殺して。

(ようやく先に進める気がするの)



「何故ここに一人でいるんだ……っ!」


「……は、?」


 長い、長い、時間だった。少なくとも私にとっては。言われた言葉に意味が分からなくて眉を寄せれば、目の前に立つ王子は私の手を引いた。


 ――触れられた箇所からじわりと熱を持つ。


 そのままぐいぐいと引っ張られて、周囲の注目を一身に浴びる中、私はバルコニーまで連れていかれた。背後からそっと窺うような気配が見てとれる。そうよね、私もそう思うわ。もしも当事者じゃなかったら、なんだ、なんだ、と出歯亀したいもの。


「アーク様、一体どうされましたの?」


 困りましたわ。物語が変わっている。こんなの“シナリオ”になかったわ。

 

 隣にいるはずの“ローズ”はどこなの? 落ち着いて、冷静に、物語を早急に。戻す必要があるわ、そうよね。


「どうされた、じゃない。……何故、迎えに行ったのにいないんだ?」


 迎えにきた? ヒーローが悪者を……?


「定刻になりましたので、こちらに来ましたわ」


「それは、っ! ……すまなかった。……色々とやることがあって遅れてしまった。だが、婚約者のいる未婚の女性が一人で会場に入ることの意味を君は誰より知っている筈だ」


 言われた言葉には素直に頷けましたわ。パートナーがいるのにそのパートナーと一緒に来ない。これではよからぬ風聞が立っても致し方ないこと。


 けれど、この方には伴うべき存在が他にいる。……そうでしょう?


「咲き誇る薔薇の方と、一緒に来られたのではなくて?」


 私の問いかけにぐっと、息を詰めたアーク様が私の瞳を真っ直ぐに見つめてくる。

 

 いっそ、熱視線とも思える程にその視線は鋭いままだ。


「……きみ、も……」


「……どう、されまして?」


「きみも、彼女と私の仲を疑っているのか? 婚約者であるはずの、君も」


 はっきり、と吐き出された言葉に首を傾ける。それがどういう意味なのか、私には測りかねた。


「疑うも何もありませんわ」


「……なら、どうして彼女の名前がここで出る。君は私の婚約者だろう? 私とここに一緒に来るのが当然で、私と一緒にいるのが自然だ。それなのに、何故一番に彼女の名前が出る?」


 きっと当たり前のことを、言われているのでしょう。

 

 王子はどこまでも常識的な方。どこで何が変わったのかは分からないけれど、そうよね。ここまで“シナリオ”通りに進んでいたけれどゲームじゃないもの。今を必死でみんな生きているものね。心の内を押し隠して、断罪は少しだけ予定を狂わせたのね。


 そうだわ、彼らにも未来があるもの。今、ここで。私を断罪するのは悪手だわ。だって、まだ一応、私はアーク様の婚約者という立場なんだから。


 それを、主人公と一緒に来て、私のことを断罪出来たとしても風聞はきっと悪くなる。それでは彼女を正々堂々と王子妃には出来ない……なるほど、そういう意図がありましたのね? 私、きちんと把握出来ていなくて申し訳ありません。


 心の中で、それを受け止めて穏やかに笑った。


「メリッサ!」


 私の話を君は聞いてくれているのか?

 その問いかけに私は頷いた。


「ええ。きちんと聞いて受け止めましたわ。申し訳ありませんでした、アーク様。あなたのやりたい事を私、お邪魔してしまったようです」


「……邪魔?」


「はい、たとえ、ローズ様と結ばれる為であろうと婚約者を蔑ろにするのは風聞が悪いですものね。仕方ありませんわ。……それで、いつ婚約破棄の書状は私の手元に届くのでしょうか?」


 こそり、と耳元で窺うように聞く。これで準備は万端整いましてよ。出歯亀するようにこちらを見ている周囲にもきっと今の一言は聞こえなかったでしょう。


「……なぜ」


「……え?」


「いつ、私が、君と……っ! 婚約破棄をすると言ったんだ……っ」


 ふつふつ、と怒りを堪えるようなその姿に思わずたじろぐ。私、何か間違えてしまったのかしら。なぜ、アーク様がこんなにも怒っていらっしゃるのか全く理解が出来ない。


 おかしいわ。だって、これでは、まるで……


 まるで、アーク様が私のことを


「“俺”は、君を愛してる」


 言われた言葉に歓喜するよりも、嗤ってしまった。


 そうよね。そんな筈がないものね。


 期待なんてどこまでも馬鹿らしい。


 きゅ、っと心が閉じる音。


 その言葉は何度も何度も言われたわ。


 ――時におざなりに、いつだって義務的に。


 だから、分かってましてよ。

 本当に律儀ですのね、この方は。


「愛してるって言葉は麻薬みたいね」


 くすくすと、笑みを溢しながら私は声を溢した。

 訝しげに私のことを見つめる王子にそっと視線を合わせる。


「習慣と化したその言葉に耽溺するのは此方だけ」


 私はもう、5歳の子どもではないのよ。


 恋に夢見た頃は終わったの。


「だって、私のことを本当は」


 ねぇ、だから。もう、いいの。


「あなた、愛していないでしょう?」


 くすり、と穏やかに笑う。

 心の中でぽたり、と涙が落ちた。


 今度こそ、本当に。


 さよならしましょう。


 私の、恋に……。


 婚約破棄をされるよりも、この状況になってまで嘘をつかれる方がよほど沁みる。


 虚をつかれたように開かれる瞳に苦笑する。


「どうして……?」


 嗚呼、あなたはいつでも残酷なのね。その問いかけに私は答えなければいけないのかしら? ねぇ、婚約者殿?


「いつも、目が私の方を向いていませんわ。私の先に政略的なものを見てるのね。それでも、律儀にいつも私の“愛”に答えるように言ってくれましたわね。時に、おざなりに。いつだって、義務的に」


 質問への答えはこれで満足かしら?


「…………っ!」


「そんな時、可愛らしい“花”が穏やかに優しく振る舞って。そこに落ちてしまったとて、誰に咎められましょう? だって、自分の気持ちなんて、コントロール出来るものではないですわ」


 だから、いいのよ。もう、解放されて。

 だって、ここまでイベントという名の愛を主人公と育んでこられたのですもの。

 私という邪魔者はあとは去るだけだわ。


「君は……、いつから」


「あなたと彼女が出会った瞬間、ピンと来ましたの。運命の出会いをされたのでしょう? そしてそれが彼女なら、私は私の“罰”を甘んじて受け入れましょう」


「違うっ! そうじゃないっ」


 一言。


 憤るように声を荒げて。


 切羽詰まったような、顔をされて。目の前に立つアーク様のその姿に驚いた私は肩を揺らした。


「愛してるって言葉は麻薬みたいだ」


「……っっ!?」


「習慣と化したその言葉に耽溺するのは此方だけ」


「……?」


「だって、俺のことを本当は」


「アーク、さま……?」


「君は、愛していないだろう?」


 そっくりそのまま、返された言葉に息が詰まった。


「何を、仰って……?」


「正確に言うなら、いつからか、だ」


「……?」


「いつからか、君は、私を、“俺を”見ることを止めた。それまで、ひたすらに此方を見て、俺だけを見てきたのに。話しかけては、気もそぞろに。返事はいつだって上の空。まるで、何かに追われる様にいつも怯えながら取ってつけたように“愛してる”と俺に言う」


「そう、思われたのなら申し訳ありませんでしたわ」


 ひくり、と喉がひくつく。

 どうしていいのか分からなくて眉を寄せた。

 追放されるという不安が出てしまっていたのか。


 それでもだって立場の低い私から婚約破棄を申し出る訳にもいかずどうなるか分からない以上ゲームが始まるまでは設定を壊さないようになぞるしか出来なかった。


「いつから君は俺に興味がなくなったのか。ずっと不思議だった。俺が、君を見てなかったことに気付いたから無くしたのか」


「いいえ。それは違いますわ。……正確に言うなら、殺しましたの。あなたへの思いを全て……」


 ふわり、と溢した声に冷たい氷の様なアイスブルーの瞳が労しげに私を見ている。

 可笑しいわ。この方の瞳はこんなにも柔らかいものだったかしら?


「好きだ」


 言われた言葉に首を傾げた。


 ……愛してる、って。言われませんでしたわ。

 だから、その言葉の意味を思い出すのに、かなりの時間を要した。


「愛が伝わらないのなら好意を伝えよう。

 俺はこの世界でただ一人、メリッサ・ローランドのことが好きだ」


 穏やかな瞳が真っ直ぐに私を射貫く。

 おかしいですわ、そんなはず、ありませんのに。

 心がどうしようもなく浮き足だって……。


 隠せないほどに私の中の“わたし”が。嬉しさに震えている。


 ……ぽたり。


 ……ぽたり。


 溢れる様に感情が後から後から湧いて出ては落ちていく……。


「君が俺を見なくなってから、君が好きな自分に気付いた。どれほど、想いを伝えても。君は俺のことを見てくれない。真っ直ぐに“愛”を伝え続ければいつか此方のことをまた、見てくれる日がくるかもしれない。そう思ってた」


「……でも、それでしたら。ローズ様は?」


「あの女ははっきり言って俺にもよく分からない」


「……?」


「突然現れて、君との仲を詮索し、君と俺が不仲で、君の“愛”に俺が迷惑していると勝手に決めつけて、君の悪口を言い、何かをなぞるように。そうすることが当たり前であるかのように俺に“イベント”とやらを強制してくる」


「……いべんと……」


「それに付き合いさえすれば、表面上は普通だから。学園にいる間は適度に付き合っていた。……付き合わなければ君に何かしでかすかもしれないとすら思える程に、アレは人間の皮を被った“狂気”だ」


「それは、その……」


「俺以外にも被害にあった奴がいたからな。今日までの間にあの女の奇行を全て纏め上げ、王子である自分に対する不敬であると証明するための書類を作り、やっと。傍から離すことに成功した。もう二度と、俺たちの前には現れないだろう。あれは“花”なんかじゃない。蜜を運び受粉させ実りある植物を育てるための“蜂”を殺す“食虫植物”だ」


 いっそ、禍々しいほどに吐き捨てられたその言葉に。


 何にも興味を持たれなくても人当たりに関しては右に出るものがいない程、穏やかなこの方の顔をどうやったらこんな風に歪められるのだろう、とすら思えた。


「俺が君に近づくだけで、あの女が君に何かしようと画策し始めたせいで。俺はこの貴重な学園生活の間! 君に近づくことも叶わなかった!

 公に護れないならせめてっ! と、君の友人達に白い目で見られながら、君をよろしく頼むと伝えることしか出来なかったんだ。

 本当は、俺だってっ! 君と学園生活を満喫したかった! 何がお弁当だ、ふざけるなっ! お前の作る黒焦げのご飯なんか、食べたくねぇわっ!!!」


「アークさま……」


「……っ、すまない。取り乱した」


「いえ、その……なんだか、ふふっ。アーク様でもそんな風に年相応になられることがあるのですね」


「そうだな、君は子ども染みてると思うか?」


「いえ、新たな一面が見られて嬉しいですわ」


「“耽溺するのは此方だけ”か……。そう言ってくれたと言うことは。自惚れてもいいのだろうか? ずっと、本当は俺のことを好きでいてくれたと」


「……ええ。アーク様も」


 何がなんだか、分からないけれど。知らないところで色々あって片がついてしまった物語。何もしないまま、都合良く私だけが幸せになってもいいのだろうか。


 ――“わたし”の想いをもう、私は隠さなくても良くて。


 ずっと長いこと見ないふりして別人だと言い張ってそっと隔離してきた“わたし”が私であることをちゃんと受け止めても許されるのか。


 今は何も状況が読めないままではあったけれど。


 それでも、そっと、差し出されたその手のひらに私は自分の手のひらを重ねた。






一度書いてみたかった婚約破棄ものを書いてみました。


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