表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Red Rim 黒緋の乙女と円環世界  作者: 32➡1
黒緋の乙女編
3/41

プロローグ3 ドーナツ集会



 楼刻暦1667年

 ヴァーポルム=円環パルログ

 首都環都市 黄昏の都市アイオルビス

 翔破の円環節 50日目




 学校の帰り道。アカシャの提案で僕らは1週間ぶりに、喫茶店ジェミニに寄ることにした。


「お邪魔しまぁす」


 先導するアカシャが、からんからんと涼しげな音を立たせてお店のドアを開ける。するとカウンターに立っていた鬼人種(ガリバー)の双子姉妹であるフィズさんとフォズさんが優しく微笑んで出迎えてくれた。


「あら、いらっしゃい」

「久しぶりね、前に来たのが白夜(びゃくや)の日の前だったから……1週間ぶりくらいかしら」


 フィズさんとフォズさんは揃って左右から声をかけて来る。左右から――と云うのも彼女たちは互いの腹部が結合した双生児なので、自然とそうなってしまう。ちなみに右側がお姉さんのフォズさん、左側が妹のフィズさんだ。鬼人種なので紅い眼をしており、左右一本ずつの腕が黒く巨大化している。額からもこれまた左右一本ずつ角を生やしているが、その外見とは違って非常に優しくて面倒見の良いお姉さんたちだった。

 鉄工人の女の子であるアカシャが小さな掌を元気良くぱーに開いた。


「フィズさん、フォズさん、いつもの5個ね!」

「はいはい、かしこまりましたお客様」

「お水、すぐに出すからね」


 フィズさんとフォズさんは楽しそうに微笑んで、カウンターの奥に戻って行った。


「あ、私手伝います!」


 すぐさまナギ――僕と同じ蒸気人(スチーマー)の女の子――がぱたぱたと双子姉妹を追いかけて行った。取り残された僕とアカシャ、そして獣鬼種のチャトラと、獣鬼種と蒸気人の混血……いわゆる人鬼種(ゼノ)の女の子であるコラットの計4人は、ひとまず席について彼女たちを待つことにする。

 少し経って、フィズさんとフォズさん、そしてナギの3人が透明な結晶グラスの中に注がれた水と、ドーナツと呼ばれる丸いお菓子を持ってやってきた。

 このドーナツと云うのは丸い輪っかのような形をしていて、どうやらこの世界『ルチア・アクシス』をモデルに作られたお菓子らしい。フィズさんとフォズさんの得意料理で、世界広しと云えどもここアイオルビスのこの喫茶店ジェミニでしか食べられないオリジナルのお菓子だった。


「昔ね、とある人に教えてもらったのよ」

「だから、私たちが自分で考えたってわけではないのだけれどね」


 そう云って、カウンターから肘をついてふたりは優しく微笑んでいた。


「さぁて、準備は整ったわね」


 僕の隣に座ったアカシャが、ふふんと得意げな顔をする。


「それじゃあ、これよりドーナツ集会を開始するわ!」


 アイオルビスの黄昏に負けないくらい明るくオレンジに輝く髪を靡かせ、アカシャの開会宣言でもって1週間ぶりとなるドーナツ集会は幕を開けた。


「わーい、久しぶりだから涎じゅるじゅるだよー」


 向かいに座る猫耳少女、コラットは既にドーナツに飛びかかりそうな勢いだ。

 対してその隣に座る茶色い縞々毛むくじゃらのチャトラは、テーブルには見向きもせず黙って硝子越しの風景を見詰めていた。


「あ、待ってコラットちゃん」


 がつがつとドーナツを喰らうコラットに、ナギはお母さんのように口許を拭ってやったり膝の上に紙エプロンを敷いてやったりしていた。


「むぐむぐ。ありがとー、なっちん」

「どういたしまして」


 ふむ、これはこれで中々どうして……微笑ましい光景だった。

 普段は先陣切って仕切りたがる優等生タイプのアカシャも、今現在はドーナツを堪能することに忙しいようで大人しくしている。

 なので僕も、素直にその甘い輪っかを味わうことにした。


「そう云えば……」


 最初に話題を振ったのは、非常に珍しいことだがナギだった。

 基本的にドーナツ集会と云う催しは、こうしてドーナツを食べながら適当な話題を持ち寄って話すだけと云う、まこと学生のモラトリアムを体現したかのような他愛ない集会だ。


「なんで、白夜の日ってあるのかな……」

「へっ」


 ……と思ったら、なんかすごい複雑な話題だった。いや、実に学生らしい疑問だが。


「白夜の日って、ヴァーポルムでは翔破の円環節45日から36時間続く昼間のことでしょー? ……あれ、そう云えば、なんでだろーね?」


 コラットは早くも頭を抱えていた。体育会系である彼女にはそもそも誰も回答を期待しちゃいないのが本音ではあるが、まあ僕も偉そうなことを云えるほど理解しちゃいない。


「ふっ、愚かねアンタたち」


 隣からなんとも他者を見下した声が飛んできた。アカシャだった。


「そもそも朝と夜がどうやって切り替わってるかは、理解してるでしょうね。はい、正宗」

「って、僕ですか!? う、うーんと……」


 確か、ルチア・アクシスの中央にそびえ立っている時計塔が……ええと。


「ぶーっ、時間切れ」


 は、早い。無情なタイムオーバー宣告で僕の出番は終了した。

 アカシャはいつもどおり小さな胸を張ってフォークをゆらゆら揺らし、お得意の講義を始める。


「ここからでも見えるくらいに大きな超構造物、ルチア・アクシスの中央にあるエンブリオ・エクス・ホロロギア――通称『時計塔』ね、これにくっついてるふたつの指針、マルエ=ヌビウムが夜を、マルエ=セレニタティスが昼を、交互にもたらしてるってのは今時機関技術学校の初等部で教わることでしょう?」

「そ、そうだったね」


 歯切れ悪く僕は答える。


「んで、このマルエっていう2つの針がルチア・アクシスを回ってる間に時計塔の影に隠れてしまう期間があるのよ、それが夜を司るマルエ=ヌビウムだと白夜の日が、昼を司るマルエ=セレニタティスだと黒昼の日がやってくるってわけ。どう、分かった?」

「なるほどー。さっすがあーたん、物知りぃー」


 コラットが絶賛する。いや、絶対理解してないでしょアナタ……。


「……あれ、でも」


 またまた珍しくナギが小さくこそこそと手を挙げる。


「マルエ=セレニタティスは1年でルチア・アクシスを1周するけど、マルエ=ヌビウムって30日で1周するよね。それだったら白夜の日は30日ごとに起こることになるよ。でも、白夜の日はアイオルビスでは必ず翔破の円環節45日から36時間だけだよ……ね」


 ナギの鋭い質問に、アカシャはぴたりと腕を組んだまま固まってしまった。

 あ、どうやら説明を間違えたなこれ。


「ご、ごめんアカシャちゃん。私、そんなつもりじゃ……」


 途端におろおろしだすナギ。固まったまま動かないアカシャ。こりゃ埒が明かないぞ。


「うふふ。白夜と黒昼にマルエ=ヌビウムは関係していないのよ、単にマルエ=セレニタティスと各円環パルログの距離が近いか遠いかだけなの」

「アイオルビスのあるヴァーポルム=円環パルログの場合、最も近くなるのが翔破の円環節45日からの36時間、逆に最も離れるのが卵殻の円環節45日からの36時間になるわね」

「へぇー」


 カウンターの向こう側からフィズさんとフォズさんがフォローしてくれた。一同、納得。

 やはり出来るお姉さんは違うなぁと感心する。

 それなのに隣のチビ助と来たら……。


「そうそう、そうなのよ。いやぁ、勘違いしてたわぁ。私めっちゃ勘違いしてたわぁ!」


 ……と云う始末。


「私もそこの範囲はややこしくてよく間違ったな」

「たぶん、ほとんどの人は大して覚えないで先に進んでるから問題ないわよ」

「ですよねっ、さっすがフィズさんとフォズさん! 私もちょこーっと勘違いしてただけなんですよ、あははははは」


 にこにこと慈愛の女神のように微笑みながら、対してアカシャはふてぶてしいにも程があるくらい下品に笑ってごまかしていた。



「そ、そんなことよりも……」


 こほん、とお上品に締めたアカシャだったが、僕も空気を読んでそれには言及しなかった。


「他になにか話題はないのかしら。はい、正宗」

「ってまた僕ーーっ!?」


 なんだ、いったい僕がアカシャに何をしたと云うのか。

 コラットに視線を向ける……こりゃ駄目だ、ドーナツの皿まで舐めてる。

 ナギ……は小さく手を振って頑張れーとエールを送っていた。これにも期待は出来ない。

 チャトラは――って寝てるし! どうりで静かだと思ったよこんちくしょう!

 えーと、何か朝の新聞にでも載ってた話題でも……。あ。

 そこまで来て、僕はこの黄昏の都市アイオルビスでは話題に事欠かない人物をひとり思い出した。


「そう云えばこの前、シルバー・ファントムが――」


 がたんっ、と向かいの席で地震……のような何かが起こった。その衝撃でチャトラは起床し、不機嫌そうに辺りを見渡した。

 隣のアカシャは「はぁ」と小さく溜息をついて、「アンタが責任取んなさいよ」と小声でぼやく。

 ……しまった、そうだった。


「……なっちん。シルバー・ファントムと云えば、やっぱりさ」

「うんうん」


 コラットとナギは顔を見合わせてにんまり笑うと、


「「結晶星都の盗まれた夜!!」」


 息を合わせて合唱した。

 ふたりは、怪盗シルバー・ファントムの大ファンだった。


「いやぁ、シルバー・ファントムの話題を出すとは正宗も中々シブいですなぁ」

「そうですなぁ」


 コラットは顎髭を撫でる真似をし、ナギに至ってはキャラクターが崩壊していた。


「そう云えばこれもつい先週だっけ、シルバー・ファントムがアイオルビスの貴族の家に忍びこんだの」


 諦めたのかアカシャも大人しく話題に乗っかることにしたようだ。……あれ、また僕の出番ここで終わり?


「そうそう。被害者の人が、なんかジオ・ハモニカの違法奏銀発掘にも関与してる疑いがあるとかで調査が入った奴。近いうちに協会が動くんじゃないかーって、紫道さんも云ってたよ」


 饒舌に話すコラットだったが、今の発言って……。


「アンタ、それって階層警備隊内部の情報でしょう? 大丈夫なの、こんなところでそれを云って」

「あっ」


 既にアカシャがツッコんでいた。コラットは機関技術学校に通いながらも、アイオルビスの階層警備隊で見習いも務めている女の子だ。紫道さんってのは、その階層警備隊の隊長さんだった。


「まあ、下っ端のコラット相手に漏らす情報なら問題ないか。そもそも階層警備隊に所属していながら犯罪者であるシルバー・ファントムのファンって公言してる時点でどうかと思うけど」

「えへへ、ここカットでー」


 なんともイラッとする仕草でハサミの真似をするコラット、アカシャはそれを華麗にスルーする。


「結局その貴族さんから盗んだものって、ほとんどがアイオルビスの下層に向けて投げ捨てられちゃったんだっけ」

「うん、シルバー・ファントムはお金に興味はないから」


 僕の問い掛けにナギが断言する。まるで自分のことのように話すが、まあ有名人のファンなんてのはだいたいそんなもんなんだろう。

 そんな世紀の大怪盗にしてアイオルビスのダークヒーローであるシルバー・ファントムだが、彼をここまで有名にさせたのは4年前にジオ・ハモニカで起きた大事件、通称『結晶星都の盗まれた夜』である。


「歴史上唯一、ジオ・ハモニカの円環奏府管轄の研究機関に侵入して帰ってこれたのはシルバー・ファントムただひとりなんだよ。それに彼は事件直前に『彼らに奪われた大切な物を取り戻す』って予告文を残していて、やっぱりそこがシルバー・ファントムと他の泥棒さんとの違いじゃないかなって私は思うんだ」


 照れ笑いをしながら、グラスの水を揺らすナギ。


「泥棒は泥棒よ、犯罪者には違いないわ」


 とアカシャが一言。鉄工人にはリアリストが多く、蒸気人や鬼人種と違って利益を生み出さない行為を美としない。それは分かりきっていたことだから、ナギもコラットもそれ以上は言及せず、自重した。

 いろいろな人たちが、いろいろな理由で、アイオルビスに住んでいる。きっとそこには、子供のぼくらでは知る由もない、複雑な理由が絡んでいることだってあるんだろう。

 日夜、種族や容姿の違いで争っている大人たちを見ていると、なんでまたそんな理由で喧嘩をしているのか不思議に思うこともある。でも、子供である僕たちがそれに口を挟めるわけもなく。それならせめて、僕らは僕らのまま、大人になっても友達でいようって、そんな思いでこのドーナツ集会ってのが開かれているのだと、この5人は思っているはずなのだ。


「あ、そうだ。ねえねえ、あーたん」


 思い出したように、コラットがアカシャに詰め寄った。


「これ、ユキちゃんに渡して。この前のアップルパイのお礼」


 取り出したのは、小さな袋に詰められた猫の肉球型クッキーだった。

 アカシャは「はいはい」と云って受け取る。


「それにしても、コラットもすっかりあの人に餌付けにされちゃってさ」

「えー、ユキちゃん優しいよー」

「そうかなぁ」


 ユキちゃんとは、少し前に突然アカシャの住んでいる工房『7人の小人』にやって来たハモニカ人のお姉さんだ。僕らよりはどう見てもお姉さんなんだけど、口調はとっても子供っぽい。そして透き通る雪の結晶みたいに綺麗な人だった。

 曰く、餌付けされたコラットは以来そのお姉さんとは仲が良い。アカシャは少し苦手みたいだけれど。



 その時、今まで沈黙を貫いていたチャトラが席を立った。


「あ、そっか。もうこんな時間」


 アカシャがお店の時計を見た。

 外にはチャトラ愛用の改造蒸気バイクが止まっている。確か、これから長距離の要人輸送の仕事が入っていると云っていた。


「それじゃ、御開きにしましょうか」


 アカシャの提案に、みんなが頷く。


「気を付けてね、チャトラ」

 ナギがにっこり笑って見送る。


「怪我なんかするんじゃないわよ、帰ってきたら外の話を訊かせてちょうだい」

 とアカシャ。


「あ、またヘルメット持ってきてないー! いつも駄目だって云ってるじゃんかぁー」

 階層警備隊のコラットとしては、チャトラの安全よりもルール順守の様子。まあ、そりゃそうだよな。


「今度制限速度オーバーしたら、掴まえるまで追っかけまわすからね」

「……追いつけたらな」


 チャトラの言葉にコラット以外のみんなが笑った。


「もう、馬鹿チャトラっ」


 対するコラットは立場も面子も丸つぶれでさぞかしご立腹だ。真っ赤に怒ってそっぽを向いてしまった。

 2週間もの間チャトラに逢えないのは確かに寂しいが、彼の蒸気バイクの腕はアイオルビスでも1、2を争うとも云われているし、きっと大丈夫だろう。なんたって彼は、世界を股にかける運送会社三毛猫アマゾンの凄腕ドライバーなのだから。

 別れの挨拶を済ませると、僕は最後にチャトラに向かって片手を差し出す。


「それじゃ、また」

「……行って来る」


 無表情でチャトラは僕の手を叩き、喫茶店ジェミニを後にした。




次話より本編スタートです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ