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war game  作者: ウンコマン
GlitchMan
19/30

7-3

 資質があると評されたのは、徴兵時の簡単な検査でのことだった。


 健康状態と識字の有無を確認された後、とにかく人数を収容できることを目的としたような、簡素でだだっ広い場所に集められた。乳白色の漆喰が塗りたくられた壁に囲まれた部屋の一番奥には、赤褐色の金属板が置かれた台が据えられてあった。


 「これより君たちの信心を確かめる」


 軍装に身を包みいくつもの徽章をぶら下げたやけに剣呑な顔つきをした係の者が、冗談めかした調子で整列を命じてきた。

 事情に通じた何人かはそれで得心したようだったが、ゲインには何が行われるのか皆目検討がつかず、とりあえず周りに倣って列の最後尾付近に並んだ。

 係員は机の金属板に手を触れるよう命令し、先頭の人間が言われたとおりにする。係員が板をちらりと見やる。それから部屋を出るよう言い渡し、次の人間を呼び寄せる。


 退出者が数十人を超えたところで金属板に変化が現れた。青白く、ほのかに光を放っていた。


 僅かにどよめきが起こる。直接手を触れている男の動揺は、その比ではなかった。係員は笑みを浮かべ、いま検査中の男に退出ではなく別室への移動を命じた。男は暫く視線を泳がせていたが、周囲の雰囲気と係員の迫力に飲まれ、入ってきたところとは別の扉に向かって歩いていった。その背中から視線を外して係員は次の人間に前に出るように告げる。


 一見なんのことはない検査のように見えたが、ゲインは嫌な予感がしていた。故郷の村の集会で、未成年だけが集められた際に自分が一番の年嵩だったときのような。言い換えるなら、貧乏くじを引かされるときの感覚。


 そうこうしているうちに自分の順番が回ってきた。部屋中に集められた数百人は残すところ数人となっている。係員が良く通る声を上げ、威厳のある表情でゲインを見据えた。

 記憶している限り光ったのはたった二、三度だった。そう自分に言い聞かせ、観念して前に出る。金属板に手を置いた。

 それは当然のように光を放っていた。落胆がゲインの心を支配する。光は遠目に見たものよりやけに強いものに思えた。


 係員は僅かに眉を顰め、それからやはり笑みを浮かべて行き先を指差した。ゲインは先ほど感じた不吉なものが間違っていないことを確信する。係員は口元だけで笑っていた。


 別室には二、三十席程度の椅子が用意されていた。つまり部屋はがらがらで、先に通された者達がぽつりぽつりと思い思いの場所に座っていた。そして一様に緊張した面持ちで前を向いていた。ゲインは悪童としての経験から、やる気があると思われないよう、そして悪目立ちもしないような位置に腰を下ろした。


 暫くして、先ほどの係員と同じ軍装に身を包んだ人物が入室してきた。この様な場所に似つかわしくないほど見目麗しい女。思わず唖然とした。それ自体が輝いているような淡紫の髪を後ろで縛り、眠たげにも見える琥珀色の瞳は怜悧な光を湛えていた。


 おめでとう、先ほどの検査の報告は受けている。君たちには神と繋がる才能があり、通常とは異なる訓練、教育を受けてもらうことになる。結果如何では士官としての道も開けている。無論、君たちが望めばの話だが。

 女は男性的な口調で語る。相反するような艶やかな微笑み。ささやかな抵抗は意味を成さなかった。その視線は強くゲインに注がれており、先ほどの嫌な予感はある種の諦念へと変わっていた。



 鳥の鳴き声にも似た甲高い音が鳴り、ゲインは我に返った。


 集落に到着して三日目の、払暁の少し手前。

 寝台に横になった状態で目を瞑っていたゲインは、跳ねるように起き上がって、近くに立てかけていた槍を掴んだ。首を回し、瞼を擦って眠気を払う。


 甲高い音は断続的に聞こえ続けている。敵を発見した際に鳴らす手はずになっていた笛の音だった。住民達もこの音に気付いていることを祈った。そうでなくとも、夜の間は家から出ないよう言い含めている。巻き込まないために。後で言い訳が立つように。


 家の戸を開け放って外に出る。真夜中ほどではないが辺りは薄暗く、視界は十分ではなかった。それはこのさい問題ではない。敵が接近していることさえ分かれば問題はない。警戒を受け持った昼間に何度となく出歩き、家の位置から地面の隆起の具合までも頭に叩き込んでいる。地形の把握は十分だった。


 やるか、と誰ともなしに呟き、短槍を構えた。穂先は後ろを向いている。前に向けているのは石突きの部分、そこに嵌められた補助器具としての紅玉だった。


 ゲインは大気と大地から星髄を吸い上げる。ゆっくりと。生命の奔流が不可思議な酩酊感となって体中に行き渡る。甘く、濃厚な、水を加えていない原酒を飲んでいるような気分。高揚感。万能感。後者は単なる錯覚でしかないと自分に言い聞かせ、身体中を巡る星髄を慎重に神気に変換した。


 回収。変換。全て自分に下賜する。酔いが回り、体が熱を帯び始めた。


 十分の一を消費して光導索を発現。

 腕を経由させ、柄から石突きまでの杖になった部分から奇跡にして放出する。星の法則が侵食され、こぶし大の光り輝く球状の物体が次々と現れた。それらはゲインの周りを規則正しく周回し始める。


 急かすように何度も笛が鳴る。

 どこぞにいるアシュレイに対して慌てるなと胸中でなだめ、慎重に慎重を重ねて星髄の吸い上げと神気への変換、奇跡としての発現を繰り返す。


 展開した光球が百に届くかというところでゲインは全てを解き放った。それらは尾を引きながら四方八方へと一斉に飛び散っていく。

 光球はきれいに民家を避けていた。そのようにゲインが軌道を定めている。過たず、光は狭い集落を縫うように飛んだ。


 最初の光導索が飛び去ってすぐ、どこか見えないほど遠くで何か硬いものに衝突する音が微かに聞こえた。木。岩。あるいは人。山の鳥どもが異変を察知し、木の葉を盛大に揺らしながらけたたましい鳴き声を上げて飛び散っていく。


 ゲインはすぐさま次弾を展開した。十分の一を消費。初弾は大人の胸の高さを狙ってのものだったが、二発目は膝の辺りに高度を定めて発射を行った。


 斉射三回目。十分の一を消費。ある程度進んだ後に交差するよう、横方向に軌道に変化を付けて飛ばした。


 斉射四回目。十分の一を消費。山なりの軌道から急降下するように指定し、地面に伏せて難を逃れた相手を想定して発射を行った。


 五回目。六回目。七回目。八回目。九回目。十回目。間断なく追撃を行った。神気を使い切ったため、再び星髄を回収する。変換。酔いが回って眩暈がし、たたらを踏んだ。下賜。発現。同じことを同じ回数だけ繰り返した。単調な作業。負荷で鼻から血が垂れ落ちる。


 先ほどとは違う、野太い獣の吠え声のような音が鳴り響いた。

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