独り帰宅
こういった救急搬送された場合、ドラマなんかでは何時間と待つ描写があるのだが、僅か一時間で医者のいる面談室に呼ばれた。
「お父さんやお母さんは海外に居てなかなか連絡が取れないって話だったね」
僕の目を見て話す医者の雰囲気がどことなく暗い。小学生ながら何となく察した。
「はい」
「そうか・・・・。分かりました。では君に伝えなくてはならないね」
「はい」
「君のお婆さんは先程午後十五時二十三分にお亡くなりになりました。力になれず本当に申し訳ない」
医者は深く頭を下げてから、今一度僕の目を見た。彼の禿げかけたその頭は、これまで救えなかった悲しみ、救えた喜びを繰り返してきた証でもあったが、当時の僕にはストレスについての知識も無く、また頭も空っぽだった。
「死んだ・・・・んですよね」
「はい」
医者はもう僕に目を合わせてくれなかった。
「もうおばあちゃんには会えないんですよね」
「はい」
鼻の奥が針で刺されたかのように痛くなってきて、目頭が焼けるように熱くなっていく。医者の後ろで待機していたナースのお姉さんが耐えきれなくなり目頭を押さえてバックヤードに消えていった。
「そうですか。ありがとうございます」
そう言って立ち上がった。まだ帰っていいとも言われていないが、これ以上ここに居たら泣いてしまいそうだったから。
そのままエレベーターを降りて出口へ向かって行くと「き、君!深崎くん!」と呼び止められたので、目を擦って振り向いた。
「君はこれからどうするんだい?」
階段で急いで掛け降りて来たのかゼエハアと息を切らしている彼に向かって僕は答えた。
「先生、僕は強くなります。一人で生きていけるくらい強くなりますから。心配しないでください」
「すまない。本当にすまない」
先生は人目も気にせずその場で泣き崩れた。今時こんなに遺族に熱く向き合ってくれる医者などいない。子供の僕でも知っていた。
自分のことでいっぱいいっぱいだったため、そのあとどうしたのか覚えていない。気付いた時には家のコタツに入ってみかんを剥いていた。
「そっか。おばあちゃんがよく剥いてくれたっけな」
おばあちゃんのしおれた手のひらから渡された一粒のみかん。いつも酸っぱさは無くとても甘かったのを僕の舌はよく覚えている。
「ねぇ、おばあちゃん。僕もう一人で剥けるようになったよ」
僕の声が残響から消えた後におとずれる静けさ。ここには誰もいない。
「ねぇ、おばあちゃん。僕一人で救急車を呼べるようになったんだよ」
再び静寂。沈黙。
「お・・・・お・・・・おばあちゃん・・・・」
病院では我慢していた涙が止めどなく溢れた。独りの寂しさに耐えきれなかった。
ひとしきり疲れきるまで泣いたあと、寝落ちしていた。