プロローグ
薄暗く静かな空間。時刻は深夜1時を過ぎた頃。5年程前から廃校になった校舎の中には月の光しか差し込まなかった。
その光に照らされるのは傷だらけになった廣井佑とその目の前に横たわる佑の父親だけだった。
「なあ、あんたには色々聞きたい事が山程あるんだよ。何で母さんと別れたんだ。さっきの化け物は何だよ。突然人間から変身したみたいだし、こんなに傷だらけにされてよぉ、さっきから身体中痛ってーんだよ。そしたらいきなりあんたが現れて剣で戦い始めるしよぉ。もう何が何だか分からねぇよ。...答えろよ...」
その問いに誰も答えない。
「なあ!答えろよ!あんた全部知ってるんだろ!あの化け物も別れた理由も知ってるよなあ!おい!答えろよ!」
その叫びは、こだまのように深夜の空間に響き渡る。
しかし、答えは返って来ない。
「ちきしょう、勝手にくたばってんじゃねーよ…」
横たわる親父から赤い血が止めどなく流れてくる。
俺はただその光景を眺める事しか出来なかった。
「‥‥うっ‥」
しだいに目が霞んできて、俺の意識が遠退くのが分かる。目の前の景色が歪んで見える。やばい、俺自身も血を流し過ぎたんだ。
体の力が一気に抜けて、俺は抵抗虚しく冷たいアスファルトを横に倒れてしまう。
痛みと共に凄まじい程の睡魔が佑を襲った。
このままだと直に俺も…。
ちきしょう、あんな初めて見る化け物にいきなり殺されかけて、何も知らず、分からずで死んでたまるか。
「し…死んで…死んでたまるかよ…」
最後の気力を振り絞り叫び両手に力を込めて立ち上がろうとする佑。
「うぁ…ぅああああああああああ!」
しかしその瞬間、糸が切れたカラクリ人形の様に意識と力がプッツンと途切れた。
ドサッと佑の体が再び倒れる。それを最後に佑の体はピクリとも動かなくなる。
しばらくの間、静寂が倒れる2人を包み込む。
それから1時間が過ぎようという時、血しぶきが辺り一面に広がるこの凄惨な状況にふさわしく無い程綺麗な1人の白髪の少女が2人を見下ろす。
その格好は髪の色に負けない程白銀めいた白のローブ。それ以外には何も身につけてはおらず、透き通った肌色の手脚が見えるだけ。
少女は佑を見つけるとゆっくりと歩み寄り、その場でしゃがみこむ。
そして少女は佑の髪の毛を手で掻き分け、傷だらけになった顔をあらわにする。
佑の目に生気は無い。少女は優しく目を閉じさせ、まるで包み込む様に佑の頭を撫で始める。
「あなたは…ここで果てる運命ではありません。私の罪、永遠に繰り返される私の罪…その連鎖を貴方達だけが止める事の出来る唯一の存在なのです。私はそう信じています。だから…どうか私を、私達を許して下さい…」
いつしか時は進み、新たな朝の日の光が凄惨な光景となった教室を浄化するように注がれる。