2話 能力の贈与
突然服を破るというジェフの奇行に、荒れくれもの達は驚き、目を這った。
そして服に隠されていた鋼鉄のような筋肉に男たちは息を飲んだ。
「ビビるんじゃねえ!あの筋肉のつけ方は、人に見せるためのもんだ。ただの自意識過剰野郎だ!やっちまいな!」
そう言いながら背の一番高い男が、棒を振りかぶりながら、ジェフに向かってくる。
ジェフはその棒を右手で塞ぎ、右手で、男の顔面を掴んだ。
「がああああああああああああああああああああ!!」
ジェフが頭蓋骨を潰さんばかりの握力でかをを片手で締め上げたことにより、男が悲鳴を上げ膝をついた。
その隙に他の荒れくれもの達は棒を使い、ジェフの体に打ち込んでいく。だがジュエフはびくとも動かず、背の高い男を締め上げるのを止めない。
背の低い男が、勢いをつけようと、棒を大きく振りかぶった。ジェフはその隙を逃さず、掴んでいた男の顔面を勢い良く地面に向かって投げる様に叩き付けたのち、振りかぶった荒れくれ者のがら空きの鳩尾を正拳で突く。
腹を付かれた男は、嘔吐しながらその場に崩れ落ちる。
ジェフは残った一人の男に向き直る。
男は震えながら腰から、短刀を取り出した。しかし、しっかり刃を横にしていて、やる気は十分のようだ。ジェフは右足を出すと見せかけて左足を前に出すというフェイントをかけつつ、男の手首を掴んだ。
「折っていいよな?」
「は、離せ!」
「そうか」
鈍い音と共に、ジェフの握力によって男の手首の骨が折れ、短刀が地面に落ちた。
男が悲鳴を上げる前に、ジェフは顔面に向かって拳をたたきこむ。
大きく吹っ飛ばされた男は、家の壁に当たり、その場に崩れ落ち気絶した。
「うおー!」
妙な掛け声と共に、後ろから小さな鎧の少女が棒を構え、殴りかかってきた。
その頭部をジェフは裏拳で勢い良くたたき、地面に倒れさせた。
「きゅう……」
目を回しているコーラの頭の近くにジェフは立つ。
「何やってんだ」
「だって手助けしろって……」
「相手側じぇねえよ!」
「どうせジェッちゃん一人でも勝っちゃいますしー……客観的に見たら相手の方の手助けしろって意味だと思いますじゃん?」
「思わねえよ」
ジェフは片手をコーラに差し出す。彼女はその手を取って立ち上がった。
そしてあたりに倒れている男たちを見て言った。
「これどうするんです?割と過剰防衛では?」
「相手は武器持ってたしなあ。手加減したら逆にやられてるし、ぎりぎり大丈夫だろ。証人として頼むぞ」
ジェフは手をはたき、汚れを落とした。
コーラを腕を組む。
「しかし、哀れな村人をいじめただけで、大した収穫にはならなさそうですね。しかたない、私が慰めてあげましょう」
「それは下ネタか?」
「ジェッちゃんの変態!自意識過剰!素人童貞!」
「待て」
赤くなったコーラの顔の口を、ジェフは鎧の隙間からつかんだ。
コーラがふごふごと、何か言う。
「なみするんですま~」
「誰から聞いた」
「まにがですか?」
「素人童貞だって嘘誰が流してる?」
「うもなんですか?」
「ああ」
ジェフは手を離した。
コーラは顔御赤らめて、名残惜しそうに、唇を押さえた。
「……言えません」
「イニシャルでいいから」
「女々しい!その筋肉で女々しいのは気持ち悪いですよ!」
「それもそうか……」ジェフは反省したように顔を下に向ける「いや、悪かった忘れてくれ」
「はい」
気まずい沈黙があたりに漂った。倒れている男のうめき声が時々聞こえた。
◇ ◇ ◇
倒れている男たちの簡単な手当てをした後、得に他に情報もないし、そろそろ別の場所を変えて調査でもしようかと思っていると、小屋のような家の扉が開き、中からは先ほどの眠そうな女性が顔を出した。
「……あの、すいません。先ほどのやり取りをずっと拝見させてまらいました」
ジェフは女の方向へ向き直った「そうですか、何か気が付いたことでも?」
「あの、先ほどの魔女狩りの話って本当なんですか?前の戦争以前ほどの扱いはないというのは」
「ええ。あくまで協力を仰ぐと言う形ですよ。それに教会より王室の方が温待遇だとか」
しれっと教会下げ、王室上げで自己アピールをしたジェフに対してコーラは口をへの字にし、目を丸くした。
「……そうなんですか」女は言った。
表情から見ると、女は先ほどより態度を軟化しているようにも見えた。
まだ考えるそぶりをしており、何かをためらっている様だったが、少し経つと女は口を開いた。
「実は内密に中でご相談したいことがありまして」
「それはそれは」
ということは初めから魔女狩りなんて大層なものではない、と説明をすればよかったということになる。
ただの情報の行違いか。
まあそういうこともあるかと、ジェフは荒れくれもの達に目をやった。
小屋のような家中招待される。入ってすぐ、黴臭さと、土臭さに出迎えられ、コーラが軽く噎せた。
中身もまた農具や置物が並べて置いてあり、小屋そのものなのだが、中央に木の蓋のようなものがあった。女がそれを開くと地下へ続く階段があり、3人は並んでそれを下りる。
階段は思っていたより深く、部屋二つほどのの低い場所に移動することになった。
女が持っている蝋燭によって照らされた光により、巣かかった餌を捕食している蜘蛛の光景が見て取れた。
真っ直ぐ階段を下りた突き当りに、半ば腐って要る気の扉があり、女がノックをするも、返事を待たずに開けた。
扉が開かれて、ジェフが一番初めにに感じ取ったものは死の臭いであった。
死臭や腐臭がするのではない。もうすぐ死にゆくものの臭いだ。戦場で何度も嗅いだ臭いでもあった。
その部屋は土壁に囲まれた牢獄の様な部屋であった。
薄汚れたベッドがあり、そこに誰かが寝ころんでいた。
「久しいな」
ベッドに寝転がっていた者がが寝返りをうちながら言った。年齢を感じさせるしわがれた男の声だった。
長くて白い髪に、白いひげの老人。成程確かに服を変えればサンタクロースに見えなくもない。
しかし、汚れた服と、その弱弱しさを目のあたりにすれば、サンタクロースを連想する子供は少ないだろう。
「八年ぶりか、アルドー」
ジェフは手紙のこととは別に、王女の願いで来たということも話した。
この世界には魔法がある。
しかしながら誰も彼もが使えるわけではない。
限られた適性がある者の身が使うことが出来、努力や改造でどうこうできる問題ではなかった。
そして魔法を使える適性のあるのは一説によると一万人に一人と言われていた。
ちなみにジェフはその一万人に一人には入っていない。
そしてかつて魔法使いと、魔法を使えないものの戦争があった。
戦争が終わり、和解をしても、一度ついた習慣を買えるのにはかなりの時間を有する。
そのため、魔法使いは排他される傾向がこの国では一時期あった。
しかしながら、近年は国民も意識を変えてきており、国としても魔法を使える者を見つけると、囲い込み、保護や手助けを積極的に行っていた。
もっともこの村のような田舎では、先ほどの荒れくれもののような頭が古い者も少なくはないのだが。
「ハッタリじゃなくて、本当に知り合いだったんですか」コーラは言った。
この部屋に案内した女は、素知らぬそぶりをしていた。
「まあな、さて、改めて聞きくが」ジェフは一通りの説明を終えると、老人―――アルドーに言った「お前は魔法使いなのか?それともサンタクロースなのか?」
遭難していたと気は、魔法のようなものは使っていなかった。
そして、願いがないから夢を叶えることが出来ないというのも、パフォーマンスのようなものだと思っていた。
しかし事実として、サンタクロースに仇なす者は、不幸になると言う噂は流れていた。
「両方が真であり偽である。一方方向から見れば私は魔法使いであるが、別方向から見れば魔法使いではない。そして同じように一方方向から見れば私はサンタクロースであり、別方向から見ればサンタクロースではない」
ジェフがアルドーの言葉に顔をしかめていると、コーラが肩を叩いて、小声で何か言う。
『随分と持って回った言いまわしですね。きっとあれがかっこいいと思ってるんですよ。かわいそうです』
『俺もちょっとそう思ったが、ここは黙ってろよ』
「聞こえてるぞ」
老人が顔をしかめたのを見て、ジェフとコーラは慌てて笑顔を張りつけながら両手を振った。
「いやいや、実を言うと俺はその言い回し結構悪くないと思っているよ」とジェフ。
「そうですそうです。ださかっこいい?みたいな?」
「言いまわしのかっこいいかどうかのフォローはしなくていいわ!げほっげほっ」
急に大声を出したのがたたったのか、老人が勢い良く噎せ始めたので、ジェフとコーラは慌てて彼の背中をさる。
しばらくして落ち着いたころ、アルドーは続きを語り出した。
「私は確かに人知を超えた力を持っている。しかしそれは魔法とはまた別のものだ。だがこの国ではまだ魔法の理解はまだまだ浅い。よってこの国の者が私の力を見れば誰もが魔法だと判断するであろう。故に私は魔法使いでありそうではない。私の力は単純に『願いの力』、と呼んでいる」
ジェフは聞く「その魔法と願いの力とやらは何が違うんだ?」
「魔法はこう、何というかこう、空気中に漂っている精霊のようなもの力のようなものを借りて、体内にあるなんちゃらと合成して、火を起こしたり風を吹かせたりなどの、自然に関係する的なことができたりできなかったりするんだったかな???」
「何一つ曖昧なうえに、はっきりしないな……」
アルドーの頭の年齢の老化を感じされる物言いに、ジェフは暗い気持ちになった。
「そして『願いの力』というのは、そういう理屈や、常識を抜きにして、自分の願いを叶える力だ。
そして私は他人の願いを叶える力を持っている。一人につき一個だけだ。私は長年その力によって、子供たちの願いを叶えてきた。しかしながらいきなり赤の他人から願いを叶えると言われても信用されないことが多くてな。なのでサンタク―ロースの外見を真似して、子供との距離を近くしようとしていたのだ」
「墜落したって聞きましたけど」とコーラ「他人の願いしか叶えられないのなら、どうやって飛んでたんです?」
「それはわたしの力です……」
今まで黙っていた黒髪の女の声が後ろから聞こえた。
ジェフは振り向いたが、女の姿が見当たらず辺りを見回す。
「ここです。ここ。下です」
言葉の通り視線を下ろした。
するとそこに一匹の黒猫が佇んでいた。
「猫が喋った!」
コーラは手を広げ、大げさに驚き、その場で倒れた。
鎧を大きく打つ音が部屋に響く。
「話すことの出来る猫を見るのは初めてですか?」
黒猫は優雅に歩きながら尋ねた。
この部屋に案内をしてくれた女性と同じ声だが、どこか自信を持った足取りであった。
気を取り直してジェフとコーラは、黒猫に答える。
「俺はある」
「私もー」
「じゃあ何で驚いた……」
「いや、驚いてほしそうでしたし……」
黒猫―――アデルと名乗った―――は、そんなことはないとかぶりを振り、老人のベッドの下まで移動した。
そして、一瞬光ったと思うと、先ほどの女の姿となり、そして、もう一度光ると、もとの黒猫の姿に戻った。
この世界には確かに人間と話すとの出来る動物や、人外が沢山いる。
そうなると何の肉を食べることになるのか、と言う疑問が人によってはは浮かぶが、答えは簡単、話せない動物を食べるのである。
しかしながら、やはり同じ形をしている動物は食べたくはないと言う者も多いため、それらを巡って戦争もかつて起きた。
今現在は話すことの出来る動物は、この国の西にある魔界領へ移り住み、人間とは別に暮らしていた。
ちなみにこの国で人間と話せる動物を見つけた場合は、強制退去を願う必要があった。
「わたしも捕まえて、強制退去させますか?」
黒猫はどこか余裕そうな表情でジェフに向かって尋ねる。
ジェフは腕を組んで、その言葉の意味をよく考えた。
場合によっては戦争に発展する問題なので、なあなあで妥協していい事柄ではないのだ。
「声が一緒だが、本当に、先ほどの女性が黒猫に化けているのか?」
「それでしたら、ある人の願いで人間と黒猫の姿を変えられるようになりました。元は黒猫です。そしてわたしの願いの力は触れているものと空を飛べるということです。この力でソリを飛ばし、彼の手伝いをしてきました。しかし、あるトラブルが起き、墜落してしまい、前々から住んでいたわたしの隠れ家のあるこの村に身を隠していたというわけです」
「作物が枯れたというのは?」
「偶然です」
「偶然か」
よくあることだなとジェフは思う。
「彼女の問題も重要なのはわかるが、後にしてもらいたい、時間がないのでそろそろ本題に入ろう」
老人が上半身を起こし、また二三回咳き込んだ。
「ジェフ・ターバル、君は私を王宮へ連れていくのか?」
問いに対してジェフは老人の顔と体を何往復も見回した。
そして目を瞑り首を横に振る。
「無理だ、到着するまで持たない」
老人は苦しそうに笑った「そうその通りだ。私は日没までに死ぬ。わかるんだよ」
流石にコーラは口に手を当て「そんなに」と驚いた。
「そこでだ」アルドーは右腕をジェフに向かって差し出した「私の力を受け継いで見る気はないか」
力強い言葉であった。声が大きいのではない。そして、その力強さゆえか、ジェフの心臓も大きく振動しだした。
唾を飲み込み、目を見開く。
「何故俺なんだ?恩だけじゃないだろう。そもそも恩は互いにある」
「理由は二つ、君ならこの力を持っても最悪にはなりえない。この力によって戦争が起きるだとか。結果的に数え切れないほどの多くの人が苦しむだとか。そういうことには成りりえないと私の勘は言っている。……多分」
「……」
「そしてもう一つは、君が今願いを持っていないということだ。これはこの能力をを受け渡すことの出来る最低条件だな。この二つの条件を満たす人間は、話すことの出来る生物の中で40匹に一匹くらいだが、まあそのの範囲であれば誰でもよかったが、丁度君が家にきたというわけだ」
「はいはい、はいはいはーい!」
コーラがいきなり手を挙げて叫び出した。
「私は?私はどうなんです?」
「論外、かーっぺっ!」
老人は地面に痰を吐いた。
「論外!?」
地面に膝をついているコーラをしり目に、ジェフはまだ納得がいかないと、なおも尋ねる。
「最悪にはなりえないのはわかった。しかし、なぜわざわざ他人にその力を他人に渡すんだ?使いようによっては危険だし、このままいっそ……」
「死んで墓まで持っていった方がいいと?」
「……言い方は悪いが、そうだ」
「この力は持っている者が死ぬと、自動的に無作為に選ばれた他人に移る。だから、あらかじめ信用のおける誰かに渡した方が安全なんだ。そして、これは賭けだよ」
アルドーは一旦言葉を区切る。今回はもったいぶっているのではなく、身体的な苦しさに耐えている様だった。
一呼吸した後、サンタクロースは口を開いた。
「私はこの力を子供たちのために使ってきた。まあ多少失敗はしたがこの人生は幸せだった胸を張って言える。そんな私が死ぬ数時間前に40人に一人の人材である、旧友が会いに来た。もし、そいつに力を渡して、この世界が最悪の事態になったらどうなると思う」
「やるせないな」
「そうだ。あの世で神を恨むね。だが私はこの世界の神はそんなどうしようもないものではないと思う。運命なんてものはあまり信じてはいないが、世界ってものはもっと生き物に優しいとこもあるはずだ。私はそれを信じたくなった。さあ、どうする」
「手紙にあった呪いというのは、その力によって戦争を引き起こしてしまう可能性のことか?」
「そうだ、私の前にこの力を持っていた者は、大層不幸になったよ。だが私はそこまでではない。何にしろ、君次第ということになる」
「この力を巡って、命を狙われる可能性は?」
「ある」
「俺はその力で何をすればいいんだ?」
「何でも。君なら正しくその力を使えるだろう」
かつてジェフはアルドーに願いがないと言われた。
そのことを気に病んだことはない。
それによって苦労したことはない。
しかし空虚に感じることはあった。
自分には心がないだとか、感情がないだとかは一度も思ったことはないし、言われたことはない。
それでも『願いがない』と言われた時、まさに図星であると感じたのだった。
前世の記憶などという物は、妹だって持っているのを自称している(蛇だったそうだ)。
だからそれほどまでに特別な物だとは思っていなかった。
しかし、おぼろけながら、前の自分は満足して死んだように思う。だからこそ、今の自分を空虚に感じることも多々あった。
だから、願いがないということを、何かに役立てるなら力を得るべきではないのか。
そうすれば空虚を埋められるのだろうか。
そんな思いがジェフの頭の中を回っていた。
ジェフは一旦目を瞑り、そして開き、手を前に出した。
「他人にわたって、戦争が起きる可能性があるというのなら、俺が管理する」
ジェフは誤魔化すように言った。
「勢いで答えていい問題ではないのはわかっているよな」
「無論」
ジェフとサンタクロースは同時に、手を握りしめあった。
そしてその手の隙間から光があふれだした。やがてその光はジェフを包み込み大きな光となった。
その光に、ジェフは温かさを感じる。願いと言うものは温かいものであると。
やがて自信を破滅に導く力であることを、知って知らずか。