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war game  作者: ウンコマン
GlitchMan
15/30

6-2

 「ダン」

 ウィレットが席を立ち、やや咎めるような声音で男の名を呼んだ。

 

 「いや、構いませんよ。気になるのは当然でしょう」ゲインも立ち上がる。「細かい部分については、また話しに来ます。それじゃあ、寝床の場所を教えてもらえますか?」

 「ダン、バロウ夫妻の家に案内して差し上げなさい」

 ダンと呼ばれた男が眉をひそめる。「あそこですか」

 「空いているところはそこだけだ」

 「分かりました」いかにも不承不承といった様子。


 ゲインが軽く頭を下げて家を出る。アシュレイも壁から背を離してそれに続いた。


 「しかし、街の近くとは言わんが、もう少しまともな場所を選んでもいいと思うがね」


 ダンを先頭に夕暮れの中を歩きながらゲインが言った。遠くでは夕日で影になった鳥が群れをなし、場違いにも思えるほど間延びした鳴き声を上げている。

 

 「選べればそうしたんですがね。使徒様、あちらがそうです」ダンは少し先にある民家を指差した。

 「使徒様、じゃなくてゲインだ」

 ダンは目を丸くしたあと、皮肉屋の笑みを浮かべた。「ダンだ」

 「聞いたよ。そっちはアシュレイ」

 

 アシュレイは口を開かなかったが、相手はそれを好意的に受け取り苦笑を浮かべた。

 

 「この辺りはもともと炭焼き小屋やら陶窯やらがあって、人が住んでたんだよ。まあ、ウィレット爺さんの親父の代までしか使ってなかったそうだが。少し手を入れたんだ。何も無いところを切り開いたわけじゃない」

 「まあ、そりゃそうか。住居を作るなんて簡単にはできないよな」

 

 確かに目にした建物はどれも年季の入ったものだった。昨日や今日建てたとは思えない。

 

 「かなり古臭いが、寝起きする分には問題ないよ。野宿するよりはよっぽどいい。女子供にはきついからな、あれは」

 「そうだな」

 

 アシュレイの耳はゲインの呼吸が少し早まっていること感知した。理由は分からなかったが、いまのやり取りでゲインは僅かに苦しみを覚えている。

 

 「ここだ」家の前まで辿り着く。ダンが戸を開けて入るように促した。「余り物があったら持ってくるよ」

 「血の臭いがするな」

 

 アシュレイが鼻をひくつかせながら呟いた。ダンが溜息をつく。

 

 「念入りに掃除はしたんだがね。野盗に押し入られるまでは、別の人たちが使っていたんだ」

 「バロウ夫妻?」

 「そう。それと、両親を亡くした娘さんが同居していた。家屋の数が足りないから、複数の家族が共同で使ってるんだ」

 「元の住人は?」

 「夫妻は殺された。娘さんの方はそのとき」

 ダンが言葉に詰まる。

 「聞いている。一人、攫われたそうだな」

 「まだ暗いうちに悲鳴が聞こえて駆けつけたんだが、間に合わなかった。家の中はひどい有様だったよ。赤い絵の具がぶちまけられたみたいだった」ダンの表情には無力感とやるせなさがありありと浮かんでいる。「人の良い夫婦だったし、良い娘さんだったんだ。本当に」

 

 

 徐々に小さくなる背中を見送ったあと、二人はあてがわれた空き家に入った。一見、惨劇の後とは思えないほど片付けられている。

 

 「方策を聞かせてもらおうか。引き受けたからには勝算があるんだろう?」

 

 換気のために戸を開け放ったまま、アシュレイは手近な椅子に腰を下ろす。鋭敏化した嗅覚のせいで少し息苦しい。

 

 「策なんてもんじゃない。どっちかっていうと手品の種だが……後で話す。歩き疲れたから、少し休ませてもらってもいいか?」

 

 ゲインは荷物を適当な場所に置いてから寝台に腰を下ろした。辛うじて家の形をした建物。個室などといった贅沢なものは存在しない。入ってすぐが居室で、寝室だった。中央にはテーブルと椅子、端には前の住人の数と一致する三つの寝台。

 

 「随分向こうに気を使った条件だったな」アシュレイが言った。

 「同意してくれたもんだと思ってたが」

 「別に不満があるわけじゃない。意外だっただけだ」

 「意外ねえ。そんなにがめつく見えるか?」

 

 主張の強い眉目を捻じ曲げながらゲインが顎をさすった。薄暗いせいで人相の悪さが際立っている。近くに殴れそうな手ごろな相手がいないか探しているようにも見えた。

 

 「爺さんにも言ったとおり、気が向かないってだけだ。働かずに金銭を受け取るのも気分が悪い、それだけの話だよ。気分が良くなけりゃあ、意味がない」

 

 慈悲か憐憫かは分からないが、その声と態度に嘘は無かった。

 

 「ここまで徒歩だったし、経費分はもらう約束をした。それもせいぜい持ってきた携帯食料の分くらいだろうがな。どうせ街に滞在中は暇だったわけだし、損なんてないだろう。それとも、お前さんとしてはもう少し絞り取りたかったのか?」

 「いいや。逆に、吹っかけたら口を挟もうと思っていた」

 ゲインが眉を上下させる。「金が目当てで付いて来たんだと思ってたんだが」

 「必要な分だけあればいい。あんたこそ、借金とやらはいいのか?」

 「よくねえが、別に大金持ちになりたいわけじゃないんだよ」


 不貞腐れたように言って、ゲインは横になる。


 「まあ、俺のことはいい。そっちこそ、何でこんなところまで付いてきたんだ?」

 「思うところがあった。もちろん報酬も目当てだが」正当な額の、と付け加える。

 「ひとの趣味に口を挟む気はないから何でもいいがね。とりあえずは哨戒のほうを頼むぜ。悪いが今からやってもらいたい」

 そう来るだろうと思っていたアシュレイは了解した。「分かってる。だが、いくらなんでも四六時中は無理だぞ」

 「ああ。お前さんは暗くなってから明け方までをやってくれ」

 「理由は? あんたが楽をしたいからか?」

 「そんな阿呆な理由で仕事を振るかよ。奇襲をするなら断然、夜だ。俺が賊ならそうする。そりゃあ昼間と比べるもんじゃないが、これから数日は月が二つ出るから、夜でも視界にそこまで不安はない。だから、そっちが夜だ」

 

 ある種の信頼が込められたゲインの声音。人を使うのは上手いようだ。

 

 最長で七日。体力に関しては問題ない。周辺の警戒を行う程度であれば、神気の消費もそう大したものにはならないだろう。アシュレイは納得して頷いてみせたが、相手はすでに目を瞑っていた。声もどことなく気が抜けている。反論が上がらないことを承諾と受け取ったのか、ゲインはそのまま続ける。

 

 「日中は俺がやる。あとはまあ、集落の連中からも歩哨を募って、苦労してもらおう」

 「概ね異論はないが、数を頼りに昼間に来るかもしれないぞ」

 「そうだな。襲ってきたのは四、五人って話だったが、それが全員ってわけでもないだろう。ただ、昼ならそれこそ俺一人で十分だよ」多分な、と付け加える。

 

 普通に考えれば放言の類だったが、やはりこれも嘘ではない。声に自信が付随している。その理由が気にかかった。正確なところを言えば興味があった。ここまでのこのこついて来た理由のひとつでもある。

 

 「相手に僕のような手合いがいたらどうする?」

 「そればっかりはどうにもならん」

 

 あまりにもあっさり言い切られたのでアシュレイは非難する気にもならなかった。

 

 「無責任だな」

 「出来もしないことに責任を持つほうが無責任なのさ。もちろん、やるだけはやる。まあ、加護を受けた信徒なんぞそれほど珍しいわけじゃないが、使徒と認められるほど力のある、となると話は別だ。滅多にいない」

 

 加護を得て奇跡を起こすには、自らが仕える神にそれを下賜される必要があった。そこに至るまでの方法や手続きは神によって様々だ。

 

 「あんたの国ではどうなってるんだ?」

 

 そう尋ねると、ゲインは少し考え込み、やがて口を開いた。

 

 「本人の資質次第だが、基本的に人の手による審査が存在する。簡単なものでは所属する組織による人物評価に始まって、ものによっては中央議会の承認を得る必要すらある。一例だが、訓練を経て正式にカルマムルの軍人となった信徒の中で適正のある者には加護による体力の増強が行われるが、その効果は気持ち疲れ難くなるといった程度のものでしかない。おおむね、認可を受ける難度に効果が比例しているわけだ。一部の例外を除いて、強大な力を振るうためにはそれ相応の資格や実績が必要になる」

 

 地位も名誉もある人物。「賊なんぞに身をやつすことはない、と」

 「ああ。小耳に挟んだ話じゃ、サルタナも大体同じようなものらしい」

 

 言外に所属を聞かれていたが、アシュレイは無言を返答にした。相手の方もどうでもいいとばかりに続ける。

 

 「とにかくだ、奇襲を察知して先手が取れたらどうにかなる」

 「その根拠は?」

 「後で見せる。どうせ住人へ説明をしなきゃならんからな」

 「そうか。なら、好きにするといい。あんたがしくじったら、僕がどうにかしよう」

 「頼もしいね」

 「今夜のうちに襲ってこないことを祈っておくんだな」

 「そうしとくよ。悪いが、先に休ませてもらうぜ。何かあったら叩き起こしてくれ」

 「もうひとつ。七日で何も起こらなかったらどうする?」

 「そのときは間抜け面して手ぶらで帰ればいいだけだ。痛くも痒くもない」

 

 最後のほうは声が間延びしていた。やがて寝息が聞こえ始める。アシュレイは周辺の警戒を行うため外に出て、音を立てないようゆっくりと扉を閉めた。

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