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war game  作者: ウンコマン
GlitchMan
6/30

3-1

 竜車がゆっくりとを速度を落とすのを感じ、目的地が近いことを悟ったエシオン・ユーリィは浅い眠りから覚めて瞼を持ち上げた。朝早く市街地を郊外に向けて出立してから、かなりの時間が経っている。陽は傾き、既に夕暮れ時にさしかかっていた。


 「着きました」


 それ以上、御者は不要な言葉を発しなかった。何が逆鱗に触れるか分からないためだ。エシオンが客席から降りて竜車から離れると、それを見計らっていた御者は竜に鞭を入れ、逃げるように遠ざかっていった。

 厩舎に向かい小さくなる車輪の音を聞きながら、エシオンは目の前の建造物をしげしげと眺めた。長大で分厚い石造りの壁。黒鳶色をした木材を鉄で縁取った分厚い門。外壁の奥には広大な敷地と、白で色調が統一された巨大な本館が鎮座している。


 ユーリィ氏族の所有する保養施設のなかで最も古いもののひとつ。いつ見てもうんざりするほどの無駄な大きさを誇っていた。だが、荘厳な外観に反して夕影に照らされたそれは、今にも崩れ落ちそうな寂寥感を放っている。

 恐らくは気のせい。そう感じるのは、自分がそれを望んでいるから。


 ユーリィはカルマムルにおいて多大な功績を残した人物を祖とする、多数の使徒と神官を中核として形成された集団だった。神の奇跡の研究を主な生業としていたが、研究の過程で生み出された品、技術を売り払うことにより財を蓄え、また築いた富を使って議会での発言権を得るに至った。いまや同国内どころか国外にも絶大な権勢を誇る勢力となっている。


 エシオンが無造作に門へ近づく。仰け反りそうなほど背筋を伸ばして立っていた二人の門番が、さらに身体を強張らせながら大急ぎで門を開けた。


 敷地内に足を踏み入れる。舗装された道路が本館と別館までそれぞれ伸び、両脇に点在する花壇は庭師によって一分の隙もなく整えられていた。彼女の姿を目にした使用人たちは皆、仕事の手を休めて一様に腰を折る。

 施設の中も広い。天井は高く、足元の毛氈は床を踏みしめる感触すら吸い込むほど厚い。逃げるように両脇に避けていく使用人たちには一瞥もくれず、エシオンは通路の真ん中を堂々と歩いて入り口にほど近い多目的の会議室に足を踏み入れた。


 その場の空気が一変する。部屋の外まで聞こえていた世間話の声は止み、緊張が部屋中に充満していく様が見て取れた。例外は、この定期開催されている報告会を取り仕切る昔なじみの老人だけだった。進行役を務める彼の合図で全員が起立し、エシオンに向けて礼をとった。


 頂点に位置する神の性格と性質により差異はあるが、神の従僕にはおおむね三つの種別が存在していた。大多数を占める凡百の信徒。その適性から数々の奇跡を行使する権能を与えられた使徒。更にその中から極少数選ばれる、神の意図や意思をあまねく伝える役目を持った神官。神によって堅牢に構築された統治機構内での栄達を目指す信徒たちにとって、神官は取り入るべき対象だった。


 「遅れてすまなかったね」


 空いている手近な席につく。運悪く隣になってしまったマクディーアが過敏な反応を示したが、それを気にも留めずにエシオンは机の上の冊子を手に取った。今回の報告内容をまとめた資料だった。

 主催者が顔を出したことにより会が幕を開けた。一族に、ひいては国家に不利益──あるいは利益を──もたらす可能性のある国内外の監視対象について、各人が受け持った地域ごとに状況を報告する。

 おおよそは大した動きもない様子だったが、いくつか新しい名前が並んでいた。


 エリック・ミヘルス。ノースハイムの信徒。強請りに長けている。醜聞、犯罪の証拠を使って経営者を脅していくつか会社の乗っ取りを行う。カルマムル国内の犯罪組織と関係を深めている。もとは同国の公職の地位にあったため、国命、工作員である可能性が高い。


 ウェルナー・ホーク。元アムゼーの近衛隊士。二心を抱いた上官と連座して職を追われたあと、用心棒のような真似をして各地を渡り歩いている。現在はカルマムル国内の高利貸しに雇われており、ユネイアで首を斬られた死体が発見された事件に関与しているとされている。


 イリーナ、リーリャ、エヴァ、都度名前を変えており本名は不明。恐らく現在はイリアと名乗っている。見た目の年のころは十代後半から二十代前半。栗色の髪と鳶色の目。魅力的な外見をしたヒト種の女性であること以外に特筆すべき点はないが、彼女の周囲には失踪と不審死がつきまとう。発見された死体はいずれも惨殺されているものの凶器が見つからないためウルの信徒の可能性が高い。近隣で目撃されたとの情報あり。


 大きな事件は未発生だが、引き続き注意を怠ることなく任務を継続すべし。郵便物の検閲、廃棄物の検査は徹底すること。


 エシオンが退屈に耐えかねてあくびを漏らすが、咎める者はいない。いつものように滞りなく会は進んだ。

 自然と話題は別のものにすり替わる。監視任務には資金提供が行われているが、人手や情報網を必要とするものであるため、協力者の中でもそれらの差配に長けた人物に役目が割り振られることが多かった。各人とも生業で一財産を築いた者たちばかりだ。戦争こそ定期的に起きているものの、ここ数十年は国政も安定している。本題で大した話題が出ないせいか、今では近況の報告と情報交換が参加者たちの主な目的にすらなっていた。


 開業医のジョン。「今年は南の方で腐血病患者が増えているそうですよ」

 雑貨商のクラーク。「抗原の数を揃えておきますか。それもいいですが、魔道の媒体用の紙、玉、貴金属を用立てておきませんと」

 投資家のエルマン。「用意はできている。何しろ、これからの分野だ」


 機会の共有。利益の分配。誰も彼もがぎらついていた。富と地位をうずたかく積み上げ、神より恩寵を賜り高みへ上ろうとしていた。結構なことだ。命を賭けるのに相応しい。人生というものの精髄を学べるに違いない。


 エシオンはその様子を羨望の眼差しで見ていた。容姿、家格から才能に至るまで、国家運営における中核部品として設計された彼女は、何もかもがお膳立てされていた。生まれながらにして上り詰め、何も成すことができずにいた。彼らの熱量に敬意を覚えていた。


 幸福とは現在地と到達地点、あるいは到達予定地との差により生じると常々考えていた彼女は焦れていた。

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