序章
アレが何時だったかはもう覚えてはいない。
ただ雪が降っていたことだけは覚えている。
場所は病院の前で、白い粉がゆらゆらと空から地へと舞っていた。
白雪がうっすらと積もったコンクリートの上で少女は舞っていた。
七、八歳の少女が手を広げ、雪を降らす空を見つめながら踊っていた。
いや踊りというには余りにお粗末で、ただ回っていたと言うほうが正しいのかもしれない。 けれど幼い日の僕はその光景に心を奪われ、胸を高鳴らせた。
小柄で細身の少女の雪のように白くてあどけない顔に、僕の目は釘付けになっていた。
今思えば……少女は病気だったのだろう。だって僕が見た少女は何時だって淡い青のパジャマ姿だったのだから……
けれど初めてその少女を見た時、僕は病人だとは少しも思わなかった。だって少女は本当に嬉しそうで、凍えるほど寒いはずの雪の中で、僕に寒さを忘れさせるほど元気にはしゃいでいたから。
雪がゆっくりと舞う中、幼い日の僕は何時だって凍えるような寒さの中で少女を見続けた。
ただ、あの時の僕はそれが恋の始まりだということも、永遠というモノが本当は無いということも、知らなかった。
それがどれだけ大切で、僅かで、もう戻ってこないモノだということを、気付けなかったことが……どうしようもなく悲しい。
だから今でも僕はあの少女に会うために雪の日にあの場所に足が向かってしまう。
逢えるはずがないのに、居るはずがないのに……
それでも今この瞬間、あの時の少女が現れないだろうかと、望んでしまう。
ただ……君に逢いたくて……