7.海の怪物
仲直りしてから、たくさん時が流れていった。
何年も何年も何年も、どのくらい時が経ったのかもうわからない。その位長い時間ここにいる。たくさんの親しい竜の死も見てきた。けど私、いや、私達は死んでいない。
美空として、私は何年もここにいる。前世の名前を何度か忘れそうになったこともある。けど、その度に夢の中に"あいつ"が出てきて、私の昔の名を呼んで、前世一緒にしたこと、話したことを思い出させてくれる。
どうして、いつも思った。もう終わったこと、お前は私のこと嫌いなんだろ? どうして私の夢に出てくる? そう問うと、すぐ答えが出る。ただ単に、私が"あいつ"に執着し過ぎているだけだ、と。青い青い空を見上げ、"あの時"を思い出す。楽しかった、辛かった、怖かった。みんな私が死んで喜んだかな。
馬鹿だな、私。誰かに頼るのは、誰かにひっ付き回るのはやめるんだろ? 何今更、前世の事なんて…。
……………自分で自分を殺したくせに。
ここでの生活は楽しい。が、私達は始まりの龍、という名を無かった事にした。伝説にはなってるけど。
何故かって? …毎回毎回、始水龍様ー! とか言われるんだぜ? すっごくお偉いさんみたく扱われるんだぜ? 竜達に。竜達に! 嬉しいっちゃ嬉しいが、ちょっと遠慮したい。いや、全力で遠慮したい。
大丈夫、新しく竜王っての置いといたから。この世界をまとめてくれてるから。私達が始まりの龍として、いなくたって大丈夫。多分。責任は取るつもりない。絶対に。
ある日私は、内緒で遠出して地球の海の方まで行っていた。そう、我が天使、リヴァイアサンに会いに。来んな、と言われているが、しつこく会いに行っているうちに、気にしなくなったらしい。悪く言えば諦めた、とリヴァさんは言っています。リヴァさん、と言うのは私がつけたあだ名的なものです。これで呼んでいいか、と聞いたらフンッ、と鼻を鳴らして自分の背に頭を乗せ、寝てしまった。
リヴァイアサン。前世は旧約聖書に出てくる、巨大な海の怪物だ。レヴィアタンとも言う。私はリヴァイアサンと言う派だ。神様が何かを創ったその五日後に創られた存在であり、ベヒモスと二頭一対、ジズ? を合わせれば三頭一対、らしい。リヴァイアサンが最強の生物と記され、ベヒモスが最高の生物と記されていた、と思う。また、悪魔としても見られたりして、七つの大罪の嫉妬を司る悪魔ともされている。
その姿は、蛇、ワニ、クジラ、竜などで描かれることが多いようだ。
性格は凶暴で冷酷、らしい。
何故私がこんなにリヴァイアサン知識があるかって? 前世好きだったんだよ。そういうの。リヴァイアサンはズバ抜けて好きだったんだぁ…。
あ、いた。
蛇のように長い巨大な竜。竜は太陽の光を受け、美しい瑠璃色の鱗は輝き、同じく美しい薄く淡い青緑色ヒレのようなものは光を帯びている。ちらり、とこちらを見る、いや、睨む鋭い目。大体の者がこの目に見つめられただけでも、腰を抜かして震えが止まらなくなるだろう。口を開けば、見るものすべてを震え上がらせるような、鋭い歯が顔を覗かせる。
「シャルルルル」
「…ダメですか?」
「シュルァァァ」
「いいじゃないですか」
聞くもの全てを圧倒する、美しくも恐ろしい声が辺りに響き渡る。
言葉を話さないリヴァさんだが、何を言いたいのか大体わかってしまう。今のは、「また来たのか、帰れ」と言われたようなものだ。勿論、帰る気なんてさらさら無い。
私が敬語で話すのは、確実に歳上であり、私にとってとてつもなく神聖な存在だからだ。
「キシャァァ!! シャルルラァ!!」
リヴァさんが吼え、こっちに水を思いっきり飛ばしてきた。「帰れ!! いい加減我に付き纏うな!!」と。消え失せろ、本気で攻撃してこないだけ、リヴァさんは優しいんだろう。
けど…。
「……」
ここまで完全に拒絶されるのは結構くるものがある。しつこく会いに来る私が悪いけど…。
「にゅう…」
へこむわぁ。
その時、リヴァさんが呟くように鳴いた。
「シャラルァ…」
「またこの流れか…」と。
「シャルル」
「ん……あ…」
寝てた。あれ? 背中に何かひんやりするものが…。
「シャラ」
「あ…!? ごめんなさい!!」
呆れたようなリヴァさんの声で私はとんでもない事に気が付いた。
い、いい今私はリヴァさんに寄りかかって寝ていたらしい。何と恐れ多い!!!!
思いっきり跳びのき、リヴァさんから離れた。そして、私ができる一番綺麗な土下座をした。
「ごめんなさいごめんなさい」
「…………」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「シャル…」
リヴァさんの戸惑った声が頭上から聞こえる。ああぁ!! 本当にごめんなさい!!!
「…シャルラ」
声が聞こえた瞬間。
リヴァさんは、自分の尾を器用に私の服に入り込ませ、私を持ち上げた。
「わっ!」
怖い怖い! 落としてください落としてくださいぃぃ。
そんな私の願いは届かず、リヴァさんは自分の顔の前まで私を持ち上げた。
食われる。直感でそう思い、目をぎゅっと瞑った。
「シャララ?」
「お前は何か勘違いをしているな?」と、リヴァさんは言った。
私は、え? と思い目を開けた。目の前にはリヴァさんの顔のどアップが…。
「シャラ、シャルリ」
「え…?」
「怒ってなどいない。また来い」リヴァさんはそう言った。確かにそう言った。
私は目を見開いた。本当に? と。
「シャルル、シャルラリラ」
「!!」
「偽りなどない。日が暮れる、もう帰れ」そう言うリヴァさん。
嬉しい! すっごく嬉しい!!
「ありがとうございます!! リヴァイアサン!!」
「シャルラ」
思わず叫んだ私に「さらばだ」少し微笑みながら言って、リヴァさんは私を下ろして海に潜って行った。
凶暴で冷酷、か。初めてあったときから思ってたけど、そんなこと全然なさそう。少なくとも私は、優しい方だと思う。
私は口角が上がるのを感じながら、りゅうの世界へ戻っていった。
こっそり部屋に戻っていたのを水希達に見つかり、みんなから怒られた。
「最近ちょこちょこ地球に行ってるみたいだが、どこに行ってるんだ?」
薫樹がボソッと聞いてきたけど。
「なーいしょっ!」
口に人差し指を当てて、シーッのポーズをして言った。
誰にも教えない私だけの大事な秘密。
それは、リヴァイアサンと仲良くなったこと。