表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Red Rim 黒緋の乙女と円環世界  作者: 32➡1
黒緋の乙女編
25/41

第20環 翔破の円環節80日目②



 店の扉を開くと、からんころんと涼しげな音色が鳴った。


「いらっしゃいませ、正宗君たちは奥のテーブルでお待ちですよ」


 胴の結合した双子の右側、姉のフォズが笑顔を向けて案内してくれる。

 促されるままにそちらへと視線を移動させた。テーブルには既に4人の姿があった。

 姉妹に軽く手を仰ぎ、私は用意された自らの席へと腰を下ろした。


「待たせたな、少し野暮用があってね」


 私の挨拶に彼らは無言で応えた。遅れた理由としては至極無難な類の物を選択したつもりだったが、どうやらそれでは彼らが満足するに至らなかったらしい。

 対面する正宗の横に居るのは元気無く俯いたコラット。その隣にチャトラ。チャトラと対面する形で座っているのはキリンジだった。なんだか妙な組み合わせだな、と私は素直にそう感じた。

 カウンターの奥に飾られていた振り子時計が一定のリズムでこちこちと針を進めている。マルエ=セレニタティスの放つ夕刻の日差しが金属で出来た振り子に反射していた。

 1秒と言う時間の流れが、徐々に増長していく感覚に陥る。それほどに、彼らの沈黙は私を退屈させていた。


「話があると訊いて来たんだが、違ったか?」

「アカシャとナギと……スノウさんが、昨日の晩から行方不明になりました」


 私の催促に食って掛かる勢いで、正宗が被せて言葉を放った。


「……昨日の夕方、アカシャはナギの家に泊まると言ってふたり揃って僕ら3人と別れたんです。それから今朝、ナギのおじいさんでキリンジの師匠でもある黒嶺源次郎さんから階層警備隊に向けてふたりの捜索願が届けられました」


 淡々と薄い意識下の中で、正宗は続けた。


「僕らが知ったのはその時だったんです。隊長の紫道さんがすぐに捜査を開始してくれました。運良く目撃者が何人か見つかって。それによるとふたりは鍛冶屋ショートピースのある雲海層6階では無く、そのひとつ下の雲海層5階で目撃されていました。誰かを探しているように、目撃者の人には見えたそうです。そして同時に、スノウさんと思われる特徴の人と」


 一度呼吸を整え、彼は喉につかえていたであろう言葉を吐き出す。


「リムさん……貴女の姿も」


 店内に差し込んで来る夕陽に正宗の顔が照らされた。瞳に現れるのは不安と決意の葛藤。

 わざとらしく私は、グラスに注がれた水で喉を潤した。


「リムさん、教えてください。貴女は昨日、あそこで何をしていたんですか? アカシャとナギに会ったんじゃないですか? リムさん、貴女は――」


 そこで正宗の言葉は止まった。それが彼の抱く私への疑惑だと察するのは、如何せん容易いものだった。

 中身を半分残したグラスをテーブルに置く。左右に配置されたギャラリーは何も言わないまま、こちらを見ているだけだ。


「会ったよ、雲海層6階にある下層行きエレベータの前でな」

「何を、話したんですか? その時のふたりの様子は?」

「今のお前たちみたいな顔をしていた。出逢いたくないタイミングで出逢ってしまった相手と、不運にも出逢ってしまった時のような顔だ。帰りは遅くなるなよ、と。ただそれだけ伝えたんだ。返事は無かったけれどね」

「リムさんは、ふたりが行方不明になった事は知っていたんですか」

「ああ。階層警備隊に入るアイオルビスの情報は、私の方にも回すように話を付けてあるから」

「っ、だったら――!」

「止せ、正宗」


 沈黙を破り、キリンジが制止する。彼の意に沿って正宗は口を閉じて視線をテーブルに落とした。

 なるほど、と私は頬杖をついた。どうやら彼がこの裁判においての公平な審判役であるらしい。力の行使を忌嫌うキリンジには実にお似合いの役柄ではあるが。


「リム、まだ正宗の質問が残っている。良ければそっちも答えてもらえないか」

「何をしていたか、と言う件か。仕事だよ。この天空へと伸びる巨大な樹木をひたすらあっちへこっちへうろつくだけの、なんとも退屈な仕事さ」


 自分の行っている事を有りのまま、客観的に表現するなら自然とこうなる。それ以外の言葉を私は知らなかった。

 だが結局のところ、これが彼らの求める模範的解答でないのも私は分かっていた。



「……紅い瞳の少女(レッド・リム)



 ――その時、正宗が呟いた言葉に私の身体が厭でも反応した。

 彼は再びこちらを射抜くようにまっすぐ見つめている。忌々しい記憶が脳裏に錯綜するのが止められない。


「知っていたのか。それとも……」


 正宗の瞳は私を捕捉したまま逃がしてはくれない。いや、正宗だけではなかった。コラットも、チャトラも……キリンジでさえもだ。

 彼らが私を疑うこと自体は何ら不思議ではない。所詮は私もアイオルビスの外から来た身だ。身近な人間が被害者となればその眼は当然異質な存在へと向けられるのは分かりきっている。

 だが、それならなぜ。彼らはわざわざ私を呼び出してまで、その名を私に告げると言うのか。


「調べたんです、みんなで。すみません、僕には貴女の過去を暴くなんておこがましい事をする資格は無かった。でも、学校や世間ではアイオルビスを騒がせる黄昏の亡霊の話で持ち切りだった。被害者の人たちだって何人も出ていたから。最初はただの好奇心でした。でも過去の新聞を探し当てて記事を読んでみたら、怖くなっていったんです。自分勝手だなとも思いました。でも、そのすぐ後に今度はナギとアカシャが行方不明になった。スノウさんもそうだ。……後悔したんです、調べたことを。だから、直接訊かなくちゃ駄目なんだと思ったんです」


 そして正宗は、つい最近も誰かに訊かれた覚えの残る質問を口にした。


「リムさん、貴女は本当に12年前にも現れた亡霊事件の犯人だったんですか? 今回の亡霊事件について貴女は……何かを知っているんじゃないんですか? 何でもいいから、教えて欲しいんです、お願いしますっ」


 頭を下げて懇願する正宗に次いで、コラットとチャトラも私に向かって頭を下げた。

 ……驚きを隠せないのは当然だ。彼らはいったい、何を考えているのかが私には理解出来なかった。


「……おい、キリンジ。これはどういう事なんだ。私は今、なぜ彼らに頭を下げられている? 私は、どうすればいい?」


 傍らで見守る男に私は助け船を求めていた。そりゃそうだろう、私には疑われ、批難される要素はあれど、お願いをされる立場になど罷り違っても立っているわけがない。


「これがこいつらが選んだ選択なんだ。自分たちの目で、口で、耳で、真実を知ろうとしている。あんたも真実を求めてアイオルビスまで来たんだろう、俺たちがまだ知らない何かを追って。だからこそ、こいつらの願いにも応えてやって欲しい」

「……」


 こちこち、と言う時計の音が鮮明に私の耳に届く。耳障りな音だった。それが自らの体内に脈打つ鼓動と同期している事に、今になって気付いたからだろう。


「応える前にひとつ、私からも訊ねたい。階層警備隊はなぜ、捜査を打ち切った?」


 私の中に残る、たったひとつの懸念。

 注目を感じたコラットがおずおずと顔を持ち上げる。


「えと、紫道さんの話では蒸気省が今回の事件に関する捜査権を取り下げたそうです。だから私たちはこれ以上、警備隊の名前を使って捜査行動をすることが出来なくなってしまって」


 そう、円環奏府直轄の蒸気省に所属する階層警備隊は……今回のナギとアカシャとスノウに関する捜査を既に終え、打ち切ることを決定していた。だからコラットはこの場に居て、行き場を失った彼らは私を呼び出したというカラクリだ。


「……難しいことは私にはよく分りませんが、上層部からの圧力が原因だって先輩隊員の人が言っていて。紫道さんも悔しそうにしてました。私もそんなの納得出来なくて、それで正宗やチャトラと相談して……もうリムさんとキリンジにしか頼れなくて……私からもお願いします、なっちんとあーたんとユキちゃんを……助けたいんです……っ」


 いつもの空元気ですら振る舞う余裕が無いのか、コラットは猫耳をぺたんとして弱々しく肩を落とした。

 同じだった。12年前……否、それだけじゃない。2年前のスノウが誘拐された時とも。

 これが何者かの意図による行動操作が行われているのは最早決定的なまでに明白だ。

 ――つまり、今、この瞬間に。

 私がこうして彼らの前に現れ、彼らが私の過去に疑問を抱いているこの状況ですらも。

 すべてのきっかけが誰かの台本通りだとするならば、私が選ぶべき道は……ひとつしかない。違えればそれは即ち、彼女たちは用済みとなってしまうだろう。

 そのための、人質。ナギとアカシャは、たったそれだけのために巻き込まれたと言うのか。

 いったい何処の誰だかは知らないが、よくもここまで回りくどい手を打ったものだ。私に疑いの目を向けさせて、彼らに真実を伝えなければその分行動を遅らせる。無理に単騎で乗り込めば、それこそナギとアカシャの命は無いだろう。だからと言って、12年も前の話をして誰が私を信じるというのだ。いや、そもそも私の復讐に無関係な彼らを巻き込むことなんて出来るわけがない。

 事態は極めて混迷。亡霊相手に王手をかけたつもりが、誘い込まれたのは此方だったと言う事か。

 脱力して、私は椅子の背もたれに体重を預けた。


「――あ、またそんな顔してる」


 唐突に視界を横切ったのは、フォズの顔だった。

 あまりにも想定外だったので、思わず私は瞼を繰り返し瞬かせてしまう。


「ちょっとお姉ちゃん、真剣な話をしているんだし失礼でしょう。ごめんなさい、お邪魔しちゃって」

「あら、私だって真剣よフィズ。ねえリムさん、少しよろしいかしら」

「いたっ、お姉ちゃん千切れるっ。千切れちゃうぅぅ」


 そう言って私の返事よりも早くフィズは傍らの妹を引き摺るように隣の席に腰掛けた。たぶん痛いのは繋がっている姉の方も一緒だろうが、そんな事など微塵も表情には出さず彼女はまっすぐ私に向いていた。


「リムさん、この前はマリア姉さんを誘ってお店に来て頂いてありがとうございました。そのお礼がまだ済んでいませんでしたので、是非この機会にと思って」


 端整な顔付きをした令嬢のようなフォズが、これまた鮮麗された満点の微笑みを私に注いだ。

 礼を言われる覚えはなかった。私はマリアと彼女たちが身内だと言う事実など、知りもしなかったのだから。


「それでも、貴女は私たちとマリア姉さんの間に生じていた溝を、ほんの僅かだとしても埋めてくれました。それだけじゃない。リムさん、貴女がこのアイオルビスに来てからまだ2週間とちょっとですけれど、変わりつつある事があるんです。それは他でもない、貴女の行いによって。直接的にしろ間接的にしろ、それは紛れもなく確かな事」


 そこでふと、フォズは私以外の4人の顔を見渡した。


「貴女と出逢って、マリア姉さんは少しだけですけれど変わりました。それは因縁のお相手であるキリンジさんにも既に伝わっていると思うのですけれど……如何でしょう?」

「さぁな、知らねえよ」


 誤魔化すように冷え切ったコーヒーにキリンジは口を付けた。


「だが……近頃あいつが街中を忙しそうに走り回っている姿を見かけるようにはなった気がする」

「ええ、そうですね」


 キリンジの言葉にフォズは嬉しそうに、口許を手で隠しながら破顔した。


「それからアカシャちゃんは、ちゃんとお家に帰るようにもなりましたし」


 向かい側の正宗とコラットがそれに頷く。

 しかし依然として、私には彼女の思惑が読めないでいた。


「なあフォズ。つまるところお前は、なにが言いたいんだ?」

「――なぜ貴女は、なんでもひとりで決めてしまおうとするのでしょうか」


 私の紅い瞳を直線で捉えるフォズの目は、今まで見てきたどんな彼女の表情とも違っていて、私から逸れることを許してはくれない気迫を帯びていた。


「リムさんの事ですからきっと、私たちの想像を遥かに超える範囲まで考えが及んでいるんでしょうね。そして、そのための手段をもう既に打ってあるのでしょう? マリア姉さんが言っていたわ、リムさんは勝てる試合しかしないタイプだって。放っておいてもきっと、貴女は事件を解決してしまうのでしょう」


 まるで私の依頼内容を知り尽くしているかのような、そんな含みを持たせてフォズは続ける。否、違う。彼女は……知っているんだ。何故なら私が初めてアイオルビスに着いたその時、ユビキタスと名乗る獣鬼種の男と話した場所は――喫茶店ジェミニの、このテーブルだったのだから。


「でもね、これは決してリムさんにとってだけの問題ではないわ。ナギさんやアカシャさん、それにスノウさんの事を心配しているのは此処に居る誰もが同じなんです。貴女と共に、事件の解決を望んでいる人が居るのだということを忘れないでください。……このアイオルビスはひとりで散歩するには、少しばかり複雑な形をしていますから。せめて道案内役くらいは、私たちにもやらせて頂けないでしょうか」


 フォズの顔に柔らかい微笑みが戻る。今となっては妹のフィズも、姉を止める気は更々無いらしい。


「……俺たちは一度、あんたの事を疑った。それは事実だ」


 これまで一度も会話に参加をしなかったチャトラが、ここに来て重たく閉じていた口を開く。同時に、蒸気で薄汚れた毛並の頬を腕で拭って、薄く開けた瞼から覗く真紅の球体が此方を向いていた。


「……だが正宗は、紙面でも奏府の公式発表でも無く、あんたの口から語られる事を信じることにしたんだ。知っているんだろう、ナギとアカシャを浚った奴らの事を。黄昏の亡霊の、正体を」

「お願いします、リムさん! 貴女の力を、僕らに貸してくださいっ!」


 再度、正宗がテーブルに頭を付ける勢いで頭を下げる。

 こうして彼らは手持ちのカードをすべてオープンさせた。これでは私の方がアンフェアになってしまう。……そうか、そう言う魂胆だったのか。

 私はようやく理解した。

 彼らが私を呼び出した本当の理由は、異端者である私が3人を誘拐した犯人だと……12年前と今回の、亡霊の正体だと確かめたかったわけでは無く――


「――私を、信じるためか」


 その言葉に、この場に居た全員が頷いた。

 瞬間、私は敗北を認めざるを得なかった。アイオルビスを行き交う多種多様な群像を垣間見て、偉そうな批評を上から見下ろす様に言っていた私もまた、ジオ・ハモニカの至上主義者たちと何ら変わりない存在だったと思い知らされた。

 結局、他の誰も信じようとしなかったのは――私の方なんだ。

 グラスに半分残っていた透明な液体を揺らして波立てる。波紋は広がり結晶の壁へとぶつかって、直に収束する。私の心に拡がっていた波紋もまた、不思議と静かになっていた。もう、時計の音は耳障りではない。



「……分かった、白状するよ。ただ、あまり面白い話じゃあないぞ」


 彼らがここまでお膳立てをしてくれたんだ、私に返せる物はこれしかない。

 この話を誰かに聴かせるのは、生まれて2回目の事だった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ