われらとは
少し強い風が吹く朝でした。
水平線が橙色に染まり、太陽がほんの少し顔を覗かせています。
風が波を揺らし、浜辺を打つ水飛沫が絶えず跳ね上がっています。
陽神は朝日が放つ温かい光に包まれ、自分が木漏れ日であったころを思い出していました。
強く照らすこともできれば、優しく照らすこともできる。それが太陽の役目でした。
強く照らしてばかりいる今の自分は、本当に太陽なのであろうか。
そんなことを朝日を見ながら考えていました。
「起きておったか、陽神よ」
むくりと片膝をつき、風神が起き上がります。
「ああ、陽が昇るとともにわれは目を覚ます」
「どうした、遠くを眺めて」
「朝日を見ておった。……それだけじゃ」
雷神も目を擦りながら目を覚ましました。
「なんと、もう出発のときか」
「焦らんでもよい。まだじゃよ」
陽神が太陽を見つめる表情が見たこともない柔らかいもので、雷神は少しの戸惑いを覚えました。
「なぁ、雷神よ」
「なんだ、陽神」
「おぬしの雷でどれだけの人間を焼いたかよ。覚えておるか?」
じわりじわりと顔を出す朝日を見ながら陽神は尋ねました。
「そんなもんは覚えておらん。なにを問う、突然」
「風神よ、おぬしはその烈風でいくつの村を飛ばしてきたか?」
風神は首をかしげました。
「何じゃ、陽神。何が言いたい」
雷神は覗き込むように陽神を見ました。
「いや、すまぬ。わしとてどれほどの村を枯れさせたなど覚えておらん。ただ、いつからか、わしは木漏れ日のような温かい光を出すのを忘れておる。風神ももとはそよ風であったはずじゃ。雷神も一滴の雨であったはずじゃ。わしらはこの大地と海にとって優しい存在であったはずじゃ。なんだか、不思議でのう」
そう、ぽつりと陽神は話しました。
風神は不思議そうな顔をして、雷神は陽神を睨むように陽神へ目をくれていました。
朝日の橙色が陽神の顔を染め、風神も雷神もその目の奥までは見ることができませんでした。
「陽神よ、われらはその優しさを邪魔する人間を懲らしめるために生まれたのだ。人間どもが悪さをしなくなれば、われらももとへと戻るのであろう」
風神がひとつ溜め息をつき、諭すように言いました。
「陽神よ、怖じ気づくのは許さぬぞ」
雷神は長い爪を突き刺さんとするようにして、陽神の右肩に手を置きました。
「雷神よ。おぬしの言うた通り、人間どもは強くなりすぎた。わしも全くの同感じゃ。じゃが、人間どもと同様、わしらも強くなりすぎてはいかん。この朝日はそう言うておる。雨が一滴降ったとき、おぬしもそう感じるかもしれん。そよ風が吹いたとき、風神もそう感じるのかもしれぬ」
風神は少し困った顔をし、雷神は怒りを押し込めるようにし、立ち上がりました。
雷神は太陽に向かって腕を組み、陽神に問いました。
「陽神よ、お主がこの大地に与えた恵みを人間どもが独占しておる。それは間違いないであろう」
陽神は頷きました。
「ああ、無論じゃ」
雷神がひとつ舌を打ち言いました。
「では、もう次の村へ行こうぞ」
「分かっておる。おぬしらに異論はない。ただ……夢を見ただけじゃ」
「夢……?」
「ああ、じゃが、何でもない。気になさるな。行こうぞ」
陽神はすくと立ち上がり、雲を呼びました。
煮え切らない表情の風神と雷神も雲を呼びました。
この朝、たまたま優しい陽の光を浴びたのが陽神でした。
もし、晴れ間なく優しい雨が降っていたのならば雷神が同じことを思ったのかもしれません。
朝から撫でるような風が吹いていたのならば、風神が同じことを言ったのかもしれません。
それは、三人の神にも分からない、もっともっと天高くから決められた決まりごとだったのでしょう。