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Red Rim 黒緋の乙女と円環世界  作者: 32➡1
黒緋の乙女編
23/41

第18環 翔破の円環節79日目



 拝啓 マサムネ様へ


 アイオルビスの蒸気がマルエ=セレニタティスの強い日差しの黄昏に萌える翔破の円環節、如何お過ごしでございましょうか。

 近頃そちらではシルバー・ファントムや例の亡霊事件で騒がしくなっていると伺っております。

 身勝手ながらマサムネ様も御自身の御身体を大切にし、無事息災と事件の早期解決を願っています。


 ひとつ、私の方で気になる情報を小耳に挟みました。

 それは12年前、インジェニー=円環パルログのジオ・ハモニカ、ネーヴェ地区で起こったいわゆるネーヴェ街の亡霊事件に関する話です。

 まさに今アイオルビスで起きている黄昏の亡霊事件とは関連性の多さが注目されている事件でありますが、当時、円環奏府が公表した犯人は9歳の渾沌種(ゼノビス)の少女だったらしいのです。自身の祖母と祖父ですらも凶刃にかけたとされる少女はその後、なんらかの理由によって釈放され、自由の身となってルチア・アクシスの各地を放浪しているのだとか。


 マサムネ様の住んでいらっしゃるヴァーポルム=円環パルログではあまり訊かない噂でしょうが、ジオ・ハモニカを始めとするインジェニー=円環パルログではこの事件の犯人は有名でございます。

 犯人の名は、リム・リンガルム。

 紅い瞳の少女、レッド・リムという悪名で知られるハモニカ人と鉄工人と獣鬼種による渾沌種(ゼノビス)の少女は、現在今まさにアイオルビスへと辿り着いていると語る人も多く居ます。

 そのような人物をもし見かけても、決して近付くようなことはないように注意をお払い下さい。



 なにとぞ、件の亡霊事件にはマサムネ様も御気を付け下さいませ。

 マサムネ様のますますの御多幸をお祈りいたします。



                        敬具


      楼刻暦1667年 ヴァーポルム=円環パルログ 翔破の円環節76日目


      いつでも貴方の傍にいるレグルス・リュコイより






 チャトラが運んできた手紙を読んで、僕は首を傾げていた。

 機関技術学校の昼休み。珍しく学校へと蒸気バイクを走らせやってきたチャトラの持つ封筒には、取り急ぎ目を通すようにとの注意書きがあったのでアカシャやナギ、コラットもその場に居たけれど既に僕の趣味が周知のものと化していたので気にせず開いてしまったことが事の始まりである。


「なによこれ、悪戯にしてはあまりセンスが良くないわね」


 相変わらず行儀の悪いアカシャが手紙を覗き込んでそう呟く。


「レグルス・リュコイって、この前言ってた女の人ー?」

「いいや、それとは別」


 コラットの質問に僕は顔を上げて答えた。これは俗にいうレターネームみたいなもので、本名ではない。かくいう僕も、あまり変わり映えはしないけれど『マサムネ』というレターネームを使っている。


「それにしても随分えっらそうな名前。レグルスとリュコイって、どっちも大昔の王様の名前じゃない」

「へぇ、そうなんだぁ。全然知らなかったぁ」

「レグルスはこのアイオルビスを作り上げたって言われてる鉄工人の王様で、リュコイは鬼人種たちの王様だったよね」


 間抜けな声で驚くコラットにナギが優しく解説してあげていた。

 対してアカシャと言えば僕とレグルス・リュコイさんのレターネームをだしに「あんたも相当ダサいけどね」とにたり顔で厭味を言うのだった。


「あーあ、正宗宛ての手紙がどんなものだったのか気になってたけどあんまり面白くないから損しちゃった。さ、お昼の続きにしましょう。チャトラも少しくらい良いでしょ? 付き合いなさい」

「…………」


 何も言わずチャトラは木陰の麓に寄りかかった。それが彼なりの無言の肯定だった。

 でも、と僕は再度手紙へと視線を向ける。

 悪戯とアカシャは言い切って捨てたけれども、それは果たして正解なのだろうか。

 確かにこのレグルス・リュコイという人から送られてくる手紙は、僕としてもその真意を読み取りにくいのが本音だった。事実、この人物から手紙が送られてくることは今まで数回在ったが、最初の一回きり僕は返事を書いたことがない。胡散臭い、と言ってしまえばそれまでだけれど、なんというか……あまり突いてはいけない藪のような危うさがその文面から現れているからだ。

 それに、なぜこの人はリムさんの事を知っているのだろうかということも気掛かりだった。こんなことは今までに無かった。僕の知り合いを、まるでタイミングを計ったような時期に絡ませて非難するような内容は初めてだ。それも内容としては、かなり明確に。


「ねえ、アカシャ。この話、ちょっと調べてみない?」


 気付いた時には既に、僕はその提案を出してしまっていた。

 それは単なる野次馬根性だったのかもしれないし、好奇心の欲求に勝てなかったせいかもしれない。どちらにせよ、最初はそんな深く考えないでいての事なのは違いなかった。

 正体も知らない謎の人物からもたらされた、都市伝説染みた眉唾の疑惑。この場に居た誰もがリムさんとの邂逅を果たしていたものの、その過去についてまで詳しく訊いた事のある人は居ない。人の過去を遠慮無く探るのはあまり褒められた行為じゃないのは分かっていたけれど、誰だって自分の知り合いの悪評を書かれて気持ちがいい人間なんていないはずだ。


「そうねぇ……あんまり楽しくなさそうだけど」


 珍しくこの手の話題にもっとも食い付きそうなアカシャが一番気乗りしていない様子だった。アカシャとしては多分、常識人で気の利くお姉さんといった感じのリムさんを気に入っているのだろう。成り行き上とは云え、自分と同じ家に寝泊まりしている人を疑うような真似はしたくないのかもしれない。


「この話が冗談だったらそれで良いんだし、どういう経緯があったにしろここまで書かれてリムさんも可哀想じゃないか。だったら僕らの間だけでもはっきり疑惑を晴らしておくのは、悪いことじゃないと思うよ」

「それもそう、ね。まあ暇潰しにはなるかしら」


 渋々と言った口調でアカシャは納得してくれた。


「それにしてもこのレグルス・リュコイって人、いったいどんなつもりでこんな手紙を書いたのかしら。チャトラ、あんたこの人の顔とか知らないわけ?」

「……知らない。俺は回収されて仕分けられた手紙を持ってきただけだ」

「ってことはどこから送られてきた手紙かも分からないわけね。ますます胡散臭いわ」

「だったら過去の新聞とか調べれば分かるんじゃないかな、機関技術学校なら蒸気省の発行した公文書資料室(アーカイブ)があるし」


 食べ終わったお弁当箱を片付けながら、ナギが提案する。

 僕とアカシャは一緒に頷いて、かくして僕らの子供染みたささやかな探偵ごっこは幕を開けた。




 昼休み時、機関技術学校の公文書資料室には僕ら5人を除いて人はいなかった。

 図書室とは違い、蒸気省発行の新聞や歴史資料なんてものは主に授業でしか使われないような書物が多いので、娯楽としては些か退屈なものだ。僕たちみたいな調べもの目的でもない限り、この部屋はかび臭い紙とインクの匂い、それから静寂によって支配されているような四角い空間に過ぎなかった。

 5人は各々に、12年前のジオ・ハモニカに起因する書物を手にページをぱらぱらと捲ったりした。と言ってもコラットは細かい文字を読むと頭が痛くなってしまうらしく開始早々グロッキーになっていたし、そもそもチャトラは付いてきただけで壁際で立ったまま居眠りしていたもんだから、もっぱらちゃんと調べていたのは僕とアカシャとナギの3人だけだった。


「やっぱり量が多いわね。それに比べて我がチームの戦力の無さったら……」


 呆れたようにアカシャが愚痴を零す。


「ごめぇん、あーたん。もう私無理ぃー。みんなの顔も文字に見えるぅー」

「……っ、……何か言ったか」

「ま、もともとあんたたち2人に情報戦は期待してないけれど」


 泣き言を漏らすコラットと、完全に話を訊いてすらいないチャトラ。それには僕も苦笑いでごまかす事しか出来ない。

 既に資料室に籠って2、30分が経とうとしていた。昼休みの時間は刻一刻と減っていく。


「ていうか12年も前の記事となるともうほとんど残ってないんじゃないの? はぁ、結局無駄足じゃない。これはもう正宗のおごりでジェミニのドーナツ4人分だからね」

「ご、ごめん。つい気になっちゃって。やっぱりただの悪戯だったのかな……」


 延々ページを捲りながら僕とアカシャもついには音を上げた。昼休みが終わるまでに見つからないのなら、この話もここまでだ。さっきの手紙も質の悪い悪戯で済まそう、そう考えていた矢先だった。


「――あ、これかも。楼刻暦1655年、インジェニー=円環パルログ、天蓋の円環節14日目の記事。見出しは『ネーヴェ街の亡霊事件、狂気の亡霊食人鬼ついに確保へ』だって」


 ひとり黙々と調べていたナギの声によって、一同はいっせいにそちらへと集まった。

 全員が顔を突き出して、一枚の新聞記事へと目を凝らす。






 楼刻暦1655年 インジェニー=円環パルログ 天蓋の円環節14日目


 ネーヴェ街の亡霊事件、狂気の亡霊食人鬼ついに確保へ。



 前日、インジェニー=円環パルログ 天蓋の円環節13日目の夜、ジオ・ハモニカのネーヴェ地区にて猟奇連続殺人の犯人が確保された。

 計6人に及ぶ被害者を出し、ネーヴェ街の亡霊事件として結晶星都ジオ・ハモニカを襲った犯人は、9歳の少女、リム・リンガルムであると円環奏府は発表した。

 捜査員たちに取り囲まれた少女は紅く血塗られた奏銀製のナイフを片手に持ち、全裸で自らの祖母の遺体の前に佇んでいたのだという。祖母の遺体は他4名の被害者と同様、腹部を中心として喰い散らかされたかのように四肢と臓物が散乱した状態で横たわっていた。

 捜査関係者によれば、少女は未だ発見されていない6人目の被害者、祖父であるルフス・リンガルムの殺害にも容疑があり引き続き事件解明に向けた捜査が行われていくという。

 食人殺害という極めて猟奇的な事件の犯人が9歳の少女という驚きの事実公表に、事件の起きた周囲では恐怖の念を抱いて犯人であるリム・リンガルムを紅い瞳の少女(レッド・リム)と呼ぶ者が後を絶たない。



 ……。



 …………。






「……アカシャちゃん、今日、うちに泊まって行かない?」


 帰り道の途中。重たくなっていた空気の中、ナギが気を使ってアカシャを誘った。

 当のアカシャと言えば何も答えず、ちいさく一度だけこくんっと頷いた。

 あの記事を読んでから僕らは、無心になってネーヴェ街の亡霊事件に関する資料を探し、読み漁った。

 書いてある情報はそのどれもが、『紅い瞳の少女(レッド・リム)』と呼ばれる9歳の女の子が起こした猟奇殺人事件に関わるものだった。そしてそれらは全て、レグルス・リュコイという人物から送られてきた手紙の内容を逐一裏付ける事にもなってしまった。

 食人。それは人が人を食べるという行い。正に殺人鬼が、鬼と呼ばれることに酷く納得する。でもそれを口にしてしまうことは、コラットやチャトラたちもその仲間だと言ってしまうような気がして、そんな事を想ってしまった自分に腹が立つほど後悔した。かつての歴史を鑑みれば、彼ら鬼人種の名にも鬼の文字が含まれてしまったのは仕方のないことなんだろうけれど、それでも、僕はその事を認めたくなかったのだ。

 事実、リムさんにしても同じだ。何かの間違い、他人の空似ということだって考えられなくはない。

 でも、それをアカシャに言ったところで彼女は……


「そんな都合のいい話、あるわけないじゃない」


 と冷静に言ってのけるのだった。この時ばかりは彼女の性格がどうとかではなく、僕を含めた4人全員もそう思ったことだろう。あれだけ大々的に、公的機関によって公表された情報が、今の僕らに接する形で、事実として存在するのだということを嫌と言うほど叩きつけられた気分だった。


「でもっ、仮にネーヴェ街の亡霊事件の犯人がリムさんだったからって、黄昏の亡霊事件の犯人もリムさんだってことにはならないんだし……」

「そうね。……でもそれって結局、リムさんが人殺しの犯罪者ってことには変わりないんじゃないかしら」

「あうっ、あうぅ……」


 コラットの慰めも、墓穴を掘ることにしかならなかった。

 ナギに手を繋がれる形で、アカシャたちは雲海層6階行きの蒸気エレベータへと乗り込んで行った。自分の家である工房『7人の薄汚い小人とすてきな女王様』のある雲海層8階ではなく、だ。


「……私、今度ユキちゃんや紫道さんにも聞いてみる。もしかしたらユキちゃんには怒られちゃうかもしれないけど……でも、それでもちゃんと本当の事、聞いてみたいの。あーたんの事も心配だけど、私もリムさんの事、好きだから」


 どんより灰色の蓋がかかる僕らの空気を吹き飛ばそうと、コラットは真面目な顔で拳を作って意気込んだ。チャトラの方へと目を向けると、どうやら僕の意図が伝わったのか、彼は自分の塞がったままの口許をゆっくりと開いた。


「……俺はあいつがどんな人間かなんて興味無い。その過去がどうだったかなんて、紙に書かれていたことが事実かどうかなんてことにもだ」


 チャトラはきっぱりと断言した。こういう時、コラットとチャトラ特有の竹を割ったような思い切りの良さには尊敬すら抱いてしまう。

 やっぱり、彼らは僕とは違って立派だ。僕にはまだ、そう思い切れるだけの覚悟が出来ていなかったのだから。


「……大切なのは今、目の前にある事実だろう。俺にそれを教えてくれたのは、お前だ」

「チャトラ……。ありがとう」


 うじうじしっ放しだった僕の目をまっすぐ見つめて、チャトラは励ましてくれた。

 そう、彼の言う通りきっと大丈夫だ。だって僕らはみんなそれぞれが、見てくれも中身ですらも、こうも違うけれど……それでもこうして、友達になれたんだから。

 だからきっと、大丈夫。今はまだ、余計な詮索で揺らいでしまっていても……いつか、僕もアカシャも元通りくだらない話で笑い合うように戻れるはず。コラットとチャトラの言うように、僕らはまずは知ることだ。リム・リンガルムと言う人がどういう人か。紙に書かれた事なんかじゃなく、本人の口と行動で。それが仲良くなるための、一番手っ取り早い方法だということを、僕らは既に知っているのだから。

 よし、と前を向いて3人になった僕らは家路についた。

 思えばこの時、なぜ僕は彼女らを見送ってしまったのかと、自分の頬を自分で殴りつけてやりたくて堪らない。



 アカシャとナギの行方が分からなくなったのを知ったのは、ふたりと別れてから一晩が明けた朝の事だった。




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