プロローグ1
暑い、熱い。
燃え盛っている赤い炎が村すべてを包みこんでいる。
数分の出来事でここまで火が広がったのには絶望しかなかった。
遡ると、少し前。
自然が豊かで逆を言えば発展している都会と比べたらど田舎の辺境に住んでいる夫婦と一人の娘は穏やかに暮らしていた。
「お母さん!今日ね、お隣のロコちゃんとお花摘んできたの。それでねお花の冠作ったの!これねお母さんにあげるの。―――はい!」
「わあ、素敵ね!ありがとう」
母はお礼とばかりにおでこにキスをしてくれる。
「えへへ、くすぐったいよ」
その時ザクッっと芝生を踏む音がして一人の男が近寄ってくる。
「あ!ずるいな~。リオちゃん、俺にも~」
「いや」
仕事帰りの父は母に甘えようとしてバッサリと切られ項垂れる。
「お父さん!チュウなら私がやるの」
「本当に?じゃあお願いします」
父は目の前でしゃがむ。
しゃがんではくれたが届きそうになかったので精一杯背伸びしてやっと頬っぺたにとどくほどだ。
足をプルプルさせながら軽くキスをすると父はにこりと笑った。
「ありがと~。あ~、疲れ吹っ飛んだわ~」
「じゃあまたお仕事行ってきたら?」
父は私をガシリと抱き抱える。
「いやです」
「あら、残念」
何気ない、いつもの会話だが自然と笑顔になれるのは家族だからだろう。
「今日の晩御飯は…」
母がそう言ったところで遮るように男が話かけてくる。
「大変だ、村に魔物が向かって来てる!しかも数十体!大型だ」
「なに?」
父は顔をしかめる。
「見回りの時は居なかったんだけどな…。しゃあない、晩御飯はもう一仕事してからだな。」
魔物は危険な動物だ。
個体差はあるが普通の動物に比べて力も強いし、頭もいい。
大型の魔物ということは象ほどの大きさがあるということだ。
はっきりいってこんな小さな村にはそれほどの魔物を退治出来るほどの力はない。
私はとても不安になって父の服の端を掴んだ。
「なんだ?心配か?大丈夫だぞ、父さん超強いし」
大きな手が優しく撫でてくる。
「そうだな、もしもの時は絶望せずに生きることだけ考えとけよ。生きてれば絶対いいことあるからな。多分。俺はそうだった、なぁリオ」
「うふふ、そうねぇ~。まあ貴方が負けるとは思わないけどね。帰って来ないとお説教なんだからね」
父はそれを聞いて苦笑いをする。
「うん。帰ってきてね、お父さん」
「ああ」
穏やかに、今まで見たなかで一番静かに微笑んだ両親を見たのが最後だった。
結局は、負けたのだ。
父は強いが、一人のBランクの冒険者に過ぎない。
そもそも、Bランクの冒険者が大型の魔物を討伐出来るほどの力があるわけでもない。
それでも父は戦いに行ったのだ、私たちを守るために。
――――逃げなきゃ。
逃げて生きるのだ。
約束したのだから。
私は母の元へと急いだ。
もうすでにかなり火が回っており、何件も家が燃えていた。
この分ならまだ家は燃えていないだろうが、急がないと家では母が待っている。
魔物は何処まで迫ってきているのだろうか。
大型は逃げようと思えば子供の私が走っても逃げれるのでかなり足は遅い
。
歩くスピードが遅いのだ。
用は、走る必要が無いから走らないのだ。
大型の魔物にとってひ弱な人間なんて蟻みたいな存在。
逃げ惑う蟻をわざわざ走って追いかけるか?答えは否。
人間だって強いやつはいる。
Sランク冒険者なんて良い例だ。
だが、圧倒的人数不足。
魔物より強い人間なんてほんの一握り。
そんなものなのだ。
つまり、こんな田舎に大型の魔物に対抗する術なんてないわけだ。
私は頬を叩いて気合いを入れた。
泣くな、今はやるべきことがあるだろう。
私は家の玄関を開ける前に手を止めた。
中から嫌な音が聞こえてくるのだ。
―――ガリッ、ボキッ、グチャ…。
顔が青くなっていくのを感じる。
…まさか?
私は嫌な光景を想像してしまう。
手が震える、助けないといけないのに。
意を決して私は静かに扉を開きリビングを覗く。
するとそこには今一番見たくなかった光景が広がっていた。
―――血まみれの母と、中型小型の魔物たち。
「お、お母さ…」
思わず声に出してしまった。
それが聞こえたのか魔物の一体がこっちを見る。
「!?」
しまった、そう思った時には勝手に足が動いていた。
そして私は衣装部屋の狭い隙間に潜り込んだ。
―――あぁ、弱いな私。
助けたかったのに。
目が合っただけで怖くなって逃げてきてしまった。
これでよかったんだろうか?
私はもっと違うことがしたかったはずだ。
自分に負けたんだ、あの魔物にも負けたんだ。
なんて惨めなんだろう。
それでも生きたいと思うのは何故なんだろう。
こんなにも胸は痛いのに。
『生きてれば絶対いいことあるからな。』
ふと、父の言葉が浮かぶ。
あぁそうか。
私は期待してるんだ、生きることに。
自然と涙が込み上げてくる。
「…うっ…ひっく…、お父さん、お母さん…」
あの魔物たちは私を探しているだろうか、それともまた次の誰かを襲っているのだろうか。
にげなきゃいけない。
約束したんだ、生きるって。
私は無力だ。
魔物と戦うための力はない。
寧ろ足手まといだ、ただ魔物の餌になるだけ。
だから逃げるんだ。
そして手にいれよう、誰かを守るための力を。
そう、決意を胸に焼き付けた。
「本当にここにいるの?」
「ああ、金髪の少女だ」
声がした。
人間の男性の声だ。
…助けが来た?
一瞬そう思ったが、敵かもしれないと飛び出すのはやめにした。
体力がほとんど尽きかけてる今、下手に動くのは得策じゃない。
私は服のなかに息を潜めた。
やって来たのは三人の白い服装の男性だった。
知らない顔、見たこともない服装。
間違いなく村人ではなかった。
敵?それとも味方?
後者は最高だが、前者だったら最悪だ。
ぶっちゃけ、こんな辺境の小さな村を助けてくれる人なんて、お人好しじゃない限りあり得ない。
魔物だったらまだ逃げれる可能性はあるけれど人間だったら絶対に逃げられない、殺される。
三人組はすぐそこまで迫ってきていた。
ゆっくりと近づいて来る、そのたびにドキドキした。
私は目をギュッと結び時が過ぎるのを待った。
「おい、いるか?」
「んー、確かにこの家に入っていったんだけど」