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陽神  作者: 山城木緑
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三人の神

 太古の昔、地の人々は天からの風神、雷神、陽神の悪さに苦しんでおりました。


 風神は風を乱吹かせて、海の水、川の水を踊らせ、村々を沈めておりました。


 雷神は雷を打ち落とし、数多の家屋を焼いておりました。


 陽神は灼熱の太陽をたぎらせ、農作物の命を奪っておりました。


「おい、雷神陽神よ。この村はもう荒らし尽くした。あとは黒い屍骸だけだ。あの山を越えて次の村へ行こうぞ」


 風神は両手を大きく振って突風を起こし、村に残った家屋をなぎ倒して言いました。金色の髪を振り乱し、大きく吸い込んだ息を風袋に溜め始めます。

 膨れ上がった風袋を振り回すと、ごうごうと鳴る音とともに木々の影に隠れていた人々は飛ばされてしまいました。


「うはは。風神よ。主ばかり張りきりおって。次の村は我の雷で木っ端微塵にしてやろうぞ」


 雷神が身体中に稲光をたぎらせて、次の村へ急ごうとしています。


「まあ、待たぬか。最後にひと仕事じゃ」


 陽神が急ぐ雷神を制しながら、身体を真っ赤に染めていきます。


「あそこに籾だねが隠してあるぞ」


 陽神は雷神が荒らしきった畑の真ん中を指差しました。陽神がそこへめがけ身体から灼熱の光を放つと、みるみると大地は渇き、干からびて地面が割れていきます。


 大地の裂け目から村人たちが大切に隠しておいた籾だねが姿を現しました。その籾だねは虚しく陽神の放つ熱によって焼け焦げ、黒くちりぢりになって風に吹かれ姿を消しました。


「ははは。よくぞ見つけたな。陽神よ」


 風神があっぱれというように手を叩きます。雷神も瓢箪から酒をかっくらいながら手を叩きました。


「人間はあの籾だねを見つけ、また人間だけのものにするじゃろう。また弱きものがその人間どもに汚されるのじゃ」


 陽神がまだ真っ赤に染まったままの身体をたぎらせて、そう言いました。


「そうだな」


「その通りだ」


 風神雷神ともに頷き、焼け焦げて跡形も無くなった村を見下げながら、そう呟きました。


 風神、雷神、陽神は生まれながらにこのように大きな力を持っていたわけではありませんでした。


 生を受けたとき、

 風神はもともとそよ風であり、

 雷神は一滴の雨であり、

 陽神は木漏れ日の陽光でありました。


 のんびりと暮らしていたのです。

 恵みを与えることを生業とし、大地や海とともに和やかに過ごしておりました。


 そこに人間という種が現れました。


 人間は火を起こしました。

 舟を作り、川へ海へと出ていきました。

 平和に暮らしていた動物たちは人間に食われ始めます。綺麗に咲いていた葉や花がむしり取られていきます。

 空はだんだんと霞んでいきました。透明だった海が濁っていきました。真っ白だった雲は泣いてしまったように黒ずんでいきました。


 そよ風は意思を持ち、強い風へと姿を変えました。

 一滴の雨は濁った雲の涙とともになり、雷へと姿を変えました。

 木漏れ日の柔らかい光は燃えたぎる太陽そのままに姿を変えました。


「この大地と水を汚さん人間どもを許さぬ」


 強い風は風神へ、

 雷は雷神へ、

 太陽は陽神へ、

 人間を懲らしめるために新たな生を受けました。


 人間への強い憎しみを抱いて生まれた風神、雷神、陽神は、もともとのか弱い命からは想像もできぬ豪然たる力で人間たちを懲らしめていくのでした。



「風神よ、そう急ぐな。浜辺で休もうぞ」


 雷神は次の村でもその次に訪れた村でも多くの人々を焼きました。雷神は暴れすぎたか、少し疲れていました。

 風神も風袋に風が溜まっていないことに気づき、陽神もまた次の太陽が昇るまで休みたいと思いました。


「休もうぞ」


 浜辺に降りたち、三人は輪になって酒を囲みました。

 波の音が聞こえます。暗がりに白い曲線がざざあという音とともに消えて無くなっていきます。


「人間どもめが。この美しき海も我がためにと埋めていきよる」


 そう言うと、雷神は猪口に入った酒を飲み干し、怒りのあまり猪口を握り潰しました。風神も陽神も続いて猪口の酒を飲み干し、次々に猪口を叩き割りました。


 海亀が隣で月を見上げて泣いていました。小さな海亀の子供たちが海のほうへよちよちと歩いていきます。波にさらわれ、溺れるように海へと姿を消していきました。


「このままではこの光輝く月さえも人間どもが滅ぼすかもしれん」


 風神がそう呟き、雷神陽神も頷いて応えました。

 人間が焼き尽くした森や食い漁られた動物たちの亡骸を思い浮かべながら、雷神は言いました。


「人間は強くなりすぎた。我らで弱きものを守ろうぞ」


 徳利の酒を雷神、風神、陽神、と回し、三人で手を合わせました。


「夜が明ければ次の村へ参ろうぞ」



 静かな夜でした。


 雷神と風神は砂に身体を埋めて寝ておりました。今晩は月が目映く、陽神は少し眠りにつけませんでした。


 明るく月に照らされた砂浜に一人の人間の影を見つけました。

 まだ背丈は小さく、人間の子供のようでした。

 目を凝らすと先ほどの海亀の子を目で追っているようでした。


 海亀の子まで食うか、人間ども。

 陽神が立ち上がろうとしたとき、人間の子供は小さな海亀を拾い上げ、大切そうに両手で抱えながら波の小さなところにそっと離しました。


「しっかり生きるんだぞぉ」


 人間の子供は海亀の子にそう言いながら、波に消える海亀の子を見守っていました。


 陽神はその光景を見たまま眠りについてしまいました。

 何を見たのか、果ては夢であったか、分からぬまま。


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