第一話 ゆき
車の窓から流れていく、白い雪が綺麗だと素直に思えた。
車の中は暖かくて良いけれど、息が詰まりそうな感じがして嫌だ。
「雄、佐奈の具合はどうだ?」
僕の三つ下の五歳の佐奈のオデコに手を乗せる。
佐奈は息苦しそうに赤い顔で荒い息をしながら、僕のほうを見て首を横に振る。
僕の手から伝わる佐奈の体温は普段よりいくらか熱い気がした。
「さっきよりは落ち着いたみたいだよ」
本当はさっきほどよりも苦しそうに見えた。それでも佐奈が首を振った理由が、病院に行きたくないということだと、分かったから嘘を吐いた。
「佐奈、もうすぐ病院だから、頑張るんだぞ」
無常な父さんの言葉に、佐奈が責めるような目で僕の顔を見る。
僕はただ困った顔をしながら佐奈の頭を撫でてやる。
そうして窓の外を眺めた。
雪が車の窓に触れるたびに溶けていた。
そして20分ほど経って病院に着く。
その病院は僕が知っている中で、一番大きな病院だった。
ただでさえ白い病院なのに空から降る白雪が更に白く染める。
「雄、どうする? 車で待ってるか?」
既に車から外に出た父さんが傘を差したまま言う、僕は頭を縦に振って答えた。
父さんの横にいる佐奈が寂しげな表情で僕を見る。
「きっと、注射とか無いから大丈夫だよ」
そう言って僕は車の窓から手を出し、佐奈の頭を撫でてやる。
すると佐奈は恥ずかしそうに父さんの後ろに隠れた。
「車から出るなよ」
そう言って父さんは佐奈の小さな手を握って、病院の入り口へと向かっていった。
僕は父さん達が見えなくなるのを待って車から飛び出した。
雪がサクっと音を発てて潰れ、僕の足跡が出来る。
それが何か楽しくて僕は雪の駐車場を駆け回った。
駐車場のすぐ横を抜けていくと、病院の中庭に出る。
そこは病院に来るたびに僕の暇つぶしになった。
けれど今日の中庭は雪で真っ白に染まっているためか、始めてきたように感じる。
中庭は雪で埋め尽くされ、まだ誰の足跡もないため、真っ白な画用紙に見えた。
そして何よりも僕はそんな中庭の真ん中で、回る少女に目を奪われた。
少女はただ回っているだけだったが。
淡く青いパジャマに身を包み、腰までありそうな長い髪を振って雪上を回る少女は、僕には踊っているように見えた。
少女は手を広げ、雪を舞い落とす空を見つめる。
それを見ているだけで、僕の心臓は鼓動を早めた。
「きれい」
そんな言葉が漏れていた。
けれどそのたった一言は静かな中庭とっては十分すぎる大きさだった。
「だぁれ?」
少女が振り返って僕を見た。
「あの、えっと、その」
少女の表情は何処か怯えているように見え、僕は何か悪いことをしてしまったような気がして、上手く口を動かすことが出来ない。
背中からは嫌な汗が流れ、早く言わなくちゃと思うほどに口が回らなくなる。
「だから、えっと、雄……ふぅぅ」
ようやく言えたと思って僕は思わず息を吐いた。
「私はね由紀って言うんだよ」
そう言って由紀はにこりと笑う。
それを見た僕の体が何故か温かくなったような気がした。
ただ、笑った後僕の方を見るだけで由紀は何も喋らなくて、僕は何か話さなきゃいけないと思うのに言葉が浮かばない。
まるで深々と降る雪に言葉が吸い込まれていくように感じた。
「ねぇ、雪乗ってるよ」
「へぇ?」
そんな間抜けな声を上げて僕は辺り一面の雪景色を見渡す。
確かに何処もかしこも雪が乗っていた。
「そんなの見れば分かるよ」
そう言った僕を由紀は突然可笑しそうに笑い。
白い雪に一歩一歩足跡を残しながら、近づいてくる。
僕はどうして笑われているのか分からず、チラチラと周りを見回して雪が乗っている場所を探すが、当然全ての場所に雪が乗っている。
そして僕はただただ意味が分からないということを理解するが、逆に変なことを言ったのかと自分の発言を思い出しては焦る。
その間にも由紀はゆっくりと雪に足跡を付けて寄ってくる。
僕は焦るばかりで何も出来ず、気付けば由紀が目の前まで来ていた。
「えっと……あのぉ」
どうして良いか分からず僕は言葉にならない声を出すしかない。
そんな僕を見て由紀はクスクスと笑いながら、右手を僕の頭の方に伸ばす。
「え、え、え!」
なんて意味の分からない言葉を、並べているうちに由紀の手が僕の頭に乗る。
そしてバサッという音がして僕の足元に雪が落ちた。
「あ、ありがとう」
言って顔が熱くなった様な気がした。
心臓はバクバクと物凄い速度で僕の胸の中で暴れていた。
「どういたしまして」
そう言って僕の眼前で由紀は満面の笑みを浮かべる。
何故かそれを見た僕の体は反射的に後ずさった。
最後まで読んでくださった方ありがとうございます。
本人的には精一杯頑張ったつもりです。(まだ終わってませんけどね全然)
次も頑張ります! うんきっと!
ですから興味もたれた方は次回も良かったらお願いします。
でぁ、またお会いしましょう