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Red Rim 黒緋の乙女と円環世界  作者: 32➡1
黒緋の乙女編
13/41

第9環 翔破の円環節69日目②



 マルエの機能がセレニタティスからヌビウムへと切り替わり、美しかったアイオルビスの黄昏は暗く深い霧に包まれた妖艶なる街並へと変貌する。

 階層都市アイオルビス、雲海層9階。

 警備隊によって完全に封鎖された天海層への入り口となる階層路。そこへと通じる大通りを見渡せる民家の屋根に、ボクとアンゲルゼは腰を下ろして様子を窺っていた。


「アンゲルゼ、彼らの会話を拾ってくれるかい?」


 傍らのマイエンジェルへと目配せると、彼女は一度だけ頷いた。

 いつもなら彼女の魅力的な高音を奏でる口許から、数十メートルは離れた距離に佇む警備隊員たちの赤裸々な会話が雑音混じりに発せられる。


『ふあぁぁぁ……あ、やばっ』

『どうした、見習いのお子様はもうおねむの時間かい?』

『そ、そんなことないですよぉ。ちょこぉーっと気が抜けちゃっただけですー』


 メンテナンスを受けた彼女の集音機能の精度は抜群だった。これほど明確に訊き取れれば警備隊員たちの行動などまったくの筒抜け状態に他ならない。

 しかし……なるほど。あそこにはコラットも居るのか。機関技術学校の学生と階層警備隊の見習い隊員を掛け持つ彼女のパワフルさには脱帽する。

 愛しきアンゲルゼの力によって傍受した彼女らの会話を、このまま暫し堪能することにしよう。


『センパイ、私思うんですけど……シルバー・ファントムは本当にこの階層路を使って大聖堂(カテドラル)へと向かうんでしょうか? いくら区間エレベータを停止させたと云ってもこっちにかなりの隊員数を割いてる分、逆にそっちを狙われたりしません? それに4日前の夜にもシルバー・ファントムが現れた時、彼は階層路を使って逃走したじゃないですか。偶然私もその時、シルバー・ファントムに遭遇しちゃったんですが……警戒されると分かっていて、もう一度同じ手を使ったりするのかなぁ』

『確かにコラットの意見には自分も同意するが、火埜蔵隊長から我々は決して階層路の持ち場から離れてはならないと云った命令が下されている。おそらく何か確信があってこの包囲網作戦を決行されたのだろう。なあに、隊長は伊達に長年シルバー・ファントムを追い続けてきたわけではない。心配せずとも奴はきっと現れるさ』


 ふむふむ、そう来たか。流石は火埜蔵紫道。どうやら彼は、翔破の円環節65日目にボクが現れた理由にまでは辿り着けているらしい。恐ろしいまでに冴えた人だ。

 彼もまた、ボクにとっては親愛なる理解者のひとりとしてカウントしている。怪盗と警備隊の隊長、その立場は完全にベクトルを違えていたとしても――彼の姿はこのボクと実によく似ている。なんと云うか上手く言葉に表すことが難しいけれども、異常なまでに正義とやらを実直に信仰する彼は同じ匂いがするのだ。


「ねぇジョニー、本当に大丈夫なの? 今回はあっちも相当気合が入ってるみたいだけれど」


 中継を閉じたアンゲルゼが不安そうにボクの顔を見つめた。


「心配はいらないさ、如何に火埜蔵隊長がボクの思考を知り尽くしていたとしても」


 そう。ボクと彼の間に存在する、違い。

 ボクには有って彼には無い、絶対的な力の差。

 認めよう。ボク個人の本来持ち得ていた能力では火埜蔵紫道と云う男の前には手も足も出やしない。それこそ、どんなに遠く手を伸ばそうと太陽には決して届かない影と同じ。アイオルビスと云う街を照らす正義の体現者である火埜蔵紫道と、衰退した貴族出身のジョニー・センデルスとか云うなんの取り柄もない男が、対等に渡り合える道理などあるものか。そんな試合はそもそも観戦するにも及ばない、非常にナンセンスな出来レースに違いないのだから。

 でも、そんなボクであっても力を手に入れた。どう足掻こうとも勝利することの出来ない相手を超えるための武器。怪盗シルバー・ファントムである、このジョニー・センデルスだけが手に入れることのできた、この世に勝るもの無き、強さ。


「ふぅん……で。ご自慢の奥の手(それ)が何なのか、そろそろ私にも教えてもらえる?」


 うんざり惚けた口調でアンゲルゼが問うてくる。


「はは、知れたことを。それは……」

「それは?」


 銀影の象徴である銀色の仮面を被る。無力だった舞台裏の自分へと別れを告げ、ボクはボク自身が変わることを受け入れる。ジョニー・センデルスから、シルバー・ファントムへと。

 華やかなステージ。ボクのために用意された最高の舞台。だから、ボクは。

 想いの限り、叫ぶ――



「キミへの、愛だ!!」



 蒸気の隙間より注がれる、マルエ=ヌビウムの聖なる淡い光。

 夜の暗闇に煌めく刹那の銀影、シルバー・ファントム。

 ……そう、それこそがボクだ。


「ボクだ、じゃないわよこの超次元級馬鹿っ!」


 背後からアンゲルゼの罵声が蒸気バイクもびっくりのスピードで突っ込んで来た。


「し、シルバー・ファントムだ! シルバー・ファントムが現れたぞ!」

「誰か、至急応援を呼べ!! 極海層に居られる火埜蔵隊長にもお伝えしろ、すぐにだ!!」

「わっ、わっわっ。ほ、本当に出た……本物の、シルバー・ファントムだ。それもこんな、近くに……っ!」


 眼下に大勢の警備隊員たちがわらわらと集まってくる。その数は先ほどまで目測していたよりも遥かに多い。やれやれ、いったい彼らは何処に潜んでいたと云うのやら。


「あーもー信じられないっ。なんでのこのこと自分から姿を現しちゃうのよ、貴方本当に怪盗やってる自覚あるわけ!? ていうか何よさっきの! あんな恥ずかしい台詞を、しかも大声で……っ」


 辺り一帯が騒然とパニック状態になる中、アンゲルゼはいつもの調子でひとりぷりぷりと頭から蒸気を噴き出しながら忙しそうにしている。きっとボクの男らしくも紳士的な愛の宣言に、余程感激したのだろう。

 今すぐにでも彼女の身体を抱き寄せ、その冷たい頬に誓いの口づけをしてやりたかったが……まずは作戦を遂行するのが先である。すまないが今しばらく耐えてくれ、ボクのマイエンジェル。ボクも、頑張って耐えるから……っ。


「どうするのよ、ジョニー!」

「せっかちなマイエンジェルだ、まあボクとしてはその方が嬉しいけれどね」

「全部が全部、貴方のせいでしょうがっ!」

「そう、ボクのアンゲルゼに対する愛が強すぎるが故に――」


 その時、背後から殺気に似た何かがボクの身体を貫き……気付けばアンゲルゼの腕がボクの背中をど突いていた。


「……次ふざけた事云ったら、ここから突き落とすわよ」


 おいおいそれは勘弁してほしい。幾ら世紀の大怪盗シルバー・ファントムでも空を飛べるわけじゃないんだぞ。だが君の事を想えばボクはいつでも自由に空を飛び回れるのだけれどね。ははは。

 ――とは、今のアンゲルゼに対していくらボクであっても云えなかった。


「仕方がない」


 耳に付けていた結晶製のピアスへと触れる。キンッと耳鳴りに似た音が一瞬、ボクの鼓膜を震わせた。


「アンゲルゼ、ハーモニーシルバーシグナルへの感応周波数の同調開始を頼む。シグナルの位置はMNM‐4277、SKW‐0083、JOP‐2650、FRA‐1948」

「えっ、あ。りょ、了解。――感応周波数発信。MNM‐4277、適合。SKW‐0083、適合。JOP‐2650、適合。FRA‐1948……適合。同調開始、完了まで残り14.27/sec」


 ボクの伝えたシグナルを発見したアンゲルゼは体中から駆動音を響かせ、順次同調を行っていく。

 屋根の縁、ぎりぎりのところまで歩み出て見下ろすと円環警備隊の連中は更に数を集めボクたちを取り囲むように布陣を形成していた。

 だが、そんなことは脅威ですらない。

 彼女と……アンゲルゼとボクの力が合わさればこの世に不可能なことなど在りはしないのだから。

 所詮彼らは観客だ。ボクの想い描いたシナリオを心行くまで堪能してもらうための特等席をこうして用意したのだから、どうか最後まで楽しんで行ってもらいたい。

 天の極みは陥落し、神の方舟は座礁する。今こそが、その瞬間。

 さぁ、数多の銀影が織り成すパレードの始まりだ。




 立ち籠る夜霧の中に七色の支柱が燦然と現れる。無数に伸びたそれらの光はアイオルビスの街並を鮮やかに彩っていき、やがてひとつの人型へと収束した。人型は民家の壁、屋台の屋根、通りの路面に至る様々な箇所に分散し、姿を現していく。それはまるで数多の銀影のように。

 狼狽した階層警備隊の隊員たちをよそにして闇夜に照らされた銀影たちは一斉に、てんでばらばらな方角へと向かって走り出した。


「お、追え! シルバー・ファントムを逃がすな!」


 ひとりの隊員が咄嗟に叫ぶ。

 しかし彼の指示で首を傾げる者は居ても動き出す者は誰も居なかった。


「追えって……どれを?」

「全部に決まっているだろう!」

「大変です、アイオルビス中央エレベータが駆動しています!」

「なにぃっ!?」


 街の中央、ここからでも望める一際大きな蒸気管が朝でもないのに怪物の呻き声とも思える汽笛を鳴らし、大量の蒸気を吐き出していた。

 彼らの多くが銀影と中央エレベータに視線を逸らした隙を見て、ボクとアンゲルゼは暗い路地裏へと潜む。

 表の舞台装置は完璧に機能していた。観客はまんまとボクの世界へと引き込まれ、一点を除いてシナリオ通りに事は進んでいく。


「シルバー・ファントムめ、どういった魔法を使ったかは知らんが中央エレベータまで動かすとは。本物は中央エレベータの方角へ向かった影だ、急いで追いかけろ!」


 開けた通りに集まっていた警備隊たちは揃って駆け出していった。壁から顔を覗かせ彼らの様子を窺うボクの口許は、自分でも解るほどにだらしなくにやけていたに違いない。


「……ほんと、悪趣味」


 振り返るとアンゲルゼが無表情で悪態ついていた。


「ボクとキミを祝福するのに打って付けの豪華絢爛な幕開けだっただろう?」

「なにもこんな大袈裟にしなくても良いと思うのだけれど」

「逆だよ、アンゲルゼ」


 ツンツンと不満をたれる彼女の頬に指先で触れる。鋼鉄で出来た彼女の表面は固く堅牢だが、それでこそ怪盗シルバー・ファントムが最も愛するこの世でたったひとりの女性に相応しい。


「これほどまでに大袈裟でなければならないのさ、何故なら」


 ――ボクは、シルバー・ファントムなのだから。

 客席で待つ警備隊の彼らは、今回はいったいどれほどのファンタスティックな方法で自分たちが翻弄されるのだろうかと心の根っこの部分で期待している。きっと自分たちでは想像も出来ない、それこそ魔法のような演出を待ち望んでいるのだ。言うなれば、彼らは彼らの思い描いたシルバー・ファントムと云う偶像によって罠に嵌っていることになる。今回ボクの用意した舞台装置、奏銀鏡光波投影機構(プロジェクタ)と呼ばれる奏銀レンズ越しに結晶化技術で以って発生させた光源を投射する装置を利用して生み出した数多の銀影……ボクの分身とも呼べる光の人型。これらと奏銀感応をして操作することの出来る歯車人たるアンゲルゼの能力を合わせた、二人羽織作戦というわけだ。


「説明も無しにそれと接続するこっちの身にもなってよね、私としては得体の知れない物に自分の身体の中を晒すことになるんだから」


 口では散々ボクを責め立てながらも、あの時何の反対もなく即座に行動したのはアンゲルゼ本人だ。

 そんないじらしい彼女の姿が、たまらなく可愛く思えた。


「すまない、キミを驚かそうと思ったんだ」

「だからって中央エレベータまで動かす必要はあったわけ? いくら歯車人の私でもアイオルビスのシステムに介入出来るはずないし……ジョニーの仕業でしょう?」

「いや、あれはボクじゃない」

「え……?」


 そう。確かに銀影のフェイクを使って中央エレベータの方へと誘導するのはボクの作戦だった。動くはずのない中央エレベータにシルバー・ファントムが向かったともなれば観客たちはもちろんその先を想像し、期待する。それを利用し、彼らを出し抜くための作戦。

 だが。アイオルビス中央エレベータの駆動システムには如何にボクやアンゲルゼと云えども細工をすることは不可能だ。あれは蒸気省か、それよりも上の組織の人間が動かない限り動き出すわけがない。

 それはちいさな不安だった。ボクのシナリオに何者かが水を差しているのか。それとも単なる偶然か。前者であれば考えられる人物はひとり、火埜蔵紫道しか居ない。だがおそらく既に極海層の大聖堂(カテドラル)にてボクを待っているであろう彼が、いったい何のために。

 ……止めよう。どれほど小さくとも不安はたったそれひとつで次の行動を阻害する要因となる。こんな事でボクは留まることを許されない。それが、ボクに課せられた使命。


「行こうアンゲルゼ。キミはルートL355を通って来るんだ、ボクはこのまま階層路を突破する」

「あ、ジョニーっ」


 別れ際にアンゲルゼへと微笑み、その掌へと口付ける。名残惜しそうな彼女を残して行くことはボクも辛かったが、彼女と行動をともにして万が一警備隊に目撃されでもしたらそれこそ最悪なパターンとなってしまう。シルバー・ファントムに歯車人の共犯者が居たと知れれば今までボクの使ってきた【魔法】は途端にその効力を失い、真っ先にアンゲルゼへの捜査が優先されてしまう。コンコルディア協会によってすべての歯車人はシリアル管理されているので、そこからアンゲルゼやジョニー・センデルスへと辿り着くことは至極容易なことだ。


 ボクらは互いのためにも仕事中はなるべく別々に行動をしていく必要があった。出来る事ならば彼女を巻き込みたくないのが本音だったけれど、それで彼女自身が納得するわけもないので現状はこういった最善策を取り続ける他ない。

 人の気配が消え去った通りに飛び出して背後を振り返る。そこには既にアンゲルゼの姿はなく、どうやら指定したルートへ移動を開始したようだ。

 安心してボクはボクの行くべき道へと向き直る。


 天階層へと通じる階層路。


 そこは以前、今日という舞台を完成させるために行ったデモンストレーションで使用した逃走ルートだ。数多の銀影を追って走り去っていった警備隊も、いまさらボクがこっちの道を辿って大聖堂(カテドラル)まで向かうとは思ってもいないだろう。火埜蔵隊長だけは鋭すぎる嗅覚でそれを危惧していたらしいが、極海層まで着いてしまえばこちらのものだ。

 彼の唯一の失敗は、最上でボクを待ち望んでしまったことだろう。本気でボクを捕えるなら火埜蔵隊長本人がここで待ち受けているべきだったのだ。だが、そんな彼の気持ちはボクも理解できる。好敵手たるシルバー・ファントムとの決戦を、天空へと伸びるアイオルビスにおいて最高の舞台である最上階で彩りたいと願う彼の気持ちが。ボクと彼はまさしく、似た者同士だから。

 そんなことを考えながら優雅に階層路を歩いていると、背後から聴こえるひとつの足音に気が付いた。


「止まりなさいシルバー・ファントム! ……貴方を、拘束します!」


 振り返ると、苦しそうに息を切らし胸を上下させる猫耳の少女――コラットの鋭い眼光がボクを捉えていた。



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