死神の温度 いじめを苦に自殺した少女の話
「あなたは12時30分に亡くなりました」
真っ暗闇の中、私はそう話し掛けられた。
声のした方に目をやると、私と同じくらいの男の子は年齢にしては不相応なスーツを着ていて手には白い手袋をしている。その手には金色の懐中時計だろうか。それを持っているらしかった。
「俺は死神です。あなたの願い事を1つだけ叶えます。願い事はなんですか?」
私の通う中学校はいわゆるマンモス校で生徒数は多かった。
私たちの世界はこの小さな教室で構成されていて、その中で少しでも異質なことをすると除外されるシステムだ。他の誰かを攻撃することで自分はやられないようにするという間違った行為がまかり通っている。誰も彼も教師すら見てみないふりをし続けている。
私は入学して、それは突然に起こった。そう、なんの前触れもなく。さながら、ゲリラ豪雨のように。かといって、ゲリラ豪雨のように終わることはなかったのだけれど。
私がなにか話す度に周りがクスクスと笑っていたり、物が無くなったりした。物が無くなるのは別として笑われるのは私の気のせいなのだと思っていた。でも授業中、間違ったことを答えたときに私は確信した。みんな明らかに私のことを笑っていると。それから私がなにか答えると合っていようが間違っていようが笑っていた。
授業中は誰かと話すわけではないから平気だったが特に誰かとペアを作らなければならないときが一番苦痛だった。クラスには誰1人、私と組みたい人はいない。だからいつも余った人同士で組むのだがだからといって友達になれるわけでもなかった。当然のことだと思う。まだいじめの対象でないだけで私がいなくなったら自分もいじめられると感じているから私の味方にならないだけなのだ。
教室にいても私はいないものとして扱われるようになってきた頃から物が無くなったりした。最初は、シャープペンや消ゴムといった小さなものだったが段々と靴やジャージといったものに変わっていった。靴が無くなったときは泣きながら上履きで帰ったこともあった。誰かにいじめられているなんて両親に言えるはずもなかった。それは恥ずかしいからなのかみんなに否定されてきた毎日だったからこれ以上、否定されなくないという思いからなのかもしれない。だから私のこの悩みは誰1人言えずにいた。
それから私は毎日、上履きやジャージは持ち帰るようにした。無くなったからといってそう簡単に新しいものを買ってもらえるはずもないし自分のお小遣いでまかなえるはずもなかったからだった。
朝、教室に行くと机に落書きが必ずといっていいほどされていてそれを消すのは一苦労だった。それから私は、誰よりも早く教室に行くことにした。
私しかいない教室はどこかひんやりとしていて窓から生徒たちか登校する様子をただぼんやりと見ながらこのまま誰も来なければいいのにと思っていた。そんな時に1人のクラスメイトが来た。
私と目が合った瞬間、嫌そうな顔をして気まずかったのかそそくさと教室から出ていった。次の日、そのクラスメイトは同じ時間に登校してくることはなかった。
教室では、誰とも話すことがないようにほとんど本を読んでいることが多かった。家ではなにもなかったかのように振る舞い両親に心配させないようにした。一番、聞かれて困ったことは仲のいい友達の話だった。いもしない友人の話をするほど私は子供ではなかったからいつも適当なことを言ってごまかしていた。その為か両親は私がいじめにあっていることに気がつくことはなかった。
卒業まで我慢をすれば終わると思い続けて眠る毎日。高校でもいじめられるのではという恐怖。かといって学校を休むという選択肢は私にはなかった。風邪でもないのに学校を休むのは両親に心配させるという思いもあったし、何より、自分の知らないところで何かされているのを想像しただけで虫酸が走る思いだった。
それでも、途中何度も足が止まりそうになった。このまま引き返し誰もいないところに行ってしまいたかった。でも、そんなことできるはずもない。精神的にも金銭的にも私はまだまだ子供なのだ。
すれ違い様に悪口を言われるのは日常茶飯で聞き間違いなのかと振り向いたときにはもう遅く終わったことにされている。私がなにか言おうとしても相手は悪びれもせずに何か用?と言った顔をしている。だから私は益々、何も言えなくなる。何も言わないことでことがすむのならこのまま終わりにしたかった気持ちも嘘ではない。
女のいじめは陰湿なもので暴力は少ない。陰口や無視は当たり前で段々と蝕んでいく。体の傷は治す事ができるが心の傷は治らない。治ったかと思えばそこは化膿していて、膿んでいる。どんなことでも我慢できると思っていた。でも、ふと唐突に起きた衝動。それは今までにチカチカと電球が切れそうだった時が続いていたが急に電気が点かなくなるときに似ている。
爪が食い込むほどに握り締めた拳。
自分じゃ解決できない。助けてという言葉にできない叫び。だからと言って誰にも相談できない悪循環。救いになってくれる存在があったのなら何か変わっていたのだろうか。
私が死んだところで何も変わらない。沢山、ニュースで取り上げられても数日後には別の報道に変わり世間では私が死んだことは忘れ去られる。あいつらだってそうだ。初めは悲しいフリをしていてカメラに向かって同情を誘うくだらないことを答えるに違いない。
私は体調が悪いと先生に言って保健室に行く許可をもらった。だが、私は保健室とは真逆の屋上へと向かった。
屋上は普段は施錠されているがちょっとコツがあってヘアピンで簡単に開けることができる。たまに私は忍び込んで屋上で時間を潰していたことがあったから簡単に開けることができた。
この時間は他のクラスは体育の授業はなく校庭には誰1人いない。私以外の生徒はみんな真面目に授業を受けているのだろう。
この時間なら誰にも邪魔されないと入念に計画してきた。柵を越えて思わず足元を見てしまった。特別私は、高所恐怖症ではないがあまりの高さに目がくらみそうになったが、頭を軽く振った。手を握ると心なしか指先が冷たく感じる。
ゴクリと唾を飲み込み私は学校の屋上から飛び降りた。
「もう一度、聞きます。あなたの願い事はなんですか?願い事を1つだけ叶えます」
「私の願い事は―――」
「わかりました。その願い事叶えましょう」
と言って男の子はお辞儀をして消えていった。
私は、毎日、悪夢を見る。それは、私がかつていじめていた女の夢だ。
私は、屋上にいてドアのガラスに写った姿を見てみると、顔は私ではなく何故だか分からないが、そいつの顔だった。
そして、私はゆっくりと端の方に歩いて行き柵に手を掛けまたがってそこから飛び降りた。
グシャリと肉の落ちる音が残り私は思わず悲鳴をあげた。
自分の悲鳴に目を覚まし、ひどく汗をかいている。こんな夢を見たのはあいつのせいだ。
とくに何かあっていじめていたわけじゃない。嫌がらせを受けたとか好きな人を盗られたとかじゃない。ただの暇潰しだった。
私が、そいつを無視するようになると周りも連動されたように無視するようになりそれが面白かった。
私がやっていることにどこまで耐えるか死んだ時点でゲームオーバー。次のターゲットを見つけるまでだった。
それから、私はふとした瞬間や眠りにつくたびにあいつが死んだ瞬間を今でも思いだし、脳裏に焼き付いて離れない。
そう。これはきっと私がしてしまったことへの罰なのだろう。法的に裁くことの出来ない私への呪い。これは、一生消えることのない罰なのだろう。
そして、私は今日も夢を見る。
あいつが飛び落ちる瞬間の悪夢を―――。