風神雷神図屏風
三人の神が自然へと還り、およそ千年の時が流れました。
あるところに一人の絵師がおりました。
絵師は一年をかけて、風神、雷神、陽神の絵を描きました。畳にして八枚ほどはあろうかという大きな絵でありました。
その絵には右上に風神が、左上には雷神が、中央下には陽神が描かれておりました。陽神が山にて一人の子を守り、天空より風神と雷神の放つ力を真っ向から受ける様子を描いた、それはもう立派な絵でございました。
絵師は代々語り継がれた三人の神を崇めるためにこの絵を描きました。背景に金色をうち、三人の神のありがたさを表したのでした。
「ようやく、描くことができました」
絵師は我にて描いた三人の神へそう語りかけました。
絵師を訪ねた者はみな、大層この絵を讃えました。
「なんと立派な絵じゃ」
「金色がまさに豪華絢爛。見事である」
「我がこの絵を貰おう。いくらか、申せ」
「いや、わしが譲り受けよう。誰よりも金は出そう」
絵師は悩みました。
ある夜、絵師は夜道に散歩に出かけました。小雨と微かに風が吹く夜でした。
絵師が町から離れ、田畑の方へ足を踏み入れた時でした。明かりもない真っ暗な田んぼで、農民たちが田を耕している光景に出会いました。目を凝らすと、幼子も汗をかきながらそれを手伝っているではありませんか。
「もし……。こんな暗い夜にまで田を耕すことはなかろう。幼子まで率いて、感心せぬぞ」
農夫は力のない声で笑いました。
「年貢を納めきれんと、わしらは殺されてしまうでのう。……仕方ないんじゃよ」
そう絵師に応え、我が子を泥だらけの手で撫でながら、「堪忍な、堪忍な」と呟いているのでした。
家へと戻った絵師は大きく床に敷かれた絵を見ました。開けっ放しの扉の向こうで、いつの間にか激しい風と殴るような雨が降っているのに気がつきました。
絵師は絵の中で人間を守る陽神に手を合わせ言いました。
「わたしら人間は教えを守れていなかったのかもしれませぬ。陽神様よ。あなたは心の中に置こう。わたしら人間はあなた様に甘えてはいかぬ。そうでありましょう」
絵師は絵の下半分を破りました。
この世を戒めるため、風神と雷神だけの絵とし、二度と陽神の姿を描くことはありませんでした。
完