7-5
集落の中央に戻るとダンが駆け寄ってきた。
「どうだった?」
期待のこもった声。二人がそれぞれ鷹揚に頷くと、ダンは歓声を上げて拳を握り締めた。
「おおよそのところは上手くいった。被害は?」
アシュレイが周囲を見回しながら尋ねた。途中の家々に声をかけて回っていたため、そこには集落の住民のほとんどが集まっているはずだった。
「全員無事だよ」
信じられないといった様子のダン。
「そりゃ何よりだ。ああ、生き残りは縛り上げてある」
ゲインが遠く、襲撃地点の方向を指差した。
「このあたりに集めてくれないか? あと、男以外は家に戻るよう伝えてくれ。何人か死んでるが、好きに扱ってくれ。まあ、碌なもんは持ってないと思うがね。ああ、もし妙な紋様が描かれた紙を見つけたらこっちに寄越すよう言い含めておいてくれ」
ダンが様子を見守っていた他の住民達に近寄り説明を始める。集落の男たちは仔細を尋ねようとはせず、ゲインの指した先へと小走りに向かっていった。目には昏いものがたたえられていたが、二人はそれを見逃した。
「ここでやるのか?」
「あの数をどこかに運び込むのも手間だ。だから女子供は帰らせた」
しばらくして、引き摺られるように賊どもが連れてこられる。ゲインはそれを見ながら深呼吸を繰り返していた。
「浮かない顔だ」アシュレイが言った。
「素面じゃやりたくないね、こんなことは」ゲインが吐き捨てる。
「代わってやろうか?」
「いや、いい」
連れてこられた賊のうち、手近なところにいた男の傍にゲインは屈み、胸倉を掴む。
「どういう状況か理解はしているか?」
その男の意識ははっきりとしている様子だったが、何も答えようとはしなかった。表情は敵意の滲んだ反抗的なものだ。早々に気絶したせいで自分の身に何が起きたか分かっていないと思われた。
ゲインが男から手を離して槍の石突きを向ける。その先から雷がほと走り、薄闇を青白く照らした。
それを食らった男の体が大きく跳ねた。雷撃は勢い余って近くにいた別の男にも飛び移る。二人の全身から煙が上がり、肉の焼ける臭いが漂った。背後で集落の住民が何人か顔を背け、息をのんだ。
改めて尋問しようと引き起こし、ゲインが演技ではない舌打ちをした。男は既に事切れており、巻き添えを食らったもう一人も同様だった。
死体から手を離し、残りに物色するような視線を向ける。仲間の成れの果てを目にした賊どもの様子は先ほどとはうって変わって多分に怯えを含んだものになっていた。えずきだした者もいる。
「ちょいと話をしたいだけなんだが、見ての通り手加減がすこぶる苦手でな。お前たちはこれで全員か?」
「見逃してくれ」
ひとりの男が生涯通して重ねてきた罪を懺悔するような声で叫んだ。
ゲインはその男を殴りつける。
「お前ら、カルマムルの脱走兵だな? お仲間が魔道書を持ってたぜ。抜けるときにかっぱらったんだろう? あれは個人で所有できるようなものじゃあないからな」
その台詞でゲインの素性に気が付くと、男は堰を切ったように喋りだした。
「俺もカルマムルの信徒だ。第七十連隊だ」
それがさも重要なことであるかのように強調し、続けた。
「ああ、ああ、聞いてくれ。部隊が中隊規模と思われる騎竜の一団に突撃を受けて潰走したんだ。命からがら宿営地に逃げ帰ったんだが、敵前逃亡と見なされて、憲兵に拘束されかけた。必死に逃げたよ。右も左も分からないところに放り出されて、不安だった。それでも何とか食いつないできた。仕方なかったんだ。今回だって、生きるために最低限必要なものを、少しばかり貰うつもりだった。他の奴はどうだか知らないが、俺は無益な殺生なんかやったことはない」
男の口から身勝手な言い分が吐かれるたび、周囲から立ち上る怒気で空気が揺らぐ。ぎりぎりという音。農具を握り締める住民たちの手に力がこもる。暴発を防ぐ必要性を感じたアシュレイは喋り続ける男に近寄ろうとしたが、それより先にゲインがその男を強かに殴りつけて黙らせた。
「改めて聞くぞ。今日、ここにやってきたのは、お前らで全員か?」
その男は弱々しく首を横に振った。
「残りはどこだ。正直に答えたなら慈悲を見せてもいい。戦友のよしみだ」
男は鼻息も荒く口を開いた。「ここから東に行ったところに小さな盆地がある、あります。そこに民家があって、そこを拠点にしています」
アシュレイは素早く地図を取り出して確認する。確かに地図上には空白の地帯があるが、しかし人里の存在までは記されていなかった。
「何人残ってる?」
「五人、です」
「女は? ここから攫っただろう」
「います」
「生きてるのか?」
「俺たちが出たころには、まだ生きてました」
ゲインが襟首を掴み上げ、捻りを加える。
「嵌めるつもりじゃないだろうな?」
男は怯えきった表情を苦しそうに歪めた。弱々しく呻いたあと、少し血を吐いた。「嘘じゃない、本当なんだ」髭を伝って地面に落ちた赤の中に、折れた歯の白が混じっていた。
アシュレイが締め上げる背中に声をかけた。
「そいつは少なくとも嘘をついてはいない。その男が正気で、誤った情報を正しいと思っているのでなければ、真実を言っている」
ゲインは少し考える素振りを見せたかと思うと、あっさりと男を解放した。「そうかい」
「自分で言うのも何だが、あっさりと信じるな?」
「何か確証があるんだろう? 今は目的を同じくして組んでるわけでもあるしな」
いまさら疑っても始まらないといった態度。ゲインは成り行きを見守っていたウィレットを呼び寄せる。
「ちょっとこれから遠出をしてきます」
「はあ、遠出……ですか? 今すぐ、でしょうか?」
老人は畏まった様子で尋ね返した。顔には一連のやり取りも含めての困惑の表情と汗が浮かんでいる。
「仲間がいつまでも帰ってこないとなると、どんな馬鹿でも不審がるでしょう。やるなら今しかないってことです」
ここ数日から今にいたるまでに目にしたものの衝撃で、その発言の意図を理解するのに老人の頭は少しの時間を要した。
「……よろしいので?」
「まあ、そういう約束ですからね」
ゲインがご機嫌窺いとばかりに視線を投げてきた。話のなりゆきからこうなることは分かっていたが、ただ快諾するのも面白くないため、アシュレイは指を一本立てて貸しであることを伝えた。
二人が連れ立って歩き出したところで背中に声がかけられる。
「待ってくれ」いましがた尋問されていた男が拘束された両腕を掲げて言った。「約束を──」
「もちろん守る。もうこれ以上はやらんよ、俺はな」
男の言葉を遮ってゲインが告げた。ウィレット、ダン、それから農具を持った住民達に視線を送る。
賊どもは声を張り上げた。糞野郎。裏切り者め。殺してやる。
「ここまでやっちまうと庇い立てはできない」
「仕方なかったんだ。なあ、俺たちは戦友だろう?」臓腑を捻って搾り出したような哀願の声。「俺たちはあんたと同じように勇敢に戦った。言われたとおり敵を殺した。頼むよ」
ゲインは振り返らなかった。
叫喚。罵声。脱走兵たちは泣きながら小便を漏らす。叫びながら糞を漏らす。何度かの鈍い音。何度かの短い悲鳴。
そのうち声は聞こえなくなった。鈍い音はまだ続いていた。
アシュレイは隣を歩く男の顔を覗き込んで、言った。
「代わってやろうかと聞いただろうに」
「余計なお世話だ。ほっといてくれ」




