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Red Rim 黒緋の乙女と円環世界  作者: 32➡1
黒緋の乙女編
14/41

第10環 翔破の円環節69日目③



「止まりなさいシルバー・ファントム! ……貴方を、拘束します!」



 まっすぐボクへと突き刺す少女の視線。寸分違わず逸れる事のない力強さを灯した紅い瞳には、また幾らかの恐怖も同時に混入していた。


「……出来るのかな、今のキミに」

「出来ますっ、み、見習いだけど私は……階層警備隊なんだからっ」


 そう断言するコラットの膝から下はマリオネットの如く無様にがくがくと震えている。無理もない。彼女はまだ幼い16歳の女の子なのだ。

 空中へと末拡がる広い階層路の上、シルバー・ファントムたるボクとたったひとり対峙する人鬼種(ゼノ)の少女。彼女にとってみればボクは世間を賑わす有名人であり、階層警備隊が威信をかけて追い求める犯罪者でもある。

 一介の見習い学生隊員である彼女からして、文字通り今のボクは雲の上の存在に等しい。

 だが現実として今この瞬間にボクの歩みを止めたのはあれだけ多く集まっていた警備隊の勇士たちではなく、コラットただひとりだった。


「どうしてボクが本物のシルバー・ファントムだと解ったんだい?」

「そ、それは……」


 丸腰のままボクを捉える構えをしていたコラットが初めて隙を生んだ。そこで空かさず姿を晦ますことも出来たけれど、火埜蔵隊長以外にもボクと対峙出来る存在の彼女に興味があった。

 今頃他の警備隊員たちは偽物のボクの影を追って、まったく見当違いの場所へと向かっていると言うのに。それでも彼女は……彼女だけは偽りの偶像に囚われず、真実を見通していたのだ。


「私も最初はエレベータの方にシルバー・ファントムが向かうんじゃないかって思ってた。思ってた、けど。紫道さんがその可能性を考えないわけがないって、途中でそう思って……だから、紫道さんはなんで私たちは何があってもここから動くなって言ったのかを考えて……それで、本物はこっちの道を通るんだって。紫道さんはきっとそう考えてたんだって、思って。それに、そっちの方が多分……シルバー・ファントムらしいから」

「ボクらしい?」


 中々面白いことを言う。思い巡らせた末、まるで彼女は火埜蔵紫道とボク、その両者を信じているような口ぶりだった。


「キミは火埜蔵隊長の言葉と、ボクの行動のふたつを照らし合わせてこちらに戻ってきたと言うのかい?」

「そう……です」

「なぜボクならこうすると思ったのか、その根拠も訊いていいかな」

「……ンだから」


 俯きながらコラットは口許を小さく動かした。マルエ=ヌビウムによって照らされる彼女の表情はまるでちいさな子猫のように健気で可憐だった。

 聴き取るのに困難だった彼女の言葉にボクは沈黙を貫く。ふたりの間に流れる静寂。切り取られた時間の中に佇む絵画を連想させた。

 凍りついた時を進めたのは、コラットの方だった。振り上げた顔は今にも泣きだしてしまいそうなほどに頼りない。それでも彼女の表情には、覚悟を決めたような迫力が伴っていた。


「――ファンだからっ!」

「……。…………ファン?」


 自分でも珍しいと感じるほどに、よりによってこのボクが呆気にとられてしまう。今、コラットはファンだと言ったのか? それはつまり階層警備隊の見習い隊員であるにも関わらず、彼女はシルバー・ファントムの――


「そうですっ、私、貴方のファンなんですよぉっ! 駄目だって解ってるのに。それなのに、私……今、本物のシルバー・ファントムが目の前に居るってだけでも夢みたいで、しかもこうして会話までしちゃって……掴まえなきゃ駄目なのに、嬉しくてぇ……っ」


 涙目で両手に拳を作る彼女には警備隊員としての威厳などすっかり存在せず、それはもはや暗い夜道で迷子になってしまったひとりの少女の姿に過ぎなかった。

 なるほど。ボクのファンだからこそコラットはボクの取るべき行動の予見が出来た、と言うのか。言い換えれば火埜蔵隊長もボクを掴まえると言う結果は伴なえど、実質は熱烈なラブコールを送るファンだと言える。そんなふたりだからこそボクのもとへと辿り着くことが出来たのだから、彼女の意見はもっともだった。

 こんな近くに存在していた更なるボクの理解者。そしてその人物は皮肉にも、このボクを捕えようとしている相手だったなんて。なんて……燃える展開なんだっ。


「それでシルバー・ファントムのファンであるキミは、このままボクを見逃してくれると言うのかな?」

「いいえ、見逃しませんっ!」


 腕で目許を拭った彼女はきっぱりと言い放つ。その口許はにやりと、薄い笑みすら浮かんでいた。

 そうだ。それでこそだ。


「貴方のことは、貴方のファンであるこの私が逮捕するんですからっ」

「面白い、ならばやってみるがいい!」


 悪の親玉然とした台詞を完璧に演じ切ると、ボクは銀色のマントを翻し天海層へと続く階層路を駆けた。

 背後から「よーしっ」と可愛らしい掛け声が聴こえたかと思うと次にはボクを追って来る少女の足音が近付いて……追い越していった。


「――あれ?」


 コラットもまた、ボクと同じように不可解な顔をしてこちらを向く。そして――


「とりゃああぁぁぁっ」

「う、うわあぁぁぁ!」

「……あ、捕まえちゃった」


 身体全体を使ってコラットにタックルされたボクはまんまと彼女に組み倒されてしまった。

 肝心なことを忘れていたのをボクは今さら思い出す。機関技術学校時代のボクの体育の成績は、『がんばりましょう』だったことを。




 腹部に走る鈍痛と、飛びかかってきたコラットの体重。

 背中に感じる衝撃と、階層路面の冷たさ。


「うそ……私が、シルバー・ファントムを……」

「くっ。STI‐0703っ、パージ!」


 耳のピアスに触れ、ボクは座標を叫んだ。すると階層路に突き出た細い蒸気管のひとつが破裂し、圧縮されていた蒸気がいっきに噴出する。


「やったーっ、やりましたよぉー紫道さーんうわっぷぁぁぁっ!」


 圧縮蒸気がコラットに直撃し、彼女の身体は真横に吹き飛んでいった。

 息も絶え絶え、身体を起こしたボクは再びピアスに触れた。


「助かったよ、アンゲルゼ」

『もう、なにやってるのよジョニーっ!』


 耳元から愛しのマイエンジェルが放つキンキン声が響く。結晶製のピアスは奏銀の放つ感応周波数を使ってボクとアンゲルゼを繋ぐ旧世界の喪失技術、いわゆるアーミット・アルケイテスと呼ばれるうちのひとつ、コンコルディア協会が独占し回収員(ガンナー)検閲官(バロウズ)が使用する無線通信技術を応用したものだった。


「想定外だったよ、コラットの身体能力と瞬発力を侮っていた」

『そもそもジョニー、貴方の体力って普通の成人男性よりも遥か圧倒的に劣っているじゃないの』


 なんとも辛辣な言葉だった。これでも家々の屋根を華麗に飛び越えるくらいの練習はたくさんやったと言うのに、酷い言い様だ。それでもコラットの運動神経がボクの努力をさらに上回っていたことは認めざるを得ないが。


「うぐぐ……負ける、もんかぁっ」

「もう復活してる!?」


 驚異的な体力を持った少女、コラットが地面を這いつくばりボクの方へと向かって来ていた。並々ならぬ執着心とガッツ、それはもう敬意を表したいほどだった。

 だが、シルバー・ファントムがここで彼女に捕まることは許されない。なんとしても今夜、ボクは白金の方舟を手に入れなくてはならないのだ。

 生きた死体のような状態のコラットを放置し、ボクは再度駆け出す。想定外なことが続いたけれどシナリオは未だボクの描いた道筋を辿っていたのが幸いだった。

 天階層10階。ここから12階までは先ほどボクが発動したフェイクの銀影が同時出現し、警備隊たちは中央エレベータへと向かってしまったのだから突破するのは容易かった。

 問題はその先。階層都市アイオルビスの終着点、極海層13階。そこで待つ階層警備隊の本隊と、隊長である火埜蔵紫道。これまで4年もの間ボクを追い続けてきた火埜蔵隊長には、それこそ生半可な舞台装置では歯が立たない。

 焦る気持ちを抑え、ボクは無心で階層路を突き進む。今頃アンゲルゼもルートL355――常人では決して生きて進むことの出来ない蒸気ダクトを通って目的地である大聖堂(カテドラル)へと向かっていることだろう。

 あとは、ボク自身の力で切り抜ける他なかった。

 視界の端に大聖堂(カテドラル)の尖塔が映る。走り続けて汗だくとなった首筋が気持ち悪い。ボクの体力は限界寸前だった。

 そしてゴール目前となったところに、最大の敵にして最難関である男が現れる。


「……やはりこちらがお前の本命であったか、シルバー・ファントム」

「ははっ、火埜蔵隊長。相変わらず仕事熱心でいらっしゃる」


 目許を仮面で覆っているとはいえ、今のボクの状態は彼に筒抜けなのは間違いない。

 前面の大聖堂(カテドラル)へと続く階段を塞ぐ形で、火埜蔵隊長とその部下たちが立ち並ぶ。難攻不落にして絶体絶命。それはまるで4年前、ジオ・ハモニカで体験した時の状態と酷似していた。


「お前の子供騙し染みた手品が私に通じるとは思わないことだ。来るなら正道で以って打破してみせよ。今夜、私はお前との関係に終止符を打つ」

「そりゃあ結構なことで。だけど」


 認めてはいるけれど、貴方の美学に付き合っていられるほどの力はボクには備わっていないし、そんな余裕もない。ボクはボクのやり方で、火埜蔵紫道という男を超えてみせる。

 真正面からぶち当たって勝てる相手じゃないのは解りきっている、まずは奴を大聖堂(カテドラル)から引き離すのが最良の一手。せめて、アンゲルゼが辿り着くまでは注意をこちらに向ける必要がある。

 一歩、ゆっくりと後退する。火埜蔵隊長の鋭利な瞳はぶれることなくボクを見つめていた。


「手が甘いな、シルバー・ファントム」


 厳格に結ばれていた口許が紐解かれ、火埜蔵隊長は低く言葉を紡ぐ。

 肩越しに視線を後ろへと向けてみると、薄汚れた頬のコラットが立っていた。


「今度はもう、逃がさないんだからっ」


 まさか、あれだけ直に圧縮蒸気が当たったというのにここまで走って追って来たというのか。火埜蔵隊長以上に、彼女の存在はイレギュラー極まりなかった。

 火埜蔵紫道。貴方はこうなることを予見して、自分ではなくコラットをあそこに配置したというのか。

 思わず唇を噛み締める。これでは、ボクの描いたシナリオが……。


「万策尽きたようだな。各員、シルバー・ファントムを捕えよ!」


 火埜蔵隊長の指示で、警備隊員たちがボクを取り囲まんと動き出す。

 刹那、大聖堂(カテドラル)の端にマイエンジェルの姿が見えた。


「ふふふ……はーっはっはっはっはっ!!」


 笑った。勝利の勝鬨をあげるように、邪悪な犯罪者を象徴する高笑いを心の底から。

 思い通りだったよ、すべてボクの。


「し、シルバー・ファントム……」

「恐れるなコラット、虚仮威しだ! もう奴に策は残されておらん!」

「心外だな、誰にものを言っているのだ火埜蔵隊長!」


 マントの端を持ち、堪えることの出来ない含み笑いを覆い隠す。

 最後の不安要素だったアンゲルゼの到達を確認した今、ボクを止めることなどキミたちにはもう出来ない。


「諸君はボクこそが銀影の魔術師にして世紀の大怪盗、不可能を可能とするシルバー・ファントムだということを忘れてしまったのかな」

「戯言を、貴様はただの犯罪者だ。それ以上でも以下でもなく、ましてや魔術師などと!」


 痺れを切らしたのか火埜蔵隊長自らが宿命たる相手、シルバー・ファントムへと向かって突撃を開始する。そう、すべて貴方の言うとおりだ。ボクはただの犯罪者。魔法も魔術も、そんな力は広大なルチア・アクシス全土を渡り歩こうとも見つかりはしないだろう。だけれどね、【在る】んだよ。神にしか不可能とされる力を操ることの出来る者がこの世界には。かつてのインサニア大戦でクロノラインを突破したとされる鬼人種(ガリバー)の王、リュコイのように。

 そして4年前。ボクが盗み出した『結晶星都の夜』のように。



「――天を覆う海の頂き、遍く生命の方舟が座礁する時、灯の影は数多の銀影と化す。楼刻の時計塔より放たれるシルベは銀影によって覆われ、今宵、方舟は座礁する」



 異変に気付いた隊員たちがざわめきながら揃って上空を見上げる。


「ま、さか……これは……っ!!」


 瞳孔を開き切り、陰り行く聖なる燈台の灯りを見つめる火埜蔵隊長の足は、完全に停止してしまっていた。

 急速に、辺り一帯が暗黒へと呑み込まれていく。マルエ=ヌビウムの放つ淡い光はすでに、総質量の8割以上が欠けていた。

 すべての生命を束ねるように、巨大な影がボクらの身体を呑み込んで行く。

 それでも懲りずに彼だけは果敢にも、ボクへと迫り来ようとしていた。もう、なにもかも遅い。


「ま、待て。シルバー・ファントム!」

「ボクの勝ちだよ、火埜蔵隊長」


 大地を照らすマルエ=ヌビウムが機能を停止した時、ボクらの姿は闇に塗りつぶされ各自の視界から消滅した。




 世界が暗黒に包まれてからものの10分もせずに、マルエ=ヌビウムの機能は復活した。たかが10分だと言うのに夜間のルチア・アクシスにおいて最大質量を誇る光源を突如失ってしまうと、暗闇に呑み込まれた体感時間は驚くほど長く感じたに違いあるまい。

 先ほどまではそれほどでもなかったが、一度光のまったく無い深淵の暗闇に浸ってしまうとマルエ=ヌビウムの放つ光はとても眩しく煌々としていた。


「――っ。おいお前たち、シルバー・ファントムはどうした?」

「……居ません。逃げられたようです」

「黒昼でも白夜でもなく、ましてやマルエ=ヌビウムが時計塔の影に入る境界日でもないというのに自らの意思で機能を停止させるとは……そんなことは神にしか許されん行為だ。4年前の結晶星都の盗まれた夜。一度ならず二度までもそんな芸当をやってのける奴は……楼刻の時計塔を司る天空神、カンパネルラの力を操れると言うのか」


 苦々しい表情で火埜蔵隊長は拳を地面に叩きつけた。そうだな、半分くらいは正解だと言っておこうか。


「紫道さん……あっ。し、紫道さんっ! あそこにっ」


 心配そうに彼を見つめていたコラットが不意に視線を持ち上げ、ボクの姿を発見し指差す。

 暗闇に紛れて包囲網を突破したボクは、大聖堂(カテドラル)尖塔(ミナレット)から彼らを見下ろしていた。


「奴め、あんなところに!」

「隊長と我ら警備隊を弄びやがって、今度こそ掴まえてやる!」

「――止まれ」


 隊員たちが血気盛んに大聖堂(カテドラル)の敷地内へと入り込もうとするのを、火埜蔵隊長は一喝して止めた。


「隊長、奴はすぐ目の前です! なぜ止めるのですか!?」


 無論、彼らの不服はボクが訊いても当然だった。もちろん、当の火埜蔵隊長本人ですらも。

 だが彼には部下たちを止めなければならない使命がある。それは階層警備隊に所属する隊長として守らなければならない、責務として。


「……大聖堂(カテドラル)の敷地内は方舟教団の管轄だ。蒸気省に所属する我らには、これ以上の捜査権限が存在しない」

「でも、だからって……!」

「控えよ!」


 火埜蔵隊長の放ったその怒号で、隊員たちの騒ぎはしんと収まった。異を唱える者は誰もいない。

 もっとも、一番の異は火埜蔵隊長の険しい表情が物語っていたことは言うに及ばないが。

 彼はその遥か頭上に居るボクを睨みつけた。マルエ=ヌビウムの放つ光など比べ物にならない、鋭く磨がれた刃のような目付きだった。


「――貴様は、それすらも見越していたと言うのか。だから、こんな奇想天外で大胆不敵な計画を実行したと言うのか。答えろ、シルバー・ファントム」

「方舟教団と円環奏府の折り合いなんてのは、今どき機関技術学校初等部の子供でも知っていることですよ。あとは貴方の言う正義の正道ってやつの匙加減だったんじゃないんでしょうか」


 淡々と有りのままの感想を伝える。ボクと似た者同士である貴方だからこそ、つまらないしがらみなどに囚われて己が為すべきことを忘れて欲しくなかった。一度正義の肩書を背負った貴方には、正義を演じ続けなければならない責任があるのだから。


「そうだな。貴様の言う通りだ。だが……忘れるなよ。貴様は必ず私の手で捕まえる。どのような手段を問わず、などと腐りきった外道どものような手は使わん。私は私の信じる正道でもって。必ず」


 どこか清々しくも、決して表情は崩す事なく彼は言った。きっとこのまま、ボクが方舟を盗み出して再び大聖堂(カテドラル)から姿を現すまで、彼はここに佇み続けることだろう。それが彼の殉じる正道というのであれば、きっと。


「楽しみにしていますよ、ミスター。では、アデュー!」


 マントを翻して、ボクは尖塔の裏側へと飛び下り姿を消した。

 ……。

 …………。


「良かったのですか火埜蔵隊長?」

「かまわん。先ほど教団と協会、それぞれの関係者が大聖堂(カテドラル)へ向かったのだからその内部で我らがどうすることも出来ないのは事実。それに我々の任務はまだ終わっていない。奴が再び逃げ出す時を狙って、再度取り囲む。各自、気を緩めるなよ」



 ……。

 …………。


「――それで、これからどうするの? もうおうちに帰る?」

「い、いや……ボクは平気だ。なんの、これしきの事……っ」


 尖塔から屋根へと飛び下りた時、足首を捻って負傷したボクの姿をアンゲルゼが冷たい目で見つめていた。


「はは、それよりキミが無事で良かったよ」

「本当にね、もう蒸気ダクトなんてこりごりだわ。臭いし汚いし湿気が酷いし」

「……今度からは別のルートも割り出しておくよ」


 彼女の高圧的な声色に耐えられなくなってきたので、素直に頷いておく。


「それよりも、ジョニー。さっきのマルエを操作したアレ……」

「大丈夫さ、方舟は奴の求めるものでもあるのだから。これくらいの協力はしてもらわないと割に合わない」

「それならいいのだけれど。でも約束して、無茶だけはしないで」


 どこか不安を拭い切れない様子のアンゲルゼはめずらしくシュンとしながら、ボクの腕を摩ってくる。


「うん、約束するよ」


 そう言ってボクは彼女に微笑む。嘘はつかない、ボクはこの命に代えてもキミを守り通してみせると決めたのだから。

 さぁ、目的の品はもう目の前だ。意を決して大聖堂(カテドラル)の内部へと垂らしたロープを使い、礼拝堂へとボクは侵入する。アンゲルゼは屋根の上からボクをサポートする算段だ。

 礼拝堂、カルネアの間の中央に、それは在った。

 遍く生命の方舟と呼ばれる神、カルネアを模した白金のカルネア像。

 薄い石版(モノリス)の形をしているが、これこそが人類の創造主たるカルネアの姿だという。

 小高い台座にはめ込んだだけの、およそ神とは思い難い純白の石版へとボクは手を伸ばした。


『――ジョニーっ、危ない!!』

「っ!?」


 アンゲルゼの声が耳元で爆ぜたと同時にボクは台座の横へ転げ落ちた。

 爆発音に似た音とともに、礼拝堂のステンドグラスが粉々に砕け散っている。辺りには火薬を使用したと思わしき独特の匂いが立ち込めていた。


「ちぇっ、なぁーんで避けちまうかなぁ糞コソ泥さんよぉ」


 礼拝堂の隅、暗部となっていた影から修道衣を纏った女がかつかつと足音を鳴らして光のもとへ姿を現す。その腕には神に仕える純潔たる乙女には決して似つかわしくない、武器――このルチア・アクシスにおいてコンコルディア協会と呼ばれる組織の人間だけが所有するとされる、銃が抱かれていた。


「うふ、うふふふふふふ。テメェはどこまでアタシを愉しませてくれんのかなぁ。……ああ、やっと協会からの許可が下りたんだから遠慮せずに『これ(レシスト)』を使える! あはは、こんな糞忌々しい聖堂を粉々にしながら殺し合えるなんて。想像しただけでもう濡れちゃいそう」


 黒く濁った翼。桃色の髪。レシスト、と呼ばれた銃を持つシスター姿の女。マリア・桜庭。ボクが調べた情報だと彼女は方舟教団に所属するシスターであると同時に、コンコルディア協会のアイオルビス常駐回収員(ガンナー)赤ン坊(キスティル)のラストネームを持つ女性だ。

 くそ。彼女の存在は知っていたけれども、まさかコンコルディア協会と教団が繋がって行動するとは。階層警備隊の立ち入りを認めなかった理由は決して円環奏府と教団の折り合いってだけじゃなく、更なる理由のひとつがこれか。

 マリアの存在自体はそれほどの脅威じゃない。彼女の異常性は兼ねてより解っていた。それよりも問題は旧世界の喪失技術……結晶化技術と並ぶ協会の驚異的軍事戦力、銃だ。


「アタシを気持ちよくさせてね、素敵な怪盗さん」


 凶弾を放つ禍々しき筒の口が、ボクへと向けられる。せめてさっき、足首を挫いてさえいなければっ。こんな伏線回収、ボクのシナリオには必要ないと言うのに!

 辛酸な想いのボクをよそに、マリアの恍惚と蕩けきった表情は快楽に堕落した聖母の如く背徳的な妖艶を夥しく孕んでいた。




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