1話 旧友に会いに行く
ジェフ・ターバルは前世の記憶がある。
それを自覚したのは、10歳のころであった。
そしてこの世界に生まれてから24年間、そのことが役に立つこともあったし、邪魔になることもあった。
前世のことはこの世界両親にも姉と妹にも話してはいないが、何とか王女の新鋭隊員にまで出世することが出来た。
ただ思い返して見ると、劇的なことはないとは言い難いが特筆することはなかったなあ、という感想の24年間でもあった。
『そういえばナルニア物語にもサンタクロースがいたな』
そんな前世で読んだ本のことを考えながら、ジェフは空を見上げ、山道を歩いていた。
初めてサンタクロースがこの世界にもいると聞いたときは、違和感を覚えたが、エルフやゴブリンやミミックなどもいる様だしサンタクロースがいてもおかしくないのか、と勝手に納得をしたジェフであった。
恐らく地球と神様も同じだったりするのだろう。
そのサンタクロースと出会ったのは8年前の話だ。
そのころジェフは戦争に参加していたのだが、隊とはぐれてしまい、熱帯雨林にも似た森の中をさまよっていた。
そんなときにジェフは赤い服を着た老人とあった。
サンタクロースを自称する彼もまた遭難していて、二人で協力することにより、何とか森を脱出することが出来たのだった。
分かれ際彼は、何でも願いを一つ叶えてくれるといった。
だがしかし、ジェフには願いがなかったのだ。
そして8年の月日が経ち、こうして手紙が届いたのであった。
そのサンタクロースが落ちてきたと噂される村は、王都から馬車で一日ほどの距離にある山の中にあった。そして馬車から降りてさらに二時間ほど山道を歩く。鉄鉱石のとれる採掘場に隣した村で、人通りもそれなりに多い山なので、道もかなり歩きやすかった。植生も温帯に生えているもので、気温も丁度良く、そこまで登るのが苦ではなかった。
サンタクロースの調査は、王女からの命令ではなく、お願いと言う形なので、今回はジェフ一人での行動であった。
「おおっ!ジェッちゃんじゃないですか!」
しばらく歩くと、視界が開けた場所に出た。
申し訳程度の高さの煉瓦作りの門が、坂を登った場所に見え、そこで聞き覚えのある声が下方から聞こえて来た。
振り向くと、小さめの鎧が、ガシャンがしゃんと金属の擦れる音を発しながら、息を切らせ、坂を登ってくる。
声と大きさから中の人物の見当をつけ、ジェフは鎧に答えた。
「ああ、お前か」
「……ぜぇ……『ああ、お前か』とはずいぶんなご挨拶ですね!ぜぇぜぇ……こんにちは!」
「???」
一瞬意味が分からなかったが、『ご挨拶』に答えた様だった。わかりずらい。
小さな鎧がジェフに追いき、顔の部分を開けた。するの年端もいかないような少女の顔が現れた。
あくまで『年端もいかないような』であって、実際はジェフの二つ下の年齢なのだが。
鎧の隙間から赤みがかった銀の髪が見えていた。
少女は肩で息をしながら、ジェフの体を上から下までじろじろ見、深呼吸を一回した後、鎧のままとびかかってきた。
「うおー!本当にジェッちゃんだー!レアですレアですー!」
抱き着こうとする少女を、ジェフは持ち前の腕力を利用し、がっちりと押しとどめる。
そして大きな声で答える。
「本当に久しぶりだな!そしてお前は変わっていないな!」
ちなみにこの国での結婚可能年齢は男が16歳、女が14歳であった。
「外見が若かければいいんですー!」
「ねえよ」
ジェフは勢い良く少女(?)を押し、距離を取った。
少女の名はコーラ・クラシア。ジェフ都は子供のころ家が隣であった仲であった。
コーラは歯を出し、腕を前に出しながら「う~」と唸り声にも似た声で、ジェフを威嚇した。
対するジェフも拳を構える。
「腕御あげましたねジェッちゃん!王女様の遊び相手は大変そうですね!」
「そちらも坊主の使いっぱしりは退屈そうだな!」
売り言葉に買い言葉。
隙を見いだせないのか、コーラはジェフの周りをまわる形となった。
勝負において弱者が強者の周りをまわるのは、どこの世界でも同じであった。
この緊張状態が数分続き、二人は自分自身を客観的に見て、状況の意味のなさにより冷静になった。
◇ ◇ ◇
「やはりジェッちゃんもサンタクロースの調査、もとい魔女の有無を調べにきたのですか?」
「さあな。お前も教会の命令されて来たのか?」
「さてどうでしょうかね」
そこは山にあるだけあって坂の多い村であった。
その面積の大部分が畑であり、所々に煉瓦造りの家が立っている。
そんな村の中に入り、二人は話しながら、道を歩いていた。
コーラの鎧はサイズがあっていないのか、歩くたびに金属がぶつかり合う音がしていた。
対してジェフの服装は、山を登る最小限の装備であり、比べると軽装であった。
「しかし教会もお前をよこすとはなあ。よほど人手不足と見える」
「お!教会の悪口大会なら負けませんよ!」
「なんでだよ」
実を言うと教会と王室は対立関係にある。
そしてコーラ・クラシアは教会に属する見習い騎士であるので、王女の親衛隊であるジェフが慣れ合うのは本来はまずい事態なのである。
しかしながら、教会内部にも王室内部にも対立を緩和したいと思っている者は少なくないし、ジェフもまたくだらないとは思っている。
ただ一回の親衛隊員が「くだらない」で済ませる事柄ではないので、こうやって腹の探り合いの真似ごとをしていたのである。
そして、村の人間に聞き込みを行い、目当ての場所にたどり着くことが出来た。
何でも一人の女性が墜落したサンタクロースを匿っているのだという。
村の人間はその家を避けているようにも見えた。
その家は白い煉瓦によって建てられており、一見すると小屋と間違えてしまいそうな趣の建物であった。
ジェフはコーラに向き直った。
「さて、俺が話をつけるからな」
「えー」
コーラは不服そうに、鎧の中から口を尖らせた。
「『えー』じゃない。教会がお前なんかをよこしたということは、『信憑性も低いし、どうせなら暇そうなコーラでも調べに行かせるか』という心境で送り出したに決まってる」
「酷い!ならジェッちゃんはどうなんですか!」
「俺をよこしたということは、少なくとも姫は個の件の信憑性は高いと睨んでいるはずだ」
「どんだけ自己評価高いんですか!」
実を言うと手紙で場所は知っていたのだが。
ジェフはコーラを無視して木の扉をノックしようとした。
「待ってください!敵地でそんな無防備に出向くなど!爆発したらどうするんです!」
「その可能性は低そうだがなあ」ジェフは顎の髭を撫でた。
「じゃあ私が爆破します!されたくなかったら扉を譲ってください!」
「意味わからん」
無視してノックした。
しかし反応はなく、もう一度ノックをした。
ボディランゲージで爆発の真似ごとをするのに飽きたコーラが、ジェフの後ろから戸をのぞき込む。
「留守ですかね?」
「いや、中から人の気配はする」
「変態っぽい発言ですね」
「お前文句が言いたいだけじゃないのか……?」
しばらくすると躊躇いがちに扉が開かれ、中から幸の薄そうな女性が現れた。
歳は30くらいだろうか。黒髪を後ろで一本にまとめており、寝不足のような眼をしていた。少し眉毛が濃い目だ。
このあたりの民族衣装なのか、特徴的な茶系統の模様の入ったワンピースの服を着ていた。
「何か……?」
虫が鳴くようにか細い声だ。それでいてどこか艶っぽさを感じる。
「実はここへ住んでいると噂される彼から、連絡を貰いましてね。サンタクロースを名乗っている方なんですが」
ただで体が大きくて、声の大きいジェフであった。それが交渉において役に立つこともあるが、今は威圧感を与えないようできるだけ笑顔でかつ、紳士的になるようにしていた。
「……知りません。それになた、服装からかすると、王女の親衛隊の人でしょう」
「そうですね」
「どうせ、その連絡の話は嘘でしょう」
ジェフの努力むなしく、女性はぴしゃりと断る。
コーラは流石に空気を読んでか黙ってその辺の虫を追いかけていた。
「しかし、サンタクロースにしろ何にしろ、落ちたとあっては怪我もしているでしょう。でしたら支援などもできますでしょうし、もし気づいたことでも教えて頂ければ……」
「知りません……帰ってください」
女は扉を勢いよく閉め、中へ帰っていった。
扉の音に驚いて村の人間がこちらを見ていた。
ジェフは頭をかいて、溜息をついく。
「や~い、ことわられてやんの~」
「……」
「あうっ」
後ろからコーラが何か言ってきたので、鎧の上から出も衝撃が伝わるくらいの強さでチョップした。
コーラは頭を押さえ、ジェフは痛さで手を押さえた。
「しかしどうするか。明らかにここにいるのだが、『命令』ではないので強行突破はできん」
「ではでは、次はわたしの番ですよ」そう言ってコーラは扉をノックしたが、今度は扉を軽く開けて、すぐに閉められ、とぼとぼと帰ってきた。
ジュフは腕を組み、思案する。
どういうことだろう。自分のことが彼女には知らされていないのだろうか。
しかしながらこうもあからさまに拒否をされてしまっては、何かあるのが確定である。
飛躍に飛躍を重ねれば、女がサンタクロースの彼を葬り去ってしまったという推測もできた。
とそこで、ふと一人の村人が近づいてくるのが分かった。
「な、なあ、あんた。魔女を探しているんだって?」
背の高い男であった。重心の動きからケンカ慣れをしているのが分かるが、目にはそれと同時に臆病さも備えていた。
「まあそんなところだな」ジェフは言った
「やっぱりか、おい!」
男の掛け声と共に、家の影からさらに別の、棒を持った荒くれといった外見の男が姿を現し、家の前に集まった。
初めにジャフに声をかけた男が振り返る。
「わかってますよ旦那、魔女狩りでしょう。協力しますよ。俺もこの家の女は昔から不気味で仕方がなかったんだ」
そして男の一人が扉を強く蹴る。
ジェフはそれを止めに入った。
「おい何をしている。何を勘違いしてるのか知らんが、確かに以前は魔女の排他的運動は酷かった。しかし前の戦争以降、王室も、教会も例年のことを反省し、あくまで保護という名目で『魔女狩り』と言うものを行ってる。名前がややこしいので、変えた方がいいとは思ってたんだがな。わかったなら、散った散った」
ジェフの言葉に全員が振り返る。
背の高い男が代表でもするかのように、また口を開いた。
「そうですかい。しかしあっしらは個人的にここの奴に恨みがあってですな」
「ほう、例えば?」
「ここに女が引っ越してきてから、畑の作物が枯れやすくなった」
「女の方の話か」
どうも情報に食い違いが見られる。
「サンタクロースとやらもどうせあいつの魔女仲間だろ」と男。
「そういう話か、それらも含め乱暴は許さんぞ。作物云々の調査も俺がやるから」
ジェフの言葉により男が顔をゆがめる。
「よそ者が出しゃばってんじゃねえよ。王室だか何だか知らねえが」
今まで黙っていた、別の背の低い男が言った。
そして荒れくれものの男たちが、ジェフの周りを取り囲み始めた。
「うちの村の問題はうちで解決するから、帰んな。一人で来たってことは、重要視してないんだろ」
「それはできん、といったらどうなるんだ?」
荒れくれものの言葉にジェフは顔をしかめて答えた。
「力ずくでも追い出してやる」
場にあまり良くない空気が流れる。
本来は村人とのもめ事などは避けるべきかもしれない。しかしながら荒れくれものに脅されてすごすご返ってきたなどと報告したならば、王女の機嫌が悪くなるだろう。
周りを見ると、遠くからかかわり合いたくないものの興味がある、というのが顔に出ている村人たちが何人か見られた。
恐らくこの荒れくれもの達はさも村の者達の意見を代表してますと言った顔をしているが、全くそんなことはないのだろう。
恐らく後日王室が大人数をよこしてきたとしても、そのころにはこの村から逃げているだろう。
コーラの方向を見ると、犬のような唸り声をあげながら、荒れくれものを威嚇していた。
ジェフはそんなコーラの肩に手を置いた。
「コーラ、手伝ってくれ」
その言葉ににコーラは一瞬考えたそぶりをしたが、何かを理解したようで大きく頷いた。
そして男たちは、ジェフが出て行かないのを悟り、手持ちの武器を構え直した。
ジェフは大きく手を叩く。
「諸君!お前たちは意地でも返ってほしいらしいが、私は手ぶらで帰るわけにはいかない。そして、お前達はそんな私を力づくで追いだすという。ならば私も力づくで立ち向かわなくてはなるまい」
「いよ、脳筋!脳筋理論です!」
コーラが囃し立てるがジェフは無視をした。
「さあ三人同時にかかってこい!」
そう言ってジェフは上半身の服を破り、自慢の筋肉を外気にさらした。