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war game  作者: ウンコマン
GlitchMan
8/30

4-1

 行きつけの食事処で酒を飲み、何をするでもなく夜通し時間を浪費していた。朝日が昇り始めた頃、近くに誰かが座った気配がした。紳士然とした身なりをした白髪の目立つ男だった。落ちそうな瞼の隙間から横目で眺める。目が合う。深い皺の刻まれた顔を嫌そうに歪められた。揉め事になっては面倒だと、お互いに視線をそらす。


 紳士は店主に朝食と茶を頼み、脇に抱えていた新聞を広げた。読み進めるうちに渋い顔をしだす。やがて運ばれてきた注文の品と共に、店の主がその顔の理由を尋ねた。


 これだ、と紳士が紙面を叩く。「どうにも戦争が終わりそうでね」


 そこには、いま行われている隣国との戦争についての特集が組まれていた。国境線がどれほどの要害であり、そこでの戦いがいかに激しいものであったのかについて図解付きで解説がなされ、それを制した自軍についての賞賛──技術革新により成されたとの噂もあるが軍広報からの正式な発表はないと併記──が述べられているのが前半。

 後半は一転して、そこから遅々として進まない侵攻に対し、落胆の言葉が散りばめられてあった。表面上は公正、中立を標榜しながら、その裏側と真意を考察していた。首脳陣は早期の休戦も視野に入れているのではないかという一文を持って、その記事は締めくくられている。


 「良いことではないですか」

 「軍への糧食や生活必需品の納入で業績が右肩上がりでね」


 一般論を口にする店主に対して浅ましさを隠そうともせず紳士が憮然とする。及び腰の政府に対する愚痴が始まり、やがてそれは昨今の軍人の資質に対する放言へと変わっていった。まったくだらしのないことだ。私のやっていた頃に比べれば。

 世の不条理について折り合いをつけるのが苦手な類の男らしく、穏やかな言葉を選んではいたが、それは問題解決に何も寄与するところのないただの下らない愚痴だった。


 口ぶりから軍隊にいたことが窺えるが、顔、首、手、見える部分にはどこにも欠けや傷はなく、きれいなものだった。兵役についている間に大した争いが起こらなかった。類まれな武運に恵まれていた。あるいは後方勤務だった。好意的に解釈することはいくらでもできたが、興が乗ってきたのか段々と声の大きくなる紳士に対して、そうしてやる気はまったく起きなかった。店主は商売であるからとそれを聞き流している。

 日々の溜まった鬱憤を無意識に晴らそうと、盛り上がった気分そのままに口から汚物を垂れ流す。ありふれた光景。よくある話。ゲインもたった今、そういう気分になったところだった。酒のせいで打算的な判断を下せなくなった頭で衝動に従った。


 椅子から立ち上がって千鳥足で紳士に近づき、無言でその横っ腹を蹴り付けた。手加減はしたはずだったが、実際にそうであったかはまったく記憶にない。


 抗議の声を上げることもできず、紳士のように見えた男はつい先ほど取ったと思わしき食事を戻しながらのた打ち回る。他の客が堪能していた料理がテーブルごとひっくり返り、皿が床に落ちて割れ、周囲からは悲鳴と控えめな喝采が上がった。


 ゲインはやってしまったことについて既に後悔をしていたが、これくらいの義理は果たすべきだろうとも思っていた。軍に戻りたいなどとは毛の先ほども考えていなかったが、そこに所属する人間に関しては好悪の両方があった。

 もがく男の襟首を引っ掴んで店の外に捨てる。元の席に戻って追加の酒を頼むと、傷痍軍人の主人は頬の傷跡が伸びきるほどの笑みを浮かべた。そして注文のものを運んでくるついでに、警官を呼んでおいたと同じ笑顔で告げた。元同業の縁で散々ツケていた挙句にこれでは妥当という他はない。ゲインは酒を飲み干し、しょっ引かれるまでカウンターに突っ伏して寝ることに決めた。


 何が悪かったのかと、朦朧とする意識の中で原因を探った。


 つまりは臆病風に吹かれたわけで?


 よみがえるのは、除隊を告げた際に友人に言われた台詞だった。諧謔に富む彼なりの惜別の言葉に控えめな肯定でもって返すと、彼は鱗にびっしりと覆われたでかい顔面に苦笑を浮かべた。

 部下に対してではなく年上の友人に接するときの態度でそっちはどうするのかと尋ねると、彼は市民権を得るのにもう数年は必要ですからと答えた。

 ヒトの何倍も分厚い胸板を叩いて悲願の達成を祈っていることを伝える。表皮に触れた手には岩のような硬質の感触があった。

 原生生物である竜に連なる彼らの一族は、神々に蹂躙されたこの地での復権を悲願としていた。それを抱え込むような物好きな神は少ない。彼はこの国に固執しなければならなかった。

 対して、ゲインには未練などなかった。元々が徴兵の義務でしぶしぶ召集された身だ。平穏無事に勤め上げる以上の望みを持ったことはなかった。そのはずだった。おおむねにおいて。


 臆病風。まさにそれだ。


 カウンターの上には新聞が残されたままになっている。国境線で戦い、功を成した英雄たちの名前が似顔絵付きで載っていた。

 ゲイナー・アージェント中尉。

 それを視界の端に収めたゲインは手を伸ばし、丸めて握りつぶし、どこかへと投げ捨てた。

投稿するの結構時間使いますね…

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