化け猫
場所はテコナの村である。時はスクナ一行が旅立ってから、三日が過ぎた夜明の晩であった。
ブトーが切り取った化け猫の尻尾が地中に消えた所には、血の跡がまだ残っていた。その乾いていないどす黒い土が、突然盛り上がった。
その塊に頭ができた。その下が胴体になった。そこから両手、両足が伸びた。
大きさは小さい。人の幼児ぐらいだ。その頭は異様に大きい。その頭も、異様に大きい目が顔の半分を占めている。目は閉じたままだ。土の人形のようで表情も無い。手足も短くて不恰好だ。
これは……まるで土偶だ。
土偶が歩き出した。その歩みはとても遅い。一歩一歩短い足を運んでいく。子供が歩いているようだ。
スクナ一行の後を追い始めた。明け方まで歩き続けると、日の出の直前に土に戻っていった。
翌日の日没の直後、また土偶の姿が現れた。ゆっくりと歩き始める。そして夜の間、ずっと歩き続けるのであった。
遅いながらも何日もかかり、不気味にスクナ一行へと近づいていった。
ツナデの言った、後を付ける妖かしとはこの土偶の事だった。
それがとうとう追い着いたのが……ケノの国の山奥である。
スクナ一行は、そこのクサウヅの湯で滞在していた。
ここにはシラハタケの湯があった。シラハタケとは瘡の病の名だ。ククリがまだ痘痕を着けていた頃、ソウジがここの湯を勧めた話を思い出して話した処、ソモンがすこぶる興味を示した。
その強引なほどの熱意におされて向かってみると、痘痕顔がたくさん逗留する宿場と化していた。
ソモンの見立てでは、シラハタケの湯には火の神の恵みがあり、確かに瘡の病に効果があると云う事だ。ソモンはシラハタケの薬を知らなかった。薬効が何かをぜひ知りたいと言う。そこで、しばらくの逗留を願ってきたのだ。
スクナとククリは、不気味な追跡者が気になっていた。それを見届ける為にも都合が良かった。
それが滞在の、一番の理由となった。
そんな処に土偶が追い着いた。待っていたのだから当然の事である。
そこにはソモン以外が揃っていた。
まず初めに、ククリがその妖気に気づいた。宿場への道を土偶が、とぼとぼと歩いてくる。
その姿を見届けてたククリが、驚いた顔でスクナに言った。
「あれは妖かしではありません! 村のドクジン(土公神)様です。しかし、妖しい気に満ちていますが……」
土公神はククリに向かっているようだ。そして……ククリの前で止まった。
大きな目に横一線ができ、目が開いた。真っ赤なその目は怒っているようだ。
その怒りに、ククリがひれ伏した。
「ククリよ。よくも、私を穢してくれたな!」女神らしい声だった。
「申し訳ありません、土公神様! 物の怪の血の穢れを、祓う事を忘れていました!」土公神は塵一つ投棄しただけで怒る事を思い出した。
「私が言っているのはその事ではないわ! 地の穢れを清めるのは私の努めだ。私が言いたいのはこれだ~!」
土公神の大きな目の下が開いた。その小さな口から何かを吹き出した。
ククリが飛んできた物を、のけ反って避けた。
それは……化け猫の尻尾だった。
「こんな穢れ物を置いていきおって! これはおまえが片付けよ!」
ククリはのけ反ったまま、戸惑っていた。
妖しい気はこの尻尾であった。尻尾を吐き出した土公神の目は真っ黒い空洞になっていた。
「ククリよ。片付ける事の意は解っておるか?」
「いいえ。どうしたらいいのか、良く解りません」畏まって言った。
「この尻尾の主を早く片付けろと言う意だよ。おまえはこの物の怪に、かなり付きまとわれているようだね。私もこの美しさだ。しつこく付き纏わられる女の気持ちは良く解かるよ! そして、その恐ろしさもね……だから、その尻尾に細工をしておいたよ。そのままほっとけば、必ず奴が取りに来る筈だ。それまで黙って見ておれ。その時になったら解かる」
ククリは、てっきり叱られると思っていた。それが一転、助けてくれると言う。畏まっていたククリが、土公神をきょとんと見つめていた。
「それでは健やかでな。ククリ!」土公神の姿が土の中に消えた。
「ありがとうございました!」ククリの額が地に着いていた。
石ころが一つぽんと跳ね返事が返ってきた。
その脇で黒い尻尾がうねうねと蠢き始めた。
細工とは何であろうか? 前とどこが違うのか全く判らない。
ククリは必ず取りに来ると言った土公神の言葉を信じた。
ショウキを残してその場を離れた。
スクナが去り際に尻尾を見た。尻尾はまだその場で蠢いている。今度は地中へと消えないようだ。あれは土公神がやった事であったのだ。
宿場に戻ると、ククリがスクナを見つめた。スクナがそれを見返す。そのまま見つめ合って止まってしまった。
しばらくすると、大蛇の比礼に包まれたショウキが戻ってきて言った。
「化け猫が現れました!」
スクナとククリが正気に戻った。
スクナがすぐにアコヤを呼んで耳打した。アコヤが奥へと消えていった。
皆で潜みながら、先ほどの場所を覗いた。
化け猫が尻尾をくわえている処だった。
すぐさま、首を後ろに回して尻尾を取り付けた。尻尾は吸い付くように簡単に着いた。
突然、化け猫が尻餅を搗いた。腰が地に着いたままだ。そして……腰から下が動かなくなった。
前脚で掻いてもがいているが、尻尾を中心にして円を描くばかりだった。
土公神の細工とは、尻尾が鉛のように重くなる事だったのである。
スクナとククリが飛び出した。ブトー、ショウキ、アギバと後に続いて遠まいた。
「出でよ! ヤクモ!」ブトーの鞘からヤクモが飛び出した。
「吠えよ! ヤクモ!」
シシの咆哮が化け猫を襲う。
化け猫の全身の毛が逆立って、みるみる普通の猫の大きさに萎縮していく。
「ヤクモ、ヤツカ剣に戻れ」ヤクモが鞘に消えた。
「続いて、カラム! 闇に逃げられないようにしてくれ」
「解ったよ! 変化できないようにする」そう言って、辺りを見回した。ソモンが居ない事を確認しているのだ。
イスズの姿がナーガに変わっていく。その顔もイスズではなかった。口が大きく裂け、牙が飛び出している。目が爛々と輝き、皮膚の色は青い。青い羅刹女だった。
カラムが蛇体をくねらせ化け猫に近づいた。猫が蛇に睨まれ震えた。カラムの目が猫を捉える。
猫の回りに闇が現れた。それが球となって猫を包んだ。
カラムの丸い瞳が徐々に細くなっていった。それに伴ない球が細く形を変える。
闇が完全に消えると、カラムの目に瞳がなくなり、白目だけが光った。
振り返ったカラムはもうイスズの姿に戻っていた。
「これで闇に消える事はもうできないよ」
「ありがとう、カラム。それでは、最後の仕上げは俺がやる」
スクナが鬼面を前面に被りオンに変身した。
その姿で九星方陣を張る。できたのは雷のノブスマだった。
「縛れ~!」雷のノブスマが猫を捕らえる。
雷に痺れて強力な金縛りになった。猫に雷の網がかぶさったようになっている。
そこに姿が見えなかったアコヤが戻ってきた、頭の皿の上に甕を載せていた。
スクナが甕に猫を入れるように命じると、アコヤが猫を摘み上げようとしたが、持ち上がらなかった。
仕方なしに甕ですくって入れた。蓋をして縄で厳重に縛り上げる。そして、今度は担げなかった。
試しにオンの成りのスクナが持ち上げると、軽々と上がった。実は本当に重いのだが……
「アコヤ! 俺にずっと持っていけと言うつもりか?」
「滅相もありません! やります! やります!」しかし上がらない。
「できないなら、ヤト様の贄にするぞ!」スクナの言霊は強い。
「えっ! 嫌です!!」甕が上がった。何とか皿の上まで持ち上げる。
火事場のクソ力と云うものだった。アコヤに一度その力が出たらもう大丈夫だ。この時から、アコヤの頭の皿に何か重さが加わると、バカ力が発揮されるようになった。通常はそんな力を出し続けると死んでしまうだろうが、アコヤは疲れ知らずの躰だ。死ぬ事もない。この時から、アコヤは正真正銘の一番強い河童になった。
突然……アコヤがうずくまった。苦しんでいる。まさか、無理が祟って死んでしまうのかと皆が心配し取り巻いた。
アコヤがお腹を抑えて動かない。その内、唸りをあげて……ぽんと口から吐き出した。
真っ白に光り輝く真珠だった。
スクナが手のひらに乗せた。ひらが半分隠れる程の大粒だった。それを持っていると、なぜか力がみなぎってくる。
ククリが目の色を変えて奪い取った。別に光物に目が眩んだ訳ではない。
「これは……マナの力の塊ですね……」ホウライの力だ。
「ククリにあげるよ」スクナが言った。
「私も! それがほしい!」カラムだった。
カラムの目の色も変わっていた。マナの力を感じているのだ。
ククリとカラムがじっと見つめ合っている。にらみ合いではないのが幸いだ。
それを見てスクナが戸惑っている。思わずソモンを目で探した。
ククリが口を開いた。
「それでは、こうしましょう! 次があるかもしれませんので、その時はカラムに差し上げます」
「だからこれは……ツナデにあげます!」
見つめあう二人が微笑んだ。
周りの皆が安堵の表情を浮かべた。ツナデの時のような修羅場とならずに済んだと云う……
その中で、ミヤキの目の色も変わっていた。これは光物に眩んだ目だ。
「出でよ! ラン!」羽を突き上げ叫んだ。
すぐさまランが来た。
「ラン! これをツナデにあげてきて。スクナからではなくククリからですと」
「まあ~! なんて綺麗な、真珠じゃないの~! 私も頂きたいわ~」
「ランには必要ありません!」
「ふん! わ か り ま し た」
雪のようなマナの真珠をくわえてランが飛び立っていった。
スクナが言った。
「よし! これで篭目封じの的も得られたぞ。この化け猫で篭目封じを執り行う事にする」
「ショウキ! 精面は猫だ! 備えに入ってくれ」
ショウキが頷いた。ショウキは面打師ムゼンの弟子だ。いよいよこの時が来た。
「カラム! ソモンを呼んできてくれ。もう用は済んだから出立すると……」
カラムが消えると、ククリが皆を見回して言った。
「カラムの真の姿を、ソモンには話さないであげてね。絶対によ!」言霊になった。
しばらくして、二人が戻ってきた。ソモンは渋々と云った表情だった。
ソモンの事だから、後で化け猫の顛末を聞きたがるだろう。スクナはカラムの姿を除いて話してやろうと思っていた。
一行がコシに向かって出発した。
ランがオズナの社に着いた。
ツナデが一人で社の前に座っていた。何故か狐の置物に姿を変えていた。それが何故ツナデだと解かったかと云うと、神が無い月は、最上級の御先が代理を務めるのが慣わしだからである。
ランがくわえた真珠を置物の前に置いた。
「ツナデちゃん。贈り物よ」
「…………」
「どうしちゃったの? しゃべれなくなったの?」
「私はこちらです!」後ろからツネデの声がした。
「もしかして、今、お帰りだったの?」
「いいえ。それはタマモよ。変化の術を鍛えてるの。もういいわ、タマモ!」
置物がぽんと子狐の姿に戻って去っていった。
ランが残された真珠をくわえてツナデの手に渡した。
「雪のようなマナの真珠よ。あなたにぴったり!」
ツナデの顔がほころんだ。そのマナの力に。
「これを私に? スクナ様が?」満面の笑顔で言った。
「いいえ。ククリ様からよ」
「えっ!」ツナデの笑顔が止まった。
「そう云えば、あなたもオナリだったわね。このマナの力があれば、一瞬で行けるようにはならないかしら?」
「いいえ。それでも無理よ……あなたの力が羨ましいわ。式を結ばずに力を貸せるのだから。私は神の如き寿命なんか要らないから、人に生まれ変わりたいわ」
「まあ~! なんて事言うの~! あなた! もしかして一度、式になった事があるんじゃない?」
「ええ。そうよ。だけど、その事は黙っていてね」
「そうだったの~! それなのに、また式を結ぼうとした訳ね! 同じ御先として、心中お察し致します。もうこれ以上深い事は聞かないわ。それではさようなら~」
ツナデが真珠を握り締めて社の中に消えていった。
一行はコシとの国境に近づいていた。
スクナが考えていることは……唯、一つ。最後の一体だ。
本当に後一体が揃えば、すぐにでも篭目封じが成立する。もう、すぐそこまで終わりが迫っている。
はやる気持ちと宛てのない不安が、ほとんど祈りのようになっていた。
そんな時に現れたのが、奴だった。
道の先で待ち構えていた。八本脚の大蜘蛛で、真ん中から人の上半身が伸びている。顔は厳つい男のようだ。全身が黒光りした躰で、所々に白い渦の入墨が入っていた。それとも、産まれつきの模様なのか?
ククリが聖獣だと頷いた。スクナには、全く聖獣には見えないが。
スクナがククリの折り紙つきに、はやる心で近づいた。
蜘蛛男が礼を尽くした。
「てまえは、ケノの国を定める東のアカキの山の御先で、名をササガニ(細蟹)のヤツハギと申します」細蟹とは蜘蛛の事である。
「ちょいと挨拶がてらに立ち寄らせていただきました。その鬼の面に、ちと見覚えがありまして……それに、巫殿のお顔にも心当たりがございましたので……それでは、はっきりと言わせて頂きます。あなた様はシュクザ様の息子ではありませんか?」
「……そうだが? 父を知っているのか!」
「それならば。その鬼の面はオンでありますね?」
「その通りだ! 父とはどう云う知り合いだ!」
「そいつを封じる為に一枚噛んでおりました。シュクザ様の式でございます。縛りのヤツハギとは、てまえの事でございます」
縛りのヤツハギなどと言う通り名はもちろん知らない。
「そうか……申し遅れたが、俺の名はスクナだ。それで、用はなんだ」
「それではスクナ様。一つ、どうしても、確かめたい事がございます。その面にはまだオンは封じられておりますか?」
「ああ。居るぞ……まだ、とはどう云う意だ!」
「それは良かった……」ヤツハギが安心の表情になった。この為にこそ現れたのであった。
「シュクザ様はまだ……生きていると云う事です!」
「それは、死ねば篭目封じが破れると云う事か?」
「そうじゃないかも知れませんが、てまえはそうだと考えています。それより、スクナ様も篭目封じを為されるのですか?」
「おお! そうだ! 後、一体足りないのだ。ヤツハギ。俺の式になってくれないか?」
「それは、駄目です! 無理です! 嫌です!」頑なに拒まれた。
「何故だ?」
「シュクザ様の式だからです!」
「そうか……」
「…………」
「それならば何故、父に呼ばれないのだ」
ヤツハギには答える言葉がない。
スクナがムラクモの剣を出した。
「この剣はムラクモの依代であったと聞いた。今はもう、ムラクモは居ない。と云う事は……式は終ったと云う事ではないのかな?」
「……それは、シュクザ様はお隠れになったと言いたいのですか?」
「判らない……仮に、隠れたのだとしたら、式にはなってくれないのか?」
「それでも駄目です! それに、てまえにも……どちらなのかよく判らなくなりました」
式は頼むものであって、強要するものではない。
「解かった。諦めよう……」
ヤツハギは結局、何をしに現れたのか解からなくなった。唯、シュクザに対する忠義は窺える。
その時、化け猫の甕が蠢いた。アコヤの頭の上が震えている。アコヤが慌てて降ろした。
化け猫にかけた術が解けたのだ。
「その甕の中はなんですか?」ヤツハギが興味を示した。
「物の怪だ。篭目封じをする為に縛っていたのだが、術が解けかかっているようだ」スクナが答えた。
「序でだ! 縛りのヤツハギの技をお見せしましょう」
ヤツハギが右手を前に出した。そこから蜘蛛の糸が伸びた。
糸が甕の回りをぐるぐると巻き始め、あっと言う間に縛ってしまった。甕はぴくりとも動かなくなった。
「これで、当分は大丈夫です」そう言ったヤツハギの、渦の入墨が無くなっていた。
「それでは、てまえはこれにて失礼します」
心なしか、帰っていく後姿に元気がなくなっていた。
それを見送るスクナは……もっと元気が無かった。
期待をしていた分、反動も大きい。
それに、早いところ篭目封じを執らないと、長続きしない事も解かった。
ククリにも不安が募っていた。
そんなククリに、ヤスが語った。
(ククリ。スネ兄様に頼んでみなさい。私では駄目ですから)
ククリがスクナに抱きついた。唯、ヤスの駄目と言った意味が解からなかったが。
「スネ様。ヤス様が頼りにしなさいとの事です」スクナにも解かるように口に出してしゃべった。
(……それしかないようだな)
(スクナ! 仕方がないから、六つ目は俺が手立てをする! 代われ!)
スクナが鬼面を着けオンに成った。
「我が御先のカンダチよ! ここに参れ!」
前に眷属を呼んだ時と同じく、雷雲が渦を巻いて集まった。
稲妻が一つ落ちた。落ちた所の回りをくるくると白いモノが走り回っている。
徐々に遅くなって止まった。その姿がはっきりした。
真っ白い狸、いや、鼬みたいだ。が、手足が少し長い。その先には鋭い爪が伸びている。
額から尾までが長いたてがみになっていて、そこには七本の棘が突き出ていた。
「我が御先のカンダチ(雷獣)だ……おまえはハクビだな?」
「ハクビです! お召しですか?」
「スクナに力を貸してやってくれ」
「畏まりました」
「スクナ! やんごとな時だ。構わず式を執れ!」
「もちろん、甘えさせてもらう」
スクナがトツカの長剣を翳した。
「言挙げる! この剣の名を……ムラクモとする」
剣が光った。その剣をハクビに向けた。
「カンダチのハクビを我が式とする。依代はムラクモの剣!」
ハクビがムラクモに吸い寄せられた。
剣の身が稲妻の形に変わった。雷剣だ。
剣を鞘に収めた。身の形が変わってもするりと鞘に収まった。鞘から七本の棘が生えた。
これで六聖獣が揃い踏みだ。
コシに入った。コシの国は広大だ。その神社も広大な故に三宮まであった。キビトの一宮まではまだまだ遠かったので、一番近い二宮に向かう事に決した。
そこはクシイと呼ばれる北の要の地であった。その要の理由は、コシの玉の二大産地の内の一つであったからである。
そこの神主をナムシと言った。キリン党霊で一族の大叔父でもある。キビトとは従兄にあたり、そこを治める事は一番の信頼の証しでもあった。スクナの披露の場にも、一番前で顔を出していた。
スクナがここに来たのは初めてだった。二宮であるが大社である。スクナはここで篭目封じを行う事を決めた。
昼の中頃だった。ナムシの屋敷に着くと、丁重に客間へ通された。突然の訪問にも、ナムシ自らがすぐに顔を出した。たとえ大叔父でも、スクナを粗末には扱えないと云う態度の表れだった。
「スクナ! よくぞ参った」太った巨体を揺さぶって言った。
「大叔父。お久しぶりです」出迎えたナムシに挨拶を交わす。
「コシに戻ってきたのだな。して、首尾はどうなった?」笑顔になって訊いてきた。
一番興味のある話題をすぐに向けてきた。正式な跡継ぎのスクナに対する出迎えに、おもねりの色はなかった。両面スクナを一族の誇りに思っている。そう言う笑顔である。
「無事に、カタカムナギの旅は終わりました。しいては今夜、大社をお借りしたいのですが?」
「そうか。今は神楽月だからな。いいぞ。いいぞ。スクナの神楽がまた見れるのか。早速、皆に知らせねば!」
「いいえ。神楽のためではありません。今夜は、物の怪を封じる儀を行います」
「なに! そっちの方がもっと面白そうではないか。わしも見物するぞ!」
「それは構いませんが、気持ちの良いものではありませんので、女子供は駄目ですよ。それに、夜中に行いますから……」
「そうか……一族を挙げての見物と思っていたが、それならしょうがないな。その前に宴を開こうと思うが……どうだ?」
「それはなりません! 神事を控えていますので」
「それでは、馳走だけでもさせてもらうぞ」
「それは、ありがとうございます」
ナムシがゆさゆさと去っていった。
しばらくして、湯の勧めがあった。ナムシのもてなしに抜かりはない。
スクナが一番に湯に入った。
湯に浸かっていると、女が一人、入ってきた。
すぐにククリだと判った。
「お背中をお流しします。背の君よ」背の君とは夫を呼ぶ愛称である。
スクナが黙って湯から出て、ククリに背を向けた。
ククリの手がスクナに触れた。
「天神様から戻った夜の事を覚えてる? あの時スクナは、篭目の謡いがよく解らないと言っていたでしょう? 私は刻が来たら教えると言ったわ」
「憶えているよ。篭の中の鳥が未だに判らない。そう言えば、あの脇持の言葉は頭の中にこびり付いて、忘れる事もできないな……それで、ククリはどうなんだい? 判っているの?」
「はい。とうとうその刻が来たのですね~。長く感じた旅でした。たくさんの仲間が集ってきて、随分と賑やかになりました」
「焦らさないで早く教えてくれよ。そんなに勿体つけないで」
「ごめんなさい。私が意地悪でしたね。それでは……」ククリの手がやっと動いた。
「篭の中の鳥とは……篭目紋の中に現れる、鳥居の事に違いありません!!」
「鳥居? それでも判らない。鳥居が出てくるのか?」
「いいえ。スクナは三柱の鳥居を知っているでしょう?」
「ああ。三つの柱で三角の形にして……そうか! それを上から見た形の事か! 確か、ホとキを筋交いに合わせろと言っていたから、できあがった篭目紋の外の六つの三角の形が、鳥居と云う意だったか!」
「それだけではないわ。三柱の鳥居は常世への門です。その門が六つぴたりと囲っているのです。それが封じの力の源となっているのです」
「これで、全ての段取りが解ったぞ。結局は、ホとキを合わせろと云う事だな。別に、何か他にやる事がないのなら、後は封じるのみだ」
「はい、そうです。だから、全て揃うまで黙っていました」ククリの手が止まった。
「ククリはやはり、意地悪だな」
「そうだ。今度は俺が背中を流してやるよ」
「いいえ。結構です。私はアスカと入りますので……」そう言って去る。
「そうか。ありがとう。去る女の君よ」猿女の君とは女性の愛称だ。
ククリはとっとと出て行った。背中を流す方は……序でだったようだ。
全員が湯からあがると、待っていたように馳走の誘いがきた。
通された大広間には……ずらりと膳が並べられ、それがおよそ五十程。それぞれに老若男女が待ち構えていた。
スクナ達は上座に通された。十の膳がある。
河童と天狗とは同じ膳に着いた事がないのだろう。二人への視線は、興味津々だ。
スクナが座に就くと、黄色い声に迎えられた。
「スクナ様、ようこそクシイへいらっしゃいました」七人の若い娘だった。
ナムシが自分の娘だと紹介した。因みに、息子はいないそうだ。そして、ここにいる全員が親兄弟とその子だと言う。キビトとは違い、子だくさんの家系のようだ。
スクナが代表して仲間を紹介した。しかし、それだけでは終わらないだろう。全員が何かを待ち望んでいる顔だった。披露の宴での話が、既に聞き届いているのだ。
案の定、ナムシが旅の話を催促してきた。その為の馳走の場だったのだ。
スクナには、夜の備えで早く切り上げたい処だ。しかし、クシイ一党を無下にはできない。そうと気取られないように、そそくさと話した――
――ここに来た処で話を終えた。皆の目が興奮していた。この調子だと、夜中にも全員が集まってきそうだ。
ふと気づくと……膳に手を付けていないのは、スクナだけだった。
ククリを見ると、膳の上が綺麗に片付いている……照れ笑いを返してきた。
スクナが慌てて膳を平らげた。
待っていたようにナムシが訊いてきた。
「そして今夜が、その篭目封じで化け猫を封じる訳ですな!」
待ってましたとばかりにスクナが答えた。
「そうです。だから、その備えがありますので、これにて失礼!」
大社はクシイの山の麓にあった。日が傾き始めていた。冬の日は短い。
ナムシの案内に続いて、二宮の社に入った。
広い境内には、白い冬桜、赤い寒椿、黄の水仙が咲いていた。水仙が咲いているとなれば、雪も間近だろう。
スクナはその庭を眺めて思った。篭目封じの儀式にはうってつけだ。そこで頭にこびり付いた脇持の言葉を回想した。今宵は晴れて、満月だろう。それもうってつけ。
「よし! 何も抜かりはないな! アコヤ、ここの真ん中に甕を置け!」
アコヤが中央に化け猫の甕を置いた。すぐに、スクナがそこを囲むように篭目紋の陣を張った。地面を棒切れでなぞっただけの物だが。
それを眺めながら遠ざかると、社の前まで来て言った。
「大叔父! ここに棚を一つ運ばせてください」
ナムシが従者に命じると、棚が早速運ばれた。スクナがその上にホキの皿を置いた。
「これから備えを始める。アコヤ! 三角の一つに入れ」アコヤのホウライが外側の正三角形の陣に入った。
「ミヤキ! オコナをその隣の三角へ」オコナのイカルガが入った。
「次に、ブトー! ヤツカ剣をオコナの隣へ」ヤツカ剣のヤクモが入った。
「ククリ! ランを呼んでくれ」呼ばれたホウオウのランが入った。
「次は、カラム! ランの隣に行ってくれ」カラムことナーガが入った。
最後の三角には、スクナが自らムラクモの剣を置いた。カンダチのハクビも入った。
スクナがホキの前に戻った。
「それでは……ホキの式を執る」
「まずは、ツル!」左側のホの皿が光った。
右手でホを取って、角を上にして掲げた。
「言挙げる! このツルの一つ角に宿るは……キリンのイカルガ!」
イカルガがホの皿の角に吸い込まれ……黄に光った。
ホを回して、次の角を上にした。
「次に! このツルの二つ角に宿るは……ホウオウのラン!」
ランがホの皿の角に吸い込まれ……赤に光った。
ホを回して、次の角を上にした。
「次に! このツルの三つ角に宿るは……カンダチのハクビ!」
ハクビがホの皿の角に吸い込まれ……橙に光った。
「終わりに! この式を解く言葉は……ツルカメ!」
三体が一斉に散って行った。それぞれが元の場所に戻った。
スクナがホを棚に戻した。
「次はツル!」右側のキの皿が光った。
左手でキを取って、角を上にして掲げた。
「言挙げる! このカメの一つ角に宿るは……レイキのホウライ!」
ホウライがキの皿の角に吸い込まれ……緑に光った。
キを回して、次の角を上にした。
「次に! このカメの二つ角に宿るは……シシのヤクモ!」
ヤクモがキの皿の角に吸い込まれ……青に光った。
キを回して、次の角を上にした。
「次に! このカメの三つ角に宿るは……ナーガのカラム!」
カラムがキの皿の角に吸い込まれ……白橙に光った。
「終わりに! この式を解く言葉も……ツルカメ!」
三体が一斉に散って行った。それぞれが元の場所に戻った。
スクナがキを棚に戻した。
「備えはこれにて終わり! 全員、夜まで休め!」
辺りにはもう、夜の帳が張られていたが、夜明の晩まではまだまだ時間がある。
スクナがナムシに言った。
「無事に終るまでは、誰も陣には近づけないでください。入ったら、どうなっても知りませんよ」
「解った。警護を置いておこう」脅しが効いたようで神妙な顔つきだった。
奥の屋敷へと下がったスクナの所に、しばらくしてショウキが訪れた。
「猫の面など聞いた事もありませんでしたが、迫真の出来栄えだと思います」そう言って、ショウキが面箱を差し出した。
できあがったとは聞いていたが、スクナが見るのは初めてだ。
蓋を開けると……見事な猫の精面だった。剥き出しの牙に化け猫のまがまがしさが良く表れている。
「さすがはムゼンの弟子だ。俺の三面にも見劣りしないぞ」
「ありがとうございます」
「そう云えば、ショウキはみなしごだったな。両親はどうしたのだ?」
「それが……小さい頃の母のうる憶えがあるだけなんです。物心ついた時には、師が父親代わりでした。師は何も言わないのです。元服したら話すの一点張りで……だから、戻ったら話してもらうつもりです」
「そうか……ムゼンもいきなり大人になって帰って行ったら、心の備えもできてないだろう?」
「はい。普段から無口で、滅多に顔も変えない師が、どんな顔になるのか見物です」
ショウキが子供のような、あどけない顔で笑った。
それを見つめるスクナが、ショウキの首に目が行った。そこにある首飾りに何故か興味が湧いた。前から着けていた事も知っている。しかし、今は聞かずにはおれなかった。
「その首飾りは、もしかして……」
「母の形見です!」スクナの言葉を遮って、即答した。
スクナには何故かその予感があった。
ショウキが下がると、スクナは一眠りした。
ちょっと休むつもりが……夢を見た――
スクナは七才だった。目の前に父シュクザがいる。スクナの脇には、母テコナがいて、その手を強く握り締めていた。
シュクザが振り向いて、去って行った。
それを目で追うテコナの元に……二人の男女が現れて、頭を垂れた。
男の方は、ムゼンだった。
女の方は……サキリだ! 今、思い出した。顔がショウキにそっくりだ。そう云えばそんな顔だったか? そして……首飾りがあった! ショウキと同じ……
すぐに二人がシュクザを追って行った。
スクナはその様子を眺めているだけだった……
突然、場面が変わった。
目の前に、鬼の姿のスネが居た。力尽きたようにうな垂れている。
その回りに、篭目の陣が敷かれている。
スネの向かいには、シュクザとムゼンが並んで立っていた。
シュクザが隣のムゼンに話し掛けた。
「今宵は月夜だ。後は、よわけの晩を待つだけだな……」
(よわけ??!)
これは……俺の記憶である筈がない! それに……これは夢であって、夢ではない! それを見ていると云う、自分の意識がある。
……そこで、スクナの目が……醒めた!
勝手に、夜明の晩と勘違いしていた。神事は通常、夜明の晩に行われるからだ。
脇持の謡いを回想した……よわけのばんと謡っている!
よわけの晩……夜分けの晩?……四分けの晩! これだ!!!
(ありがとう! スネ)心に呟いた。スネは何も語って来なかった。
「ククリ~!」スクナが叫んだ。
ククリが隣の部屋から顔を出した。
「すぐに篭目封じに係るぞ! 皆を集めてくれ!」
「それなら、全員ここに居ます。何故、急に慌てているのですか? 夜明の晩までは、まだまだですよ?」
「それだ! 夜明の晩は違っていたぞ! 四分けの晩だ!」
「よわけとは?」
「夜を分けるか、四つに分けるかだが。夜を分ける晩では意味が繋がらない。だから、四つに分ける晩の方だ。一日を朝、昼、晩、夜の四つに分けた時の三番目の晩と云う意味だったんだ。そうなると、日暮から夜中までの間だ!」
「それなら、夜明の晩に行っていたら、手遅れでしたね。何故、それが判ったのです?」
「父が教えてくれた」
「えっ! シュクザ様が現れてのですか?」
「いや。そうじゃない。夢に出てきたんだ。その夢を見せたのがスネだ」
「そうですか。それなら、そちらの方が正しいのですね。でも……夜を分ける晩の方でも通じるのではないかしら? まあ、どちらでも同じですが……」ククリが笑みを浮かべた。
スクナは落ちついて考え直した。確かにそうだ。しかし……夜分けの晩はいいとして、夜分けの夜がしっくりこない。普通は夜分けの前後だろう。
「俺は……やはり、四つ分けと解釈する!」
「どうぞ、お好きに。そうと決まれば、すぐに参りましょう!」
全員で社殿に向かった。
ククリがランを呼んだ。
宙には満月がある。赤く不気味な妖しい月だ。低い紅月が宙一面に広がった。ランが月と重なって現れたのだ。ランが庭の隅で待機した。カラムもその脇へ進んで待機する。
スクナが棚の上にホとキを置いた。右にツル、左にカメ。その横に猫の精面を置く。
全てが整った。
オコナは予めからそこの隅にいた。そのオコナが突然、嘶いた。
すると……社のご神体から黄色い光が飛び出した。その光がキリンの姿に変わると、蹄を響かせてスクナに近づいて来た。イカルガである筈はない。イカルガより髭が長かった。
「イミズ様の御先、カヅノである。命によりスクナの篭目封じを検め致す。心して執り行え!」
スクナ達がひれ伏した。
「因みに、私は篭目封じを知っておるぞ。シュクザの式であったのでな」
そう言うと、オコナの脇まで威風堂々と歩いて行った。オコナの角が少し萎縮したように見える。
その直後だった。今度はご神体の対にあった門の上が光った。白い閃光が広がって、その残像が狐の姿で残った。それは、九尾の狐だった。
「初めてだったな。オズナだ! おいらも、篭目封じを知っているのでな。同じ検めだ!」
そう言って、カヅノの対へ一飛びで降りた。
向かいのカヅノが一礼した。
呆気にとられていたスクナも、慌てて一礼した。
今度はその門が開いて、ぞろぞろと人が入って来た。先頭がナムシだった。警護の者がスクナの行動を知らせていたのだろう。その後ろに続くのは、やはり、馳走に顔を出していた親族達だった。案の定、女子供もいた。
先客の御先に気づいたナムシが、慌ててひれ伏した。
「気にせずともよいぞ。今回は神意を伝えに来たのではない」
カヅノの言葉に緊張が解けたようだ。
思わぬ客と野次馬に、神殿の前は大賑わいとなった。真ん中に篭目陣があるので、皆で囲む形となっている。静かに執り行うつもりが、思わぬ見世物となった。
「まずは、霊鎮から始めましょう」ククリが皆に言った。
神前の社に皆が集まった。今回は篭目の陣を向いているので神前を背にしている。
後ろにお囃子衆が六人並んだ。
左から――
大太鼓のブトー
小太鼓のミヤキ
笙のアギバ
琵琶のアスカ
鈴のアコヤ
鉦のソモン
その前には――
龍笛のスクナ
和琴のククリ
そして、一人だけ横を向いてククリの脇の方にいるのが――
笏拍子のショウキ
音取だ。
ショウキが笏拍子を十字に構え、打ち鳴らした。その拍子がどんどんと早くなって打ち鳴らされる。
最後に一つ間を取って、もう一叩きした。
それと同時に、大太鼓と小太鼓が加わった。
太鼓の音だけが響く中、時折、笏拍子が加わって、音頭を取る。
今度は鈴と鉦が加わる。
ここでやっと、笙と琵琶で曲を奏でる。
ショウキが大きく打ち鳴らした。
ここからが本番だ。今までは打ち合わせだった。
因みに、スクナとククリには打ち合わせが必要ないと云う事だ。
ここから龍笛と和琴も加わる。三種の神楽器が中心となった。
しばらく観衆が聞き惚れていると……
場の中心の甕が蠢いた。そして……突然、ばりんと割れた。野次馬の悲鳴が響く。
現れた化け猫は、本来の姿に戻っていた。しかし、陣からは出られない。
掛けた術が全て解けていた。唯、闇へと逃げられない処を見ると、カラムの術だけは破る事ができないようだ。さすがに、神の業は違う。
化け猫が唸りを上げていた。言葉は吐けないようだ。
スクナが龍笛を放し、棚の前へ来た。
ツルを右手に掲げた。
「ツルに集へ~!」イカルガ、ラン、ハクビが吸い寄せられる。
ホの皿が、黄、赤、橙に光っている。
今度は左手にカメを掲げた。
「カメに集へ~!」ホウライ、ヤクモ、カラムが吸い寄せられる。
キの皿が、緑、青、白に光っている。
そこで、和琴の音も消えた。
ククリがスクナの真後ろに立った。
ククリが謡い始めた。
「か~ご~め~ か~ご~め~」
スクナがツルを篭目紋の上めがけて投げた。右回転をしながら飛んでいく。狙ってはいるのだろうが、勝手に向かっているような感じだ。
「か~ごのな~かのと~りいは~」
ツルが真上で止まった。そこ吸い寄せられたように。そして、その場で回り続けている。突然、外側に三角柱が出現した。三対の位置だった。これが三角柱の鳥居だ。
「い~つ~ い~つ~ で~や~る~」
その柱の中に、それぞれ、イカルガ、ラン、ハクビの姿が現れた。すると、化け猫が宙に少し浮いた。天となって三体が引き付けて、地の空間ができた。今度はカメを下めがけて投げた。左回転をしながら飛んでいく。
「よ~わ~け~の~ば~ん~に~」
カメが真下で止まった。これもそこに吸い寄せられて、その場で回り続けている。また、外側に三角柱が出現した。丁度、その間の三対の位置だった。そこにも、それぞれ、ホウライ、ヤクモ、カラムの姿が現れた。ホウライは遥かに大きい筈だが、その柱に合った大きさになっている。カラムの顔はイスズだった。
「つ~るとか~めがす~べった~」
ツルとカメの六柱が中の化け猫を完全に囲った。ツルとカメが統べったのだ。すると、六体の聖獣がどんどんと、それぞれの色で光っていく。月光を吸い込んでいるのだ。中の六角形の亀甲紋に月光の六角柱が立った。中ではもう、化け猫の姿も見えない。そこに……スクナが猫の精面を投げつけた。精面がそこをぐるぐると回りだす。そして、中へと吸い込まれる……
「うしろのしょうめんだ~あれ~」
突然、六色の閃光が一面に広がった。一瞬、目が開けていられない程だ。辺りが沈黙し、静寂が広がった。
「うぎゃゃゃ~!」化け猫の断末魔の叫びが、静寂を破った。
ツルとカメがスクナの所に戻ってきた。
「ツルカメ! ツルカメ!」二度唱えたのは、ホとキの分だ。
六体が散っていった。
「からん!」乾いた木の音が響いた。
……篭目封じが終った。
唸りを上げている猫の面だけが、そこに残っていた。
その面の上に……白い雪が一片落ちてきた。
雪が降り始めた。