3話 誤算
ジェフとコーラは、サンタクロースの簡単な葬式をその場で行った。
地下室の地面を手分けして掘り、彼の死体を棺桶に入れ、埋め、その場に墓を作り、アンデット化を妨げる札を張り、コーラが祈りの言葉をささげ、ことを終えた。
「わたしは西の魔界領に戻りますから大丈夫ですよ。後、願いを叶える条件として、相手側が心から願っていることでないと力は発揮されないのでお気をつけて」
黒猫のアデルはそう言って、どこか遠くへ飛んで行ってしまった。
「皆あっさりしてますね」
「そうだな」
そんなことを話しながらジェフとコーラは、帰路につく。
すでに日が沈みかけていたが、問題を起こした後なので村の宿には泊まりづらかった。
なので街道沿いの宿屋に一晩過ごすことにし、そこまで馬車で移動した。
馬車の外から風景を見る。
朧に揺れている夕陽が、なだらかな草原の絨毯をを朱色に染めあげていた。
頂上部分が白く染まっている山々に囲まれてることにより、ここら一帯を箱庭のように感じさせていた。
馬車の揺れが心地よくて眠いのか、コーラはジェフにもたれかかっていた。
起こしたら悪いと思い、ジェフは何も言わない。
しかし寝ていると思っていたコーラが声をぽつりと漏らした。
「ジェッちゃんは何でその力を受け継いたんですか?」
ジェフは首を動かし、コーラの方を向いた。起きているのなら離れろと思ったが、また景色に視線を戻した。折角精神が安定していることだし、乱すことはあるまい。
「逆に言えば、何故受け継がないという選択肢を取らなかったかだな。確かにこんな大きな力、使いこなせるとは思えない。しかしだな、一生この力を使わないという選択肢もとれるわけだ」
「つまり受け継がなかったことを後悔したくなかったということですか?」
「そうだな、いざという時に役に立つかもしれない」
「……そうですか」
コーラは納得が行ったという反応はしなかったが、話を変える。
「じゃあ、あの人が最後に言った、受け継がせる理由って理解できましたか?私にはできませんでした。最後に会いに来た人に受け継がせて世界が駄目になったらやるせないって?もっと前からちゃんと後継者を探しをしておいたらよかったじゃないですか」
「俺が思うにあれはおそらく本音であり、建前だ」
コーラはもたれかかったままジェフの顔の方向を向いた。
「……どういうことです?」
「多分……多分だがアルドーは、かなり危険な細い綱の上を歩いて来たんだろうよ。それか、不安定な石を積んできたか。最後の最後に、それを思いっきり崩したくなることだってある。もう本当はどうだったかは、わかりようはないがな。単に呆けてたのかもしれない」
「そういう方だったんですか?」
「一か月くらいの付き合いだったからなあ」
「でも、最後に崩したくなるのは理解出来る気がします」
「そうか」
その答えにジェフは危うさを感じた。
もっとも人のことは言えないが。
◇ ◇ ◇
月が出ていると野生の動物が凶暴化するので、夜は出歩かない方がいい。
昔は魔物だとかモンスターだとか言ったが、最近はその呼び方は差別用語となっていた。
予定通り、街道沿いの宿に泊めてもらう。本当に草原の真ん中にポツンとある宿で、教会に似た作りをしていた。
珍しくコーラが自分で手続きをするといっていたので、任せてみたらダブルベッドがある部屋を借りていた。ちなみに途中費用は、王女のポケットマネーからだしてもらっているので、ダブルの部屋に泊まったと知られると問題になる。
「まあいっか」
ジェフは子供のころはコーラと一緒のベッドで寝ることもあった。
何より今日一日のことで、興奮して細かいことがどうでもよくなっていた。
食事を終えた後、ジェフはとりあえず、寝袋を取り出し、地面に敷いた。
「違うでしょ!今は一緒に寝る流れでしたでしょ!」
急に興奮しだしたコーラに、ジェフは目を細めた。
もうぶり返したのか。
「どんな流れだ。いい加減子供じゃないんだし一人で眠れなくならないとやばいぞ」
「鈍い振りなんてしないでください!どうせ心臓バクバク何でしょ!」
「なんのことかわからんな」
疲れていたので、ジェフはすぐに寝袋に入った。
コーラはしばらく何か言いながらうろうろしていたが、その後文句を言いながら寝袋をジェフの隣に敷いた。
「本末転倒の極みじゃねえか。何でベッドがある部屋で二人で床に寝袋敷いてんだ」
「ジェッちゃんが悪いんですよーだ」
「じゃあ俺がベッドで寝ていいか?」
「駄目です!!」
しばらく言い合ってたが、結局疲れて二人で床の上に眠ることとなった。
◇ ◇ ◇
「ジェッちゃんは私の願いは叶えてくれないのですか?」
しばらくして、眠っているように見えたコーラが切り出した。
どこか遠くで、オオカミの遠吠えが聞こえた。
寝袋があるとはいえ、やはり床の上では寒い。
ジェフは背を向けた状態のまま答えた。
「その願いは昨日の俺でも叶えることの出来る願いか?それとも今の俺に叶えられる願いか?」
「……なんだか意地悪っぽい質問ですね。じゃあ、今のジェッちゃんで」
「じゃあて……心の底からの願いじゃないと駄目らしいぞ」
「そうですね」
「そうか」
「……何だが話を引き延ばして、はぐらかしていません?」
「……わかったよ。願いを教えてくれないか」
「私を試すんですか?」
「……どうしたお前。いつもと違う意味で面倒くさいぞ」
「……ごめんなさい」
ふとジェフの背中をコーラがつかんだ。
ジェフにはその手が震えているように感じた。
「もしかして泣いているのか?」
「……ごめんなさい。助けてほしい人がいるんです。いつも教会に御祈りに来ている子なんですけど……治らない病気なんです……」
「わかった。帰ったらその子に会いに行って願いを叶えよう」
「多分その子一度しか願いがかなえられないと知ったら、別のことに使いますよ……他人の為に」
「じゃあどうすれば」
すすり泣きが、部屋の中に響く。
「どうして私の願いを叶えてやるって言ってくれないんですか……」
「お前のことを疑ってるわけじゃあない。ただコーラは精神が不安定な所があるから、もしかしたら大きな失敗をするかもしれないと思っただけだ」
「病気を治すだけですよ……」
「それを知った悪人がコーラを利用するかもしれない」
ジャフは肩のあたりを拳で軽く殴られた。
「それジェっちゃんも同じですよね」
「俺はそこそこ強いから」
「私も強いです」
「???」
「私も強いです!」
コーラがジェフの脇腹に手を入れ、くすぐり始めた。
ジェフは身をよじり始める。
「ややややめ、やめろ!腋はやめろ!真面目な話をしているんだろ!」
「じゃあ私は強いって言ってください」
「ふふふざけんな」
しかしジェフの抵抗はむなしく、数分後コーラの手に負かされ、言いたくもない言葉を言わされたのであった。
ジェフは大きな溜息をつく。
「わかった、わかった。お前は強いよ。おやすみ」
「わかればいいんですよ。おやすみなさいジェッちゃん」
ひとしきり暴れて疲れ果てた二人は、寝袋の中でぐっすりと寝静まったのであった。
◇ ◇ ◇
「じゃ、なくて!!」
朝。
方角的に、山の上から日が昇るため、少し日の出が遅い地域であった。
高度も比較的高いために、気温が低く、起きた瞬間ジェフは身震いした。
下の階から食事の支度をする音が、薄い床を通して聞こえて来た。
「おはよう、コーラ。いい天気だな」
「昨日の話なんで途中でやめたんですか!」
「コーラは朝から元気であった。昨日の涙が嘘のようだ」
「何のモノローグですか!そしてそういうのは問題が解決した後にするものです!」
『朝っぱらからうるせえぞっ!!』
隣の部屋の人からお叱り声が聞こえた。
慌てて二人は壁に向かって謝った。
その後深呼吸をしたコーラは、ベッドの上に音を建てて座った。
「それで、結局教会の女の子は助けてくれないんですか」
ジェフは荷物の整理をしていた。
「助けるし、コーラの願いいも叶える。夜のうちに考えた。いきなり大きな力が手に入って戸惑っていたが、やっぱりお前が一番目なら安心だろ。そして一回でも使えば、力に慣れるかもしれない」
不機嫌そうだったコーラの顔は、ジェフの言葉により次第に変わっていった。
やがて、満面の笑顔に変わり、ジェフに全力で抱きついてきた。
ジェフは予想していたより、コーラの速度が速かったために、二人して部屋の床に倒れこんだ。
えへへと笑うコーラを、ジェフは下から見上げた。
「誰にも言わないって約束しろよ」
「やっぱりジェッちゃんは優しいジェッちゃんです!ありがとうございます!」
「そして何か悪人に狙われるようなことがあれば一番に相談しろよ」
「はい!」
ジェフはコーラを抱きしめたまま、背中に手を当てた。
そして力のを発動しようと、手に力を入れる。
そしてサンタクロースの真似をしていた老人の言葉を思い出す。
『この力を発動する時は強い光を発するから、注意が必要だ。
そしてこの言葉を口にしろ|夢(dream)と|懇願(desire)を』
「ドリームアンドディザイアー」
辺りを確認した後、ジェフはそう呟いた。
そして言葉と共に、コーラを淡い光が包み込んだ。力の受け渡しをした時のものと同じような光だ。
そしてすぐに光は引いていき、コーラが自分の両手を見ながら、姿を現した。
「これで願いを叶えられるようになったんですか?」
「実感はあるのか?」
「ありますね」
「じゃあできるんじゃないか?」
「そうですね。じゃあさっそく」
早速?
何が早速何だと、ジェフは嫌な予感がするのを感じた。
いや、普通に考えれば、遠距離から例の少女の病気を治すのだろう。
コーラの顔には笑顔のままジェフの方向へ振り向き、手を高く上げた。
ジェフは慌てて立ち上がろうとするも、コーラは手を前に出した。
「ジェッちゃんがゴリラになあれ!!」
「なっ!?」
間の抜けた爆発音とともに、ジェフの周りを煙が覆う。
そして開いた窓から風が吹きすさび、煙の中から一匹の獣が現れた。
体格は人間に似ている様で、また違う。全身が黒い毛で覆われていた。
人としては大柄なジェフよりさらに大きい。
くぼんだ眼窩。立体感のある口周り。長い鼻の下。
まさしくジェフの前世の記憶にあるような、ゴリラの姿そのものだった。
◇ ◇ ◇
その場に現れたゴリラ―――いや、ゴリラに姿を変えたジェフは一瞬自分に何が起こったかはわからなかった。
しかし、コーラの言った言葉を思い出し次第に状況を理解し、かろうじで正気を取り戻す。
両手を見た後、本当に自分がゴリラになったことを悟り、深呼吸し、ようやく言葉を発した。
「おい、何の冗談だ。何の冗談だ?な・ん・の・じょ・う・だ・ん・だ?やっていい冗談と駄目な冗談があるだろ?ギャグだとしたら全力で滑ってるぞ?」
できるだけ怒りを込めずに言いたかったが無理だった。
体が大きくなったので、身振り手振りも大きくなった。
ジェフの言葉に、コーラは笑顔のままその場で一回転した。
そしてそのままゴリラのジェフの黒い腕にしがみつこうとする。
しかしジェフはそれを拒否するように、手を前に出した。
抱き着く動作は止めたものの、コーラは笑顔を崩さない。
「私はジェッちゃんのことが好きでした」
「……」
それはジェフにはうすうす感じていたことだった。
しかし今言われても、全く嬉しくはなかった。
「でも、一つだけ好きじゃない部分がありました」
「……どこだ」
「ジェッちゃんが人間だっていうことです」
コーラは一旦言葉を切り、横に二三歩歩き、そしてまたジェフに向き直った。
ジェフは黒い顔で、訝し気な表情をする。
「嫌いなのか?人間が」
「別に」コーラの表情は笑顔が張り付いたままであった。「でもジェッちゃんが人間じゃないのは我慢できません。でも今日夢が叶った」
「……意味が分からん。意味が分からんが、取りあえずお前は一旦落ち着いた方がいいだろう。取りあえず俺を人間の姿に戻してくれないか?それから後のことを考えるのも言いだろう」
「無理ですよ。だって人間をゴリラにする力は願いましたが、ゴリラを人間に戻す力は願っていません」
ゴリラは頭を抱えた。
『変身させられた生物を元の姿に戻す力』を願う人、あるいはすでにその力を持っている人を探し出さなければ、一生このゴリラの姿のままということになる。
そんな都合の良い人材が現れるまでに、何年の月日がかかることか。
ジェフはくぼんだ眼窩から、コーラの瞳を見つめた。
黒い瞳だ。
その奥に、蜷局を巻いて揺れる夜空が見えた気がした。星一つなく光のない、完璧なる黒い瞳。
「……お前はそんな後先考えずに何かをしでかす女じゃなかったはずだ。誰に何を拭きこまれた」
「え~自分の意思ですよー」
しかしジェフはコーラの瞳がわずかに揺れたのを見逃さなかった。
やはり黒幕がいるようだ。
いったい何のために?
「調べる必要があるな」
ジェフその言葉と共に、コーラに向かって飛びつこうとした。
黒幕についての情報得るために、尋問するつもりだった。
「何をですか?何をするつもりですか」
コーラはそういったと同時に、手を振り下ろした。
その瞬間ジェフの体が、まるで乗っ取られたかのように動かなくなり、地面に落ちる。
巨体が浮いて、床に打ち付けられたことにより、大きな音が発した。
そして倒れたジェフの顔にコーラが近づいて、彼の黒い頭を撫でた。
「すみません、先ほどの願いの内容は嘘です。本当は『生物を、意のままに操ることが出来るゴリラに変化させる力』を願いました」
「……ほぼ二つじゃないか」
「これは賭けでしたが、一言で言ってしまえばいいみたいですね。そうしないと『何よりも速く走る力』を願って『その速度に耐えられる力』がなかったら、意味がないですしね。さて」
コーラはジェフの頭を抱きこんだ。
慈しむように、愛するように、大切な物のように。
「やっとジェッちゃんが手に入りました……嬉しい……」
「残念ながら俺はいきなり幼馴染をゴリラにする女とは付き合えない」
「ジェッちゃんの意見は聞いてません」
「……別にゴリラにしなくったって、お前が告白したら……まあ、前向きに考えたんじゃないかな」
「でもそれじゃあジェッちゃんがゴリラじゃないじゃないですか何でジェッちゃんは人間だったんですか。忌々しい。忌々しかった。でも今は大丈夫」
ジェフはコーラの言っていることが理解できない。
しかし指一本動かすことが出来ないため、抵抗などしようがなかった。
ふとこのまま抵抗できずにいたらどうなるかを考えた。
この国では人間以外の話すことの出来る動物は住むことが出来ない。となると魔界領に移り住むことになるのだろうか。
従順にしてれば自由は貰えるのだろうか。
「ああ、大丈夫ですよ!実を言うと家の地下に牢獄を作りまして、ジェッちゃんはそこに住むことになりますね!ふふふ心配しなくても、出来る限り一緒にいますし、寝る時は私も檻に入りますよ!」
自由は死んでいた。