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war game  作者: ウンコマン
GlitchMan
20/30

7-4

 アシュレイは所定の退避地点から、目の前で繰り広げられる一方的な虐殺を観察していた。

 

 その日も集落の風下に陣取って木陰に身を寄せていたアシュレイは、夜風に乗って流れてきた臭いに顔をしかめた。濃い汗と垢の臭い。不快な臭いだった。人の気配のない暗闇とささやかな虫の鳴き声で作り上げられていた静謐な空間が台無しにされる。

 半ば八つ当たりのような衝動をこらえ、アシュレイは耳を澄ました。近くから物音は聞こえてこなかった。集落を挟んだ反対側から臭いが流れて来ている、そう判断して全力で駆け出した。

 

 昼間は自発的に協力を申し出た僅かな見張りがいるが、今は外を出歩いている住民は一人もいない。夜はできるだけ家の中に隠れているようにと伝えていた。

 家の隙間を縫って闇の中を駆け抜ける。臭いが流れてくるほうを目指して中央を一直線に突き抜けるように集落を横切った。外縁部の手前に土嚢の代用として作らせた土の山が見える。そこに身を隠す。

 

 不快な臭いは強くなる。草木を踏み潰す大勢の足音。不規則な地面の振動。土山の陰から前方を覗き見ると、こちらへ向かってくる集団が確認できた。

 

 暗視により人数を把握する。三十に届くかという数。想定の範囲内だったが、やはり多い。それが目を血走らせ、息を荒げている様は異様な迫力に満ちていた。もし、月明かりしかなかったとしても、そこに何かが蠢いていると分かるほどには。

 

 アシュレイは落ち着き払った動作で革帯の小物入れから獣散らしの笛を取り出した。口にあて、勢いよく鳴らす。

 耳をつんざく高音が辺りに響き渡った。暫く待ち、もう一度。集落の隅々までとはいかなくとも、ゲインの待機している家には届いているはずだった。

 

 賊の何人かは笛の音を不信がって足を止めた様子だったが、大多数は意に介した様子もなく走り続けていた。間抜けが居眠りしていないことを願いながら、もう何度か鳴らす。

 地面の振動がだんだんと大きくなる。もうどれほどの距離もなかった。焦れたアシュレイの手が弓にかかった矢先、ようやく光の雨が降ってきた。あらかじめ決めていた通り、アシュレイの隠れた土山だけをきれいに避けて光球は飛来する。

 

 匪賊どもをどう撃退するかについては事前に住民も含めて綿密な相談をしていた。地形の把握は当然として、夜襲に対する備えだけでなく、もし昼に襲撃された場合を想定しての訓練じみたことも繰り返し行った。笛を鳴らし、住民が手早く避難できるようになるまで何度も。

 神経質なまでに指示を飛ばすゲインに対して初めは鬱陶しさを隠しきれない様子の住民たちだったが、いざ当人が奇跡を披露してみせると、その表情は驚愕と歓喜で埋め尽くされた。二度、三度と続けられる内に、そこに畏怖が加わった。アシュレイも例外ではない。

 

 光は執拗に、いつまでも降り続ける。なぎ倒し、追い討ちをかけ、ほんの僅かな抵抗すら許そうとはしない。おびただしい破壊。それをもたらしている本人は遥か遠くにいて、恐らくは身じろぎ一つしていない。確かに本人の言ったとおり、策などというものではなかった。一方的に、ただ力任せに叩き伏せているだけだ。

 

 随分と簡単に殺してくれている。

 

 アシュレイは我知らず表情を歪めていた。賊どもは先ほどまで確かに夜闇から浮かび上がるほどの威圧感と存在感を放っていたはずだったが、もはや跡形も無い。暴力という嵐に翻弄され乱れ散る木の葉のようだった。

 

 もはや反抗の意思など見られなかった。立ち向かって来ようとしている者などひとりもいない。アシュレイはもうひとつの笛を吹き、撃退、終了の合図を送った。

 闇夜をまばゆく照らしていた光が止み、周囲は再び薄闇に包まれる。

 

 アシュレイは土山に隠していた縄を手に、ゆっくりと倒れた賊どもに近寄った。

 全員が全員、薄汚れている。髪は脂で固まり、伸び放題の髭で顔面が覆われているせいで誰も彼もが同じような顔に見えた。長く野ざらしだったと思われる衣服はところどころが擦り切れて穴が空いており、武装はしていたが、刃は欠け、手入れもされていない。敗残兵という言葉がぴったりあてはまる。

 

 目論見どおり、何人かは生きていることを確認する。苦痛に泣き、あえぎ、地面をのた打ち回っていた。素早く近寄り、比較的軽傷な者を選んで手足を縛る。

 

 不意にアシュレイの耳が異音を察知した。死んだと思っていた賊のうち一人が、急に起き上がって懐から何かを掴み出していた。

 うめき声にかき消されて鼓動を聞き逃していた。アシュレイは縄の束を放り捨て、矢筒から一本抜いて弓に番える。

 

 賊の方が一瞬早かった。「閃槍」男が呟くと、手にした何かから煌々と燃え盛る火塊が射出された。アシュレイは地を這うように横に飛び、火を避けながら矢を放つ。

 

 眉間を貫かれた男は膝から崩れ落ちた。アシュレイは転がって起き上がり、背後を振り返って火塊の行き先を確認する。火球は民家の近くに生えた一本の大木に衝突すると、弾け、火の粉を撒き散らしてその全てを炎で包み込んだ。

 民家の屋根に火が燃え移る。中には人がいるはずだった。


 避難を促すためにアシュレイは走り寄った。扉に手をかけ、錠がかかっていることに気づき、中に向けて大声を上げようとしたところで──唐突に吹いた横風にあおられて地面を転がった。

 殴りつけるような強風を地面に伏せて耐える。

 風は強いだけではない。まるで寒風のように冷たくもあった。月明かりできらきらと光るもの、氷が混じっている。


 突如現れた吹雪が民家を中心にして吹き荒れた。古い家屋がぎしぎしと軋み、炎が上から塗りつぶされる。

 アシュレイは風が収まったことを確認して立ち上がり、服に付いた氷を払い落とした。


 「悪いな、巻き込んだか」


 ゲインが槍を肩におぼつかない足取りで現れた。


 「あんたの仕業か、多芸なことだ。ところで──」ゲインの目じりと鼻に乾いた赤い筋が見られた。「その顔はどうした。転びでもしたのか?」

 「気にするな。それより賊はどうした。逃げられるぞ」

 「心配には及ばない」


 いまのどさくさに紛れて逃げ出した者がいないかは確認済みだった。離れていく音と臭い、地面の足跡、どちらもない。全員が倒れ伏したままだ。

 アシュレイは脳天を矢で貫いて殺した男に歩み寄った。その手に握り締めているものを剥ぎ取る。

 ただの紙切れだった。紙面には規則性のある複雑な紋様が描かれており、中央に小さな金属片が貼り付けてあった。半島の公用語による文章も細かく併記されている。男の体を検めると、同じものが何枚も出てきた。


 「そいつを渡してもらえないか?」

 アシュレイの手の中のものを指し示してゲインが言った。

 「これは何だ? 」

 「大したものじゃない」

 「なら、僕が持っていても構わないな」


 アシュレイは紙束を相手に見えるようにひらつかせてから上着の内に収めると、地面から縄を拾い上げて賊の捕縛を再開した。


 ゲインが肩を竦める。「そいつは魔道具だ。知ってるか?」

 「馬鹿にするなよ。だが、こんな形状をしているものは初めて見た」

 「最近作られた。原理は今までのものとほぼ同じだ。誰かが使った奇跡を代理で行使するってだけだよ」

アシュレイが沈黙で続きを促すと、いかにも億劫だといった具合にゲインは首を鳴らした。

 「既存の魔道具と違って、かかる費用が段違いに安い。その上、ほとんど誰にでも使える。奇跡とは無縁の只人にさえな。その代わり、大体は使い切りだ。もって二、三回が限度だな」


 声と臭いに嘘はない。「誰でもと言ったが、僕にも使えるのか?」


 ゲインが無言で手を伸ばした。アシュレイは紙束を取り出して手渡す。ゲインは紙面を隅から隅まで眺め、何枚かめくったのちに言った。


 「こいつは初期に作られたもののようだから、そうだな、多分、所属が違うお前さんでも使えるんじゃないか? ちょいとこつはいるが、もともと奇跡が使えるなら造作もないはずだ。説明書きの通りにやればいい」

 「作られた時期と使える人種がどうして関係する?」

 「初めは便利だろうってことで、使い易さを考えてそうなってたのさ。だが案の定、良からぬ事に用いられて、少なくない被害が出た。それからは事前に登録した特定の人間にしか使えない、責任者の許可がないと使えない、といった具合に段階的に制限がかけられていった」

 「詳しいじゃないか」

 「軍で研究されていた技術だ。ちょっとばかり関わりがあっただけだ」


 言いながら、石突きを誰も居ないところに向けた。ややあってそこに小さな火種が発生し、瞬く間に大きな火柱になる。ゲインはごみくずを扱うように紙束を火にくべた。


 「話を聞く限りでは価値のある代物のようだが」

 「いまさらだろうが、一応は機密扱いだったんでな。義理くらいは果たしておきたい」ゲインは紙が灰になる様子を遠い目で眺めている。


 アシュレイは最後のひとりを縛り上げた。ほとんどが気絶するか死んでいるかであったため、大した手間はかからなかった。


 「義理、ね。こいつらが持っていたということは、つまり、あんたのお仲間というわけか」

 「どうにもそうらしい」乾いた笑い。それからゲインは唐突に表情を引き締めた。「ああ、女を攫ってるって話だったが」

 「少なくとも辺りにはいないようだ。連れて来ていないのだろうな」まだ生きているとすればだが、とはアシュレイは口にしなかった。

 「巻き添えにしなくてよかったよ」


 安堵の声。住民や自分たちの安全を考えると、恐らくはこれが最善だったのだろう。


 「しかし、いやにはっきり断言するな」ゲインが顎をさすって訝しむ。「もう辺り一帯を調べてきたのか? いくらなんでも早すぎる気がするんだが」

 「もちろん違う」

 「種を明かしてくれよ。俺も色々話しただろう」

 「その見返りはもう渡したはずだがな」

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